民話
朝の光に照らされてエレナは目を開けた。右手首を左手でつかみ大きく伸びをする。
「ん――」
体に血液がいきわたるのを感じながら、左手で同じように伸びをする。となりで眠っているレーンを起こさないようにエレナはゆっくりベットから出てリビングに向かった。
果物の皮をむいているヘレナの顔を見ながら、「ママおはよう」エレナは言った。
「あら、今日は早起きね!」
意外そうにヘレナは言った。
「私だって、早起きぐらいするわ!」
エレナは、ほっぺたを膨らませながら抗議した。
「ごめんなさい、だけど珍しいわね。ちょうど朝ごはんできたところよ」
エレナは椅子を引き席に着いた。テーブルの上にはチーズのパンとさっきむいていた、果物が盛り付けられている。目の前に用意されたパンをエレナは三口で食べ終わる。
「エレナ、ちゃんと噛んで食べなさい!」
「ハーイ」
そう言いながらエレナは果物をつまむ。言われたそばから、果物を二口で平らげた。
「ごちそうさまでした、ちょっと友達のところに行ってくるね!」
そういうなり慌てて玄関にかけていたバスケットを掴み扉に消えてしまった。
「ちょっと……どこい行くのよ?」
ヘレナの声は扉に吸い込まれた。
*
エレナは速足気味に石敷きの道を歩く。この時間は人が少ないなぁー、と思いながらエレナは、村を抜けた。
ここまでくれば誰にも会わないだろうと思ったとき、「エレナちゃんじゃないか、どうしたんだこんな朝早くに?」そう声をかけてきたのは、「ロンのお父さん……」だった。
「レーン君はいっしょじゃないのか?」
ロンのお父さんはエレナに訊いた。
「…………」
エレナは目を合わせないように下を向く。
「どうしたんだいエレナちゃん、お兄ちゃんとなにかあったのかい?」
ロンのお父さんはもう一度エレナに訊くが、答えは帰って来なかった。
「…………」
「どうした」
そこまでロンのお父さんが言ったとき、エレナは突如走り出した。
「どこ行くんだい、エレナちゃん……!」
ロンのお父さんはとっさにエレナの手を掴もうとしたが、後少し間に合わなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁー」
今までこんなに全力で走ったことがあっただろうかと思いながら、エレナは木の幹にしゃがみ込んだ。
辺りを見回し、「山はあっちか」そうつぶやき、呼吸を整え西の山へ歩き出した。
*
「アンジェリーナ《小さな天使》さんはね、この村に古くから伝わる民話さね」
メーガンは壁にかけられている、絵を見ながら語りだす。絵を見つめる、その目は遠い昔を思い出しているようでもある。
「昔からって、どれくらい……」
ロンは口をはさむ。
「口をはさまないで、黙ってなさい!」
物語が好きなレノはロンの話をさえぎった。ロンは、「チェ!」といって、それっきり押し黙った。
「メーガンさん、続けてください」
レノは目を輝かせながら、メーガンの話を待つ。
「昔、この村は飢饉でみんな、みんな飢えていたのさ」
「ききんって?」
「作物が育たないことさね」
昔この村では何年にも及ぶ飢饉があった。蓄えていた食料も、もうすぐ底をつくことになった。 そんなある日、干上がっていたはずの土地が一面、黄金色に輝いているのを発見した農民は村人に知らせに行った。
村人総出で麦畑へ駆けつけると、そこには麦の輝きを全身にまとい、白く艶のある毛をすき、お茶会を開いている猫がいた。
左右で色の違う目を村人たちにむけ、「私はアンジェリーナ《小さな天使》、これから毎年、西の山で採れる木の実とハーブそして湖で採れる花を供えるのです」と猫は透き通る声で村人に言った。
はじめの内は村人も半信半疑だったが、木の実とハーブ、そして花を何年も供え続けた。
