19 いくつもの調べ
「……どうして」
それが最後の言葉だったとでも言うのだろうか。
今目の前で起こった現象に、身体が動かせない。音彦は眼が逸らせず、呟いたまま固まってしまっていた。
まとまっていた白い煙がアオイから霧散したのだ。
空気に溶け込む粒子と共に、アオイもあっという間に光に呑まれてしまったのだった。
肉も、骨も、髪も、何もかも。ぼろぼろと崩れ去りながら、最後は灰に。
「そんな……。こんなことって」
そしてアオイだったモノから出現した光の玉が、ついに碧い銅鏡に吸い込まれてゆく。
今まで、ミヤコ達がしてきたこと、望んでいた兄の生。だが時に命の終焉はこんなにも容易く、無を迎えるのか。
「しっかりしろ、音彦」
「久野さん……」
銅鏡に光の玉が吸い込まれたことで、白い霧は完全に消え去っていた。
だが、久野は戦闘態勢を解いていない。それは音彦もだった。
祭壇上にある銅鏡から恐ろしい程の霊気を感じたのだ。今は動きを見せないが、何が起こるか見当もつかない。
その時、久野が身体をこちらに向けた。久野の眼は強い光に満ち、音彦に何かを伝えようという意思が伝わってくる。
「元々俺は別件で任務を受けていた。それは協会にも属する榊家の長年にわたる不審な行動だ。協会の上部に位置付けられる榊家といえど、協会にとって不利益になることは罰せられて然るべき。
潜入捜査もさせたが、中々尻尾を出さなくてな。そんな時だ、お前からの『契約』が履行されたのは……」
主人の肩に降りてきた灼が一声鳴いた。
「やっぱり、あの時の不死鳥は久野さんの眷属だったんですね」
頷いた久野は、自身の首をたどった。衣服の中から出てきたのは、音彦の物と同じ、小さな石がトップについたラリエットだった。
「これは俺の母のものだが、あの様子だと、どうやら転送術の類を掛け合ったらしいな。事の経緯までは俺も知らない。もしもこれが反応した時は、その人を『助ける』ようにと」
言うなり、フイ……と久野は目を逸らしてしまった。
『たすけて』
久野の言葉を聞いた瞬間、合点がいった。
それは術が発動するキーワードだったということなのだろう。恐らくそれを久野は理解していた。
久野が言った、術者の発する『言霊』は重要という言葉の意味。だから久野はあの時、音彦に問うたのだ。
『お前は俺にどうしてほしい?』と。音彦の、『助けて』という言葉を促す為に。
「調べると、お前達家族が榊家と関わりを持っている事が判ったが、すぐには動けなかった。長く月日を掛け、潜入もさせていたからな」
言いながら久野は少し歯切れが悪い。先程目を逸らしたのも、同じ理由からなのだろうか。
久野には久野の事情がある。何も気にすることはないと、音彦は首を横に振った。
「それで、転送術を利用しようとしたんですか? じゃあ、あの時名刺をくれたのも」
「実際は大博打だったけどな。お前がラリエットをしているのは確認していたが、施された術の詳細までは判らなかった。まぁ、もしかしたら程度だ」
久野が少し、眉を下げた。困ったようなそんな表情を見るのは初めてで、思わずとも見つめてしまう。
確かに久野の言う通り、かなりリスキーな賭けであることは音彦にも判る。それにもしあのタイミングで久野が現れてくれなかったら、退魔師達の突入まで音彦がもっていたか判らない。
幾つもの『もしも』が奇跡的に重なり、事態は好転したのだ。
「俺はずっと、このラリエットに術を施した人物と会いたかった。その願いは叶わなかったが、息子であるお前に出会えた」
差し出された久野の手を音彦はじっと見つめた。
すると握り返そうとする前に手を取られ、強く、硬く握り締められた。
「こんな状況と場所だが……久野櫂だ。退魔師としては『極月』の名を継承している」
音彦の右手は包帯を巻いたままだ。『ルシーク』で久野に治療してもらったが、傷口はまだ塞がっていない。全身も、いたる所に傷を負っている。
だが痛みすら、今は感じない。
久野の真っすぐで強い瞳が自身を捉えている。それは音彦だけではなく、きっと誰もが目を奪われるに違いないのだ。
「自己紹介はここまでだな。確か、もうすぐ解析結果が出るはずだ」
刀を利き手に握り返し、久野が言う。
「解析って」
その時、遠くから久野を呼ぶ声が聞こえてきた。
音彦がぎょっとする。出入り口から駆け寄ってきた人物に、音彦は思わず後ずさっていた。
「遅いぞ、野坂」
「すみません、解析班が意外に遠くにいたもので。って、何ですっ!? どうしたんです!? この有様は」
「入ってきた瞬間に気付けよ……」
音彦に両親の死を告げ、榊家に案内した男。あの野坂だった。
呆然としている音彦の目の前で、久野相手にあたふたしている姿は、今までに持っていた印象と180度異なる。
野坂はようやっと音彦に気が付いたようで、目が合うとつぶらな瞳をうるうるとさせて大声を上げた。
「あああああ、沢木さんっ! 申し訳ありませんでしたあああっ!!」
誰かの土下座を見るのは初めてかもしれない音彦が反応に困っていると、大きくため息をついた久野がその頭を叩いた。
「止めろ、こう見えて非常事態だぞ」
「はいいいいっ!!」
声とともに飛び上がり、今度は直立不動になってしまった野坂はまるでオモチャみたいだなと、よく分からないテンションで音彦は2人のやりとりを見守っていた。
「こいつが間者として榊家に入り込んでいた。色々と思うところはあるだろうが、許してやってくれ」
久野の言葉に音彦は開いた口が塞がらない。
(この人が、榊家に潜入していたスパイ!?)
いや、でも……と、思い起こした以前の野坂は確かに、スパイとしてはしっかりと仕事をこなしていたのかもしれない。音彦自身が何も気付かなかったのだから。
「とりあえず、解析結果はお前ん所の上司の予想通りだ」
言いながら、久野は野坂から受け取った紙から視線を外した。
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