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16 五線譜に舞う闇


「くっ!!」

 ミヤコの悔し気な声が地下施設に響く。久野との戦闘の最中、ミヤコが音彦達に放った一撃も(あらたか)の炎に掻き消されてしまうのだった。

「何故だ、何故こんなにもっ……!!」

 それは不意を突かれただけではない明らかな能力差が、音彦の目にも見て取れるものだった。まだ余裕の感じられる久野に対してミヤコは明らかに焦りを見せている。

「まさか、そんなことはない。違うはずだっ」

 口走ったミヤコが素早く印を組んだ。『違うはず』というミヤコの言葉。それが何を意味するのか、音彦には見当もつかなかった。

 だが久野の勢いに飲まれ、今までに見たことのない疲労感を漂わせる表情から、ミヤコの恐れの対象の何らかが存在することは確かなのだ。

 ミヤコの印が完成した。詩行をも必要とした術式は何を成すというのか。焦りから一転。表情が不敵なそれに変わったミヤコは笑みを浮かべていた。

「我は、兄さまに早く施術をせねばならんのだ」

 するとどうだ。ミヤコの足元の地面が不自然な動きを見せたのだ。電灯に照らされたミヤコの影が一瞬間延びすると、それは空間上へと地面から浮き出はじめる。

 影はどんどんと膨らみ、肥大し。ゆうに大人3人分の背丈ほどの大蛇に変貌した。

 蜷局を巻き。首をもたげる。地面と大蛇の身が擦れる度にぬらぬらと光る黒い鱗と、見る者すべてを威嚇する赤い瞳。

 物語の中でしか見たことのない空想上の生き物がそこに出現した。だが、これは紛れもなく現実なのだ。

 無意識に、音彦は地面に横たわる詩織を守るよう、その身で蛇からの視線を遮っていた。


(あらたか)。ここは任せたぞ」

 飛び退ってきた久野が、視線は前に向けたまま眷属に指示を出す。

 応えるように鳴いた(あらたか)の全身が赤く発光すると、音彦を中心としたサークルが赤い線で描かれた。そこから炎が発火する。

 音彦の眼に映るのは確かに炎だった。だが不思議なことに熱をまるで感じない。

(この距離で、熱く感じない。……そうか、これは僕達を守ろうとする、炎なんだ)


「邪魔をするな。何者であろうと、許さぬ。許さぬぞ!! お前たちの術力も命も兄さまの命に代えてやろうぞ」

 息の荒いミヤコがにじり寄ってきていた。いつもは綺麗に整えられた髪を振り乱し、美しい着物も久野の炎に焼かれ所々黒炭となっていた。

 ミヤコはもはや正気ではないのかもしれない。姉妹を手に掛け、なりふり構わずこの場にいる者の命すべてを得ようとするさまは、狂気すら覚える。


「久野さん……」

「術だけじゃ時間がかかるか」

 久野が呟いた。

「本来俺は術式が苦手なんだ。お前と違って」

「何を……」

 そんなわけがない。言いかけた音彦の言葉が途切れる。

 眼前の敵を睨みつける久野の足元が一瞬赤みを帯び、そこから突如発生した疾風が吹き上がったのだ。風は久野の側にいた音彦達の髪をも揺らす。

 音彦は息を呑んで久野を見つめていた。

 久野の首筋に、紋様が黒く浮かび上がる。それはまるで、立ち上る炎の紋様。

 紋様から起伏を繰り返す闇は幾つもの細い曲線となり、腕を這うようにして久野の掌に向かってゆく。闇が集約され、徐々にその形を成していった。

 そして目を奪われている音彦の前で、それはついに具現化した。

 闇から鈍色の(つか)(つば)が姿を現し、刀身が濡れ鳥を思わせる光を放った。


(見ているだけなのに……)

 いつの間にか刃傷を負ってしまいそうな、見ている者に恐れを抱かせる大太刀だった。

 だが久野の手におさまり、一体と化した様は美しさすら感じさせる。

「苦手なら、眼は閉じていろよ」

 手にした漆黒の刀を肩に担ぎ、久野は大蛇に向かって高く跳躍した。

 


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