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短編・外伝  作者: 真暗森
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レディスト手記

 パラプラの本編が始まる数千年前のお話です。

第1節

 昨日、極北から連絡があった。なんでも永久凍土から忌物(いみもの)が出たらしい。すぐに現地担当の審問官によってこの世から排斥されたのだが、学士が到着する前にその忌物の死骸が無くなってしまったそうだ。

 極北の寒さでは、死んでも肉は腐らず氷漬け、その為火葬が基本らしいと聞いた事がある。大方さっさと燃やしてしまったのだろう。北はそう言う事を平気でする所だ。

第2節

 また極北の永久凍土から忌物が出たらしい。が、どうやら先日と同じ個体だそうだ。間も無く排斥され、学士による検分が速やかに行われた。

 忌物の死骸は一応、檻房に安置したらしい。

第3節

 監禁していた忌物の死骸が息を吹き返したそうだ。回生するとは見上げた奴だ。しかも、人に擬態するらしい。ますます見上げた奴だ。動景を送って頂いて観たが、分厚く丸い眼鏡を掛けた、容姿の整った成人女性の様に見えた。

 ただ、貼り付けたような微笑みと、耳まで裂けた口唇は、人外である事を言うに語っており、不気味という他無い。

第4節

 極北の情勢が芳しく無い。情報が錯綜し何が正しくて、どれが誤りか判断がつかない。国が1つ滅んだと言うのは本当だろうか?

 極北には、名前は忘れたが後輩が何人か居たはずだ。大丈夫かな?生きてるかな?これから大変っぽいかな?一応、心配な気持ちはあるが、手景(しゅけい)を送るほどの仲では無かった気がする。薄情な先輩で申し訳ない。

第5節

 情報は間違っていた。これはもう、極北どころの話ではない。回生を繰り返す忌物にこの世は蹂躙されつつある。

第6節

 誕生万年、安寧を続けて来た人の世の黄昏を今、目の当たりにしている。もしこの世、朽ちる事あらばそれは、星が落ち、天は震慄(わななき)、山は火を噴き、大地は割れて、海がそそり立つのだろうと思っていたが、この度は違うらしい。

 極北より生まれ出た災厄は、回生の都度、力を増し人の抗いを嗤って行く。

第7節

 文明維持に必要な最低限度の人口、と言う指標を下回ったらしい。人の叡智は急速に失われつつある。回生する災厄はいよいよ手が付けられない。最高審問官の御魂が既に2つ失われている。人々は文明社会を捨て野生に帰るだろう。しかし、悠久の時を経て、再び人が地に満ちること信じればこそ、学士の深遠版(モノリス)も造る意味がある。

第8節

 厭らしい笑みをたたえ人の脳髄を啜る。生の糧としているわけではない。人の恐怖を煽る為である。人の臓腑と砕けた硝子をコネて積み上げた玉座に腰掛け、五体の分身と共に、震え(かしず)く人々をまばたき無く見下す。

 災禍の権化を前に心、憤怒に乱され、畏怖に苛まれ、憎悪に侵され、悲嘆に満たされ、慈愛は渇き、信仰は消え、思慮は無く、人の希望は重く伸し掛かる。

 9人存在した最高審問官もあと1人となった。

第9節

 殺せど止まぬその鼓動、間も無く回生する災厄にその身を捧げ、生ける楔として氷下で沸き立つ鉛の泉へ、諸共沈むこと今生の誉れとする。

第10節

 学士とはずる賢い事この上無い。杯を睡毒で濁すと最後の務めを掠め取っていった。凍てつく鉛の泉は災厄を永遠殺し続けるだろう。

第11節

 世界中のバイオプラントを人体生成へ転用した。子らの教育には生体電脳を移植する。転用元プラントの遺伝子汚染により、生物として幾らかの差異が生まれたが個性と呼べる程度だろう。人間の人造に異を唱える者はいても、止める者はいなかった。

第12節

 私を神の使いと頼る者が日々増えていく。神そのものと崇める者さえ現れた。文明崩壊、以前の旧人類に私の事を知らない者はいない。

第13節

 深遠版が完成した。こっそり、この手記も転写しておいた。泉から災厄の湧き上がる気配はない。泉を見降ろす丘に小さな家を建てた。

第14節

 災厄の母と名乗った少女は、謝意を表すと泉を飲み干し去って行った。巨象が蟻子を知覚しないのと同様に、少女は人を意に返しておらず、その沈着無礼と微笑みは少女と災厄が、同族であることを知らせていた。

第15節

 少女のあとを追い、計り知れぬ文明の軌跡に埋め尽くされた霊廟に辿り着いた。少女は軌跡の1つ、災禍の箱舟に泉を吐き出すと、只々、古代の記憶を読み解くばかり。遂には、天蓋(パラダイス)構造体(・ストラクチャー)の落星まで動くことは無かった。




挿絵(By みてみん)


    挿絵(By みてみん)

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