失恋だけはしたくない
失恋だけはしたくない
暎
トゥルルルル
「はい」
「蒼生?」
「お前か」
今日は、12月第1週の日曜日。野中さんが東京へ出てくる日。蒼生は知らない。
「今晩暇か?」
「なんで?」
「俺が暇だから」
新幹線降りたところで電話もらって、吉祥寺の駅で待ち合わせ。鍵を渡すことになっている。
「久しぶりに飲みにでもつきあえよ」
「別にいいけど」
野中さんの引っ越し祝いに蒼生も同席させるつもりだった。
「それだけか?切るぞ」
電話を切ってから、伸びをする。顔を洗って着替える。
***
あの日、面接で野中さんが上京した日。蒼生の部屋で3人で会った後、夜に電話がかかってきて呼び出された。
「暎、お前、何考えてんだよ。」
もう一度、蒼生の部屋へ行った。
「珍しく本気で怒ってるな、蒼生」
「俺のことを駒のように使うのはいいよ。俺はもう半分死んだようなもんだからな。けど、お前のゲームに新しい駒を巻き込むなよ」
「野中さんのこと?」
「地方の人間が、親元離れて東京出てくるってどういうことかわかってる?しかも、彼女は結婚するかもしれない相手がいたんだぞ」
控えめにつけられた照明の中で、ぞんぶんに蒼生の顔色を読んでやった。
「そんなことまで話してんだ。2人で」
蒼生は黙った。
「見立てどおり。お前、結構気に入ってるよね。彼女のこと。仙台で見ててすぐわかった」
「だからって、なんで東京まで引きずり出してくるんだ?」
「そんなの決まってる」
蒼生はしばらくまた黙った。
「なぁ、暎、お前なんで自分で書くのやめちゃったんだよ」
「また、その話か」
「才能だって実力だってあるじゃないか。お前もともと作家志望だろ?なんで編集してるんだよ」
今度はこっちがしばらく黙った。
「俺はお前みたいに人間が好きじゃないからな。俺が好きなのは創作物の中の架空の人間だ。現実の人間は好きじゃない。そんな俺が書くとさ、不思議と自分の小説の中の人間がそういう、人間嫌いが書いた人間になって出てくるんだ。自分が書いた小説の中の人間も俺は嫌いだ。だから、やめた」
蒼生が少しさみしそうな顔でこっちを見る。やめろ、そういう顔。そういうのも嫌いだ。
「なぁ、1つ賭けしようぜ」
「賭け?」
「野中さんが、髪の毛のばすかどうか」
「なんだよ、それ」
「お前が長いほうがいいのにって言ったじゃん。これで彼女が髪伸ばしたら、お前に気があるってことだ。そしたら、お前、どうする?」
「暎、やめてくれよ」
ほんとに嫌そうな顔をした。
「なぁ、人で遊ぶのは俺だけにしろよ」
清一
「あれ?中條君、どうしたの?忘年会出るんでしょ?」
「斉藤さんは出ないんですか?」
ベテランの女子社員。もともと正社員だったけど、結婚出産で一度退社して、今はパート待遇での出戻り。
「うちの子が病み上がりでね。平気は平気なんだけど、とても子供おいて楽しめる気分ではなくて。あとちょっとしたら帰るわ。それよりどうしたの?」
「なんか、抽選のくじとってこいって、忘れたらしいんですよ」
斉藤さんは目を丸くした。
「そんなの、なんで中條君が取りにこなきゃいけいないわけ?女子社員の仕事じゃない」
「はぁ、まあ」
斉藤さんは苦笑した。
「今年はほんと大変だったわね。あなた。なんか、こき使われる癖がついちゃったんじゃないの?」
女子社員の総すかんは、さすがに時とともに下火になった。なったが、完全に以前と元通りとはいかず、相変わらず僕の仕事は後回し傾向があり、ときどき今日みたいにどうでもいい用事を振られたりする。
「でも、あの倉田さんの話信じてた人なんてほんの一部の人だけよ」
「えっ?そうなんですか?」
斉藤さんは頷いた。
「お局さんたちが盛り上がっちゃったから、言うこと聞かざるをえなかっただけ。だって、簡単じゃない。結婚式で奥さんみたもの、みんな。倉田さんと奥さんだったら、そりゃ、奥さんのほうがかわいいじゃない」
そりゃどうも。ちょっと照れた。
「それが、どうして、倉田さんとふたまたかけるのよ。もっとかわいい人ならわかるけどさ。別に倉田さんってフツーの女の子じゃない。どんなテクニックがあって、略奪愛できるのってね」