アンジェリーナの言っていたことが嘘ではないと、わかるのにそう時間はかからなかった。それからというもの、作物は実るようになり、飢饉は終わった。
しかし、それから気の遠くなるほどの時間が流れ、村人たちはみんなアンジェリーナのことを忘れ去った。
「そういう民話さね」
「この村にそんな話があったんですね!」
レノは心底満足げにいった。
「だけど村人たちはアンジェリーナさんのことを忘れ去ったんだよな?」
ロンは疑問に思ったことにはすぐに口を挟むのだ。
「だったら何で、メーガンさんはその民話を知ってるんだ?」
「ロン、あなたは減らず口が過ぎるわよ。これは物語なんだから深く追求しちゃいけないの」
レンはロンを注意する。
「エレナにもアンジェリーナさんの民話を話したんですか?」
「あぁーこの前、聞かせてやったばかりだよ」
「そうですか……」
エレナのことだ、その話を真に受けてアンジェリーナを探しているに違いない。麦畑で捜しているという、猫はきっとこの伝説に登場する猫のことだ。
「それじゃあ、そろそろお暇させてもらいます。素敵なお話、ありがとうございました」
レーンは立ち上がる。それを見てレノとロンも立ち上がる。手を振りながらメーガンに別れを告げた。空は赤くそまり始め、もうすぐ日が暮れる。
「結局、エレナ見つけられなかったなぁ」
ロンは頭の後ろで腕を組みながらいった。
「そろそろ私、帰らないといけないわ……」
「そうだね、そろそろ帰ろうか、エレナも家に帰っているだろうし」
レーンは暮れなずむ空を見上げながら言った。
「結局見つけられなかったな」
ロンはつまらなそうにつぶやいた。
「まあ楽しかったんだから良いじゃないか」
「またね!」
レノは手を振りながら帰宅路を帰っていった。夕日に照らされ見えなくなるまで、二人は見送った
「俺もそろそろ帰るよ、じゃあな」
「ああ、じゃあな」
そう言い、ロンも夕日に消えてしまった。
*
家に入ると、ヘレナは夕食を作っている最中だった。カイルはテーブルの上に新聞を広げて目で文字を追っている。
「おかえり、レーン」
「おかえり」
ヘレナとカイルはレーンに向かっていう。
「ただいま、エレナはまだ帰ってきてないの?」
てっきり、もう家に帰っているばかり思っていた、レーンは少し不安になる。
「もうすぐ帰ってくると思うけど」
レーンはテーブルに着く。部屋にはスープの香りが広がっている。レーンは急にお腹が空いてきた。レーンの家では家族みんなが揃わないと、食事をしない決まりになっていた。
だから、エレナが帰って来ないと食べられないのだ。
そんなの蛇の生殺しだ……。
「さぁ、できたわよ」
ヘレナはそう言いながら、テーブルに料理を並べ始めた。テーブルに広げていた新聞を急いで折りたたむカイル。
「後は、エレナの帰りを待つだけだね」
レーンは今にでも食べたいのを我慢しながら言った。
「ええ、もうすぐエレナも帰ってくでしょう」
ヘレナも席に着いた。しかし約束の時間を過ぎてもエレナは帰ってこない。
「遅いわね……」
ヘレナは窓の外を窺いながら言った。
「いつものことだよ、先に食べちゃおうよ」
レーンはヘレナに言う。
「…………」
それから少しして、「いくらなんでも遅い!」カイルは言い出した。
「エレナの身に何かあったんじゃないかしら!」
「捜しに行こう」
カイルはランプに火を灯し扉を開ける。
「もう少し待てば帰ってくるよ……」
レーンはそう言ったものの心の中では心配になっていた。
「ええ! 捜しに行きましょう」
ヘレナは上着を羽織りカイルの後に続く。
「レーンあなたは家で待ってなさい、エレナが帰ってくるかもしれないから」
そういい残しカイルとヘレナはエレナを捜しに出ていった。
レーンは一人、冷めてしまった料理と取り残された……。