エレナの行方
「確か、この辺りにあったんだけどなぁー」
エレナは樹々が生い茂る山の中を歩いていた。レーン達がメーガンの家でアンジェリーナの話を聞いていたころ、エレナは一人山深くの道を歩いていたのだ。
まだ昼下がりだというのに辺りは薄暗く、草の擦れる音しかしない。
以前、レーンとロン、レノそしてエレナの四人でこの山に遊びに来たことがある。そのときにベリーを見つけたのだ。綺麗に実ったベリーの実。
みんなで、分けあって食べたときのあの甘酸っぱくて、ぽっぺたが落ちそうになった記憶をエレナはいまも覚えていた。その記憶を頼りに、ベリーを探しに来たエレナ。
頭上を覆う葉の隙間から、木漏れ日が差す以外は日の光が届かない。
右を見ても左を見ても、いまどこを歩いているのかエレナは分からなくなっていた。
「こんなにも、暗かったかなぁ……」
一人できたことを後悔しながら辺りを見回す。みんなで来たときは、ここまで暗くはなかった、エレナの気持ちが、この森周辺を暗く見せているのだろうか。そのとき道外れの、樹々の間が揺た。
「いま、草が動いたような? 気のせいよ……怖いと思うからそう感じたんだわ……」
エレナは一人ごちる。静かにしていたら、この森に飲み込まれそうだから。気のせいと言いながらもエレナは樹の陰に隠れた。
「……やっぱり気のせいだわ!」
樹の陰から様子を窺い、自分に言い聞かせるように言った。
がさがさがさ、とまた樹間の茂みが揺れた。
気のせいなどではない。草がさっきよりの大きく揺れる。
一人で来たことを後悔しながら、その場に立ち尽くすエレナ。
数秒が経ち音がしなくなったのを確認し、エレナは顔を出す。
エレナの心はドキドキしていた。恐怖もあるが、それを上回る好奇心が勝った。すると、揺れていた草むらから大きな動物が顔を出しているのが見えた。
「ぁん……!」
エレナは息を飲み、両手で口を塞いだ。鼓動がますます早くなる。一瞬、ビックリしたエレナだったがその動物が牡鹿だと分かると安堵した。
牡鹿はエレナを見据え、まるで何かを語りかけているかのように、邪気のない澄んだ瞳をしていた。
「…………」
危害はないと分かっていても、身動きが取れないエレナ。数秒が過ぎた。鹿はエレナを一瞥し、ガサガサ、ガサガサと山の奥へと消えていった。
牝鹿が消えてしまうと、またも、エレナを襲ったのは、どうしようもない孤独感だった。ベリー探しを続けるかエレナは考える。
「帰ろうかなぁ……」
もう少し行ったところにあったと思うんだけど? 記憶を頼りに、エレナは考えた。確かにもうすこし進んだところにベリーの樹はあった。
しかし、空は薄い光をたたえながら、徐々に暗くなり始めている。このまま引き返すか思案した結果、エレナはもう少し進むことにした。
まだ小さいエレナにしたら、一人でこんな山深くに潜ることなど生まれてはじめてだった。まだ見ぬ世界へ一歩を踏み出す決意を決めた。
「もう少し進んでなかったら、家に帰ろう……」
エレナは恐怖を振り払い歩き出した。
前を向いて歩く、脚が上がらなくなるまで歩いたものの、結局見つからなかった。
もう帰ろうと考えたとき、「あったー!」黒く輝く宝石に吸い寄せられるようにエレナはベリーの樹が目に入り駆け寄った。
持ってきたバスケットには入りきらないほど、いや村人の人たちみんなが食べてもなくならないほど実っているようにエレナには見えた。
エレナは持ってきたバスケットにベリーを入るだけ摘み取る。
果肉がつぶれないように慎重に、バスケットの中に並べる、卵をあつかうように慎重に、慎重にエレナはあつかった。
空が小麦色になった頃、帰ろうとエレナは辺りを見回した。ベリー摘みに夢中になるあまり、エレナは方向を見失ってしまったのだ。
自分がどっちから来たのか、右も左も、後ろと前すらも、今のエレナには分からない。ただ辺りは、永遠に続くのではないかと思えるほど果てしなくつづく、闇が広がっていた。
「あれ? どっちだったけぇ……?」
エレナはその場に立ち尽くし、これからどうすればいいのか分からないまま、涙を堪えてただ立ち尽くしていた――。