「はぁ」
「まあ、苦労したわね。だけど、お弁当もらって食べちゃうからだめなのよ。そこで、彼女勘違いしちゃったんだから」
「はい」
それは別の人にも言われました。今後気を付けます。
***
一次会が無事終わり、酔っぱらったみんなが二次会へとなだれていく。ポケットで携帯が鳴った。着信を確認して、出た。
「お久しぶりです。先日はどうも」
「いや、別にたいしたことはしてないよ。で、どうだった?ちゃんと話せた」
「はい。おかげさまで」
前を歩く同僚や先輩。ここで、僕が抜けてもきっとみんな酔っぱらていて気がつかない。
「内田君、今、どこにいるの?」
***
「すっかり年末になっちゃったね。もう、学校はとっくに冬休みでしょ?」
待ち合わせの場所に彼は1人で現れた。
「はい」
「どう?仕事とか、いろいろ」
「うーん。まあまあやれてるって感じですかね?やっぱり教師は僕、向いてると思います」
「そうか」
とりあえず、思ってたより元気そうでよかった。
「実は……」
「ん?」
彼は僕を見て笑った。
「誰かに話したかったんですけど、先輩しか思いつかなくて」
「話したいって何を?」
「どうして、僕の浮気がばれたのか」
「なに?なんかからくりがあったの?」
「簡単ですよ」
彼はそこでちょっともったいぶって、サワーを飲んだ。
「僕と浮気した子が、彼女の電話番号わざわざ調べて、匿名電話したんです」
「えー」
「何のために?って思いますよね」
かっちゃんはため息をついた。
「大学同じだったんですけど、その女の子。その頃から僕のこといいなって思ってて、でもずっと彼女がいたからチャンスなくって。それで、同窓会で隙見て言いよって、そんで、このはに電話かけて知らせたんですよ」
「それって、その女の子が自分から話したの?」
「このはに履歴で番号見せてもらったんです。その子の番号だったから、それで相手に確認したら白状した」
「ああ、そうか……」
彼はサワーを飲み、僕は銀杏をつまんだ。
「変だなって思ってたんですよ。同窓会のあの夜の後も、なんかその女の子からちょこちょこ連絡が来て。で、このはと滅茶苦茶になっちゃって寂しいのもあって何回か会いましたけど、やっぱり違うんですよね。いいなって思うのとは。それで、真相がわかったら、もう、顔も見たくない」
たしかに。
「こんなくだらないことのために、僕たちの8年間壊れちゃったんだなぁ。ま、でも、何もなくても壊れてたのかもしれませんけど」
でも、ほんとは、ほんの少しなにかが違えば、かっちゃんとこのはちゃんはやっぱりずっと一緒にいたんじゃないかなぁ、本人には言えずに心の中でつぶやく。
「今日はとことん、飲もうよ」
彼は笑った。
「すみません。お付き合いいただいちゃって」
立派なもんだ。ちゃんと笑ってる。でも、まだ辛いんだろうな。ああ、俺は絶対に
「乾杯」
失恋だけはしたくないなぁ、一生。
このはちゃんの話を書く時、この脇役として出てきた女の子がどんな子なのか、なっちゃんとどう違うのかがいまいちわからなくて筆がなかなか進みませんでした。もともとは、なっちゃんは元気で明るい、このはちゃんは大人しくて女の子らしいという設定があったんですが、それに、なっちゃんは無類のテレビ漫画好きで、このはちゃんは本好きとしたら、少しみえはじめて、最後になっちゃんは天下一品の天然な人で、このはちゃんはどちらかというとつっこみの人というか、まがらない独自性のあるシニカルな人なのかな、と感じ始め、キャラが立ちはじめました。本当はこのはちゃんについてはかっちゃんと別れて終わりだと考えてたので短編1本で終わりで、千夏ちゃんのことを書くつもりだったんですが、脇役のつもりで書いた蒼生先生にハマってしまい、話が膨らみました。今頭の中にある感じでは、3から4冊のそれなりのボリュームになるかなと思ってます。
ひとえに課題は、夏美さんと清一さんからどれだけ離れられるか、違う人たちを書けるかです。夏美さんとはまた違う魅力のある女性が書けたらと思います。2冊目も読んでいただけたら幸いです。
2019年12月27日
汪海妹