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帰宅路

「エレナ……」


 レーンは目の前に立つエレナを呼んだ。けれども、エレナは心ここにあらずというような表情で、遠いどこかを見つめている。

 

 もう一度エレナを呼ぼうとしたとき、「お兄ちゃん! 何でここにいるの?」といつもと同じように、いつもと同じ音程で言葉を返した。


「エレナこそ! 今までどこいたんだよ!」


 レーンは急に怒りが込み上げきて、怒鳴った。さっきまで、あれほど心配していたのに、いやあれほど心配していたからこそ、この怒りが納まらない。


「みんな、みんな、おまえを捜してるんだからな……!」


 そういいながら、レーンは泣いた。泣くつもりはなかった、エレナに再会したら、怒るつもりだったのに、なのに涙があふれてくる。

 ただ、エレナが無事でよかったとレーンは心から思うほどに、涙があふれてくるのであった。


「あのね! お兄ちゃんに助けてもらったの」


 袖で涙をぬぐいながら、レーンはいった。


「僕が?」


 捜した覚えはあるが、助けた憶えはない。エレナは大きく首を振りながら、「ちがうよ、白いお兄ちゃん」とエレナが言うと、「白いお兄ちゃん?」レーンは戸惑いと疑問がまじった声で問い返す。


「うん、白いお兄ちゃん、私が山で迷子になったときに、ここまで案内してくれたの」


 赤さの残る目をレーンに向けながらエレナはいった。

 お互い、泣いたことが分かる目を合わせながら、「帰ろう、ママたちに知らせないと」レーンはエレナの手をとり、明るくなった麦畑を歩き出した。


 いつの間にか、辺りはいつもの麦畑にもどっていることをレーンは気付くよしもない。 


 もう、麦畑をつつむ不思議な光もない。

 レーンはエレナを見つけられたことを安堵し自分がまだ、夕食を食べていないなかったことを思い出した。今から食べるのであれば、朝食になるのだが。


 敏感になったレーンの鼻はエレナの持つバスケットに反応した。思えばエレナにも、甘い香りが付着していることにレーンは気付いた。


 レーンはエレナのもっている、バスケットを指しながら、「エレナ、何もってるんだよ?」と訊ねた。


 エレナから、この香りがしているのではないとわかった。エレナが持っている、バスケットから香りがもれているのだ。


 エレナは、「前にみんなで行った山になっていた、ベリーの実よ」と言いながらバスケットのふたを開けレーンに見せる。


 ベリーの香りがレーンの鼻をついた。急に空腹がレーンのお腹を襲い、ぐーという音が鳴る。


「お腹空いてるの? 少しなら食べていいよ」


 と、バスケットの中から大きく実ったベリーをレーンに手渡す。ずっしりとしたベリーをレーンは受け取った。村では手に入らないであろう大きさだと思う。


「ありがとう」


 レーンはお礼をいった。


 エレナは、「どういたしまして!」と微笑んだ。


 もらったばかりのベリーをレーンは食べた。急に食べたものだから、ほっぺたの内側がちぢこまるような痛みが口の中をかける。甘酸っぱくて、濃厚な味だとレーンは思った。


「おいしい?」


 首をかしげながら、エレナは質問する。


「うん、おいしいよ」


 渡されたもう一つの実も、口に放り込みながら、レーンは答える。お腹も、ふくれたレーンはみんなが待つ村へ急がなくてはならないのだった。



 日は完全に昇り、村はあかるく照らされている。しかし、いつもの村の空気ではないことがレーンには一瞬で分かった。重い空気、エレナが行方不明になったことで、この村は悲しみに沈んでいるのだ。


 レーンは早く、みんなに知らせなければと思い、村の中を早足で歩いた。


 誰でもいい、早く誰かにエレナが見つかったことを知らせなければ、そのことばかりレーンは考えていた。しかし、村には誰もいない。


 家の中に入っているのだろうかとも考えたが、どうもそういう気配はない。だとしたら、エレナを村人総出で、捜しに行ったのだろうか。


 こっちから、捜しに行くより、レーンはこの村で待つことに決めた。すれ違いだけは避けたかったのだ。


「お兄ちゃん、みんなどこいっちゃたの?」


 エレナは自分が原因で村人たちが、いなくなっていることにまったく気付いていない様子でレーンに訊いた。


「おまえをみんなは捜しているんだぞ」


 自覚を持たせようと、少し強めにレーンは言い放った。しかし、事の重大性が分からないらしく、エレナは何でといったきり話さない。

 

 誰でもいいから、エレナが見つかったことを、知らせなければと思いレーン焦った。村の真ん中まで来たが、誰にも出会わない。


 レーンたちがよく待ち合わせ場所につかう、噴水の広場にきたそのとき。噴水の塀に誰かが腰かけているのが分かり、レーンはエレナ手をひきその場に急いだ。

 噴水塀のレンガ敷きの上に座っていたのは、ロンのお母さんだった。


 ロンのお母さんは目の前からかけてくる、人影を目で追った。一瞬、見間違えかとロンのお母さんは思ったが、見間違えではないと気づき、幽霊でも見たような驚きを表した。


「エレナちゃん! エレナちゃんなんだね!」


 ロンのお母さんは涙を浮かべながら、エレナを抱き寄せる。


「いままで、どこいってたんだい……?」


 まるでわが子を心配していたような、やさしさの中に心配をこめたような声でロンのお母さんはエレナに訊いた。


「森で迷子になったの。だけど、お兄ちゃんに助けてもらえた」


 たぶん、ロンのお母さんは僕が助けたのだと、思っているんだろう、とレーンは思ったが、間違いを正す気はない。だって今そんなことを言えば、話がこんがらがるのは目に見えているから。


「そうなのかい、本当に本当に見つかってよかったよ。すぐに、みんなに知らせないとね、みんな心配してたんだよ」


 そう言い残しロンのお母さんは走り去った――。

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