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焼き芋はんぶんこ 2

 ゲンちゃんとホテルを出て駅まで歩いた。街はまだ賑やかで、夜なのに明るい。さっき上から見下ろした夜景の中に、今度はあたしも米粒みたいに紛れているんだ。

「なんか……食べた気しなかった……」

 ゲンちゃんの隣を歩きながら、ぽつりとつぶやく。ゲンちゃんはしばらく黙っていて、やがてぼそっと口を開いた。

「やっぱりナナとくればよかったんだよ。あいつなら少しは慣れてるだろうから」

 あたしは前を向いたまま、ゲンちゃんの声を聞く。

「そしたらもう少し、うまかったんじゃねぇの?」

 あたしは隣にいるゲンちゃんの横顔を見上げた。ゲンちゃんはなんだか元気がないように見える。

「ゲンちゃん……もしかして落ち込んでる?」

 ゲンちゃんはなにも答えない。

「あたしをちゃんとエスコートできなかったから……それで落ち込んでる?」

「は? お前、俺のことを勝手に決めつけ……」

 言いかけたゲンちゃんが口を結んで立ち止まる。目の前の信号は赤だった。目の前の交差点を車が行き交う。


「ああ、そうだよ」

 あたしの耳にゲンちゃんの声が聞こえた。

「今度来るときは、もっとちゃんとしたやつに連れてきてもらうんだな」

 そばにいた若い人たちのグループが、大きな声で笑っている。どこか遠くで、クラクションが鳴り響く。歩行者信号が青になり、周りにいた人たちがまた一斉に横断歩道を渡り始めた。

「俺みたいなやつじゃなくてさ」

 ぽつりとつぶやいて、ゲンちゃんも歩き出す。あたしはその背中に言う。

「うん。そうするよ」

 こういうお店に慣れていて、あたしを上手にエスコートしてくれて、やさしくてすぐ怒ったりしない、ゲンちゃんとは正反対の人。

 あたしはゲンちゃんの隣に並んで想像する。ちょっと大人になったあたし。隣にいる大人の男の人。だけど浮かんでくるのは、どうしてもゲンちゃんの顔で……妄想の中から追い出そうとしても出て行ってくれない。

「ちょっと! あっち行ってよ!」

 あたしは出て行ってくれないゲンちゃんを追い払おうと、手でどんっと突き飛ばした。

「なっ、なにすんだよっ、急に……」

「あ、ごめん」

 妄想と現実がごちゃ混ぜになっちゃった。

「いい服着ても、やっぱり中身は変わんねぇな」

「なんなのよ! 悪いのはゲンちゃんでしょ!」

 ぽかぽか殴ってやったら、ゲンちゃんがおかしそうに笑った。見慣れたその顔になんだかほっとして、いつの間にか緊張が解けていた。

 でもなんだかあたし、結局はゲンちゃんみたいな人を選んじゃうような気がするんだよなぁ……。


 電車に乗っていつもの駅で降りた。都心と違ってこの町は、とってものんびりしている。いつも立ち寄るスーパーはまだ開いていて、その店先からなんだかいい匂いが漂ってきた。

「あ、焼き芋売ってる」

 お店の前のワゴンに、焼き芋が並んでいた。あたしのお腹がきゅうっと音を立てる。

 あれ、いまフランス料理食べてきたばかりなのに、どうしてだろう。

「食う?」

 ゲンちゃんがあたしを見て言った。

「食べたい」

「俺も」

 ゲンちゃんはポケットからすり切れたお財布を取り出して、焼き芋をふたつ買った。そして一本を割ってその半分を持ち、残りを全部あたしにくれた。

「え、こんなに?」

「ナナの分」

「あ、そっか。ナナちゃん、お芋好きだもんね!」

 あたしは半分に割られたお芋を手に持ち、残りの一本は袋に入れたまま胸に抱える。

 黄金色の断面からは白い湯気がでていて、あたしはそれをひと口食べる。

「おいひい」

「んー、うまい」

 ほくほくしたお芋がお腹の中までほっこりとあたためてくれる。あまくて柔らかくてやさしい味。

「やっぱこれだな」

「うん、これだね」

 スーパーの前でお芋を食べながら、あたしたちはめずらしく気が合った。


「ただいまぁ!」

 ふたりで家に帰ると、ナナちゃんが待っていた。

「おかえり」

 ナナちゃんはあたしたちを出迎えてくれる。

「ナナちゃん、ごめんね。ふたりで行っちゃって。これおみやげ。ゲンちゃんが買ってくれたんだよ」

 あたしが焼き芋を渡すと、ナナちゃんが首をかしげた。

「どうして焼き芋? ねぇ、それよりおいしかった?」

 ナナちゃんの言葉にあたしは答える。

「うん、おいしかったよ。ね? ゲンちゃん」

「ああ、うまかった」

 ゲンちゃんが上着を脱ぎながら、背中を向けて言う。

「あーくやしいなぁ……あたしも行きたかったわぁ」

「ごめんね? ナナちゃん」

 でも本当においしかったんだ。ゲンちゃんと半分こして食べた焼き芋は。

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