小さな天使
ロンは噴水のベンチから飛び降り、大きく手を振った。
「レノ、レーンが来たぞ!」
「レーン遅いわよ!」
ロンのとなりで手を振りながらレノという少女はレーンを迎えた。レーンは精いっぱい走り、ロンとレノのもとへ急ぐ。
「は、は、は、は」
膝に手をつき、「ごめん、おつかいに時間がかかって」とつっかえながらレーンは詫びた。
レノはあたりを見回し、「エレナちゃんはどこ?」とまたもエレナだ。僕を見るとみんなエレナこのことを訊いてくる。
「今日は友達と遊びに行ってていないんだ」
あがった息を整えてから、ゆっくり時間をかけてレーンは答えた。
「そうなの、寂しいわね……」
「そういうことだから、おれたち三人で遊ぶしかないな」
「三人で何するっていうのよ」
レノはロンに突っ込む。
「んー何するって、何すればいいレーン?」
ロンはレーンに話を振る。
「僕に突然言われても困るよ、ロンが遊びに誘ったんじゃないか」
ロンはしばらく考えてから言った。
「エレナを呼びに行こう、誰の家に遊びに行ってるんだ、レーン?」
「誰と遊んでるかなんて知らないよ。今朝からいないんだから」
「ちょうどいいじゃないか、エレナを捜しに行こう。かくれんぼと同じだ。おれたちみんなが鬼で、エレナを見つけるって遊び。どうだ?」
ロンはこの場の空気を変えようと提案するが、誰もいい顔はしなかった。
「捜すって言っても、手がかりなんてないんだぞ……」
「こんな小さな村なんだから、三人で捜せばすぐに見つかるよ」
それを聞いていたレノは、「仕方ないわね。ロンの提案に乗りましょ、ここで話していても始まらないし」とロンの意見に賛成した。
「そういうことだレーン、捜しにいこう」
レーンの背中を押しながらロンは歩きはじめた。
*
石畳を歩きながら、「どこから探す?」と、ロンが訊く。ロンがいい出したことなのに、いつも困ると僕に訊く、レーン少しイラっとした。
「まずはエレナといつも遊んでる、アンちゃんの家にでも行ってみようか」
「そのアンちゃんって子の家はどこにあるんだよ?」
「この道をもう少し歩いたところにあるよ」
それから五分ほど歩いたころ、「この家か?」ロンはみどり屋根の家を指さしながら言った。
「素敵なお家ねー!」
レンは手を合わせながら目を輝かせて、みどり屋根の家を見上げた。
「呼んでみろよ」
ロンはレーンを扉の前に突き出した。
「押すなよ」
レーンは振り返りロンに怒るが堪えた様子は微塵もない。渋々扉の前に立ち、コンコンノッカーをたたいた。しばらく待っていると中から、声が聞こえてきた。
「ママお客さんよ」
扉でくぐもってよく聞こえないが、誰かが近づいてくるのは分かる。がちゃという音と同時に扉が開いた。
「どちら様?」
中からエレナと同い年のかわいらしい女の子が出てきた。
「あ、エレナきてない?」
レーンはあたふたとしながら訪ねるが、「エレナちゃんのお兄さん。――エレナちゃん? 来てないよ」と扉からのぞいた首が振られた。
「そう、どこいるか知らないかな? 僕たち捜しているんだ」
するとアンは申し訳なさそうに「ごめんなさい、知らないわ……」と眉間に小さなしわを寄せていった。
「そうか、それならいいんだ」
「エレナちゃんに何かあったんですか?」
心配そうにアンは言う。
胸の前で両手を振りながら、「違う違う、ただどこ行ったのかなーって三人で捜してるだけ」と答えたが、別に隠すようなことでもなかったとすぐに気付いた。
それを聞いてアンは胸を撫でおろし、「そうなんですか、見かけたらお兄さんが探してるって知らせますね」と安心した声で言ってくれる。
「ありがとうアンちゃん、それじゃあまたね」
三人は手を振りながらその場を後にした。
*
次に三人が訪れたのは、村はずれにあるメーガンさんというおばさんの家だった。
「こんなところに、家なんてあったんだな!」
ロンはその家を見上げながら、驚く。
「エレナはよく村はずれにある家のメーガンおばさんが、かわいがってくれるって言ってたんだ」
レーンは家を見上げながら先細りする声で答えた。風が強く吹き、家を囲うように生い茂る木々が(ザザザザ)不気味に揺れる。
「…………」
「誰が訊く?」
ロンはあと下がりしながら、レーンとレノを見比べた。
「次はロンの番だぞ……」
レーンはロンの背中を押す。
さっきは僕が行ったんだから、ロンが行かなきゃ不公平だ、と思うレーン。
「あなた達、情けないわね」
責任のなすり合いをする、男たちを押しのけて、レノはあきれながら扉をノックした。なんと頼もしい女の子なんだ、と二人の男の子は思った。
「…………」
「留守みたいね」
レノは振り返りレーンとロンを見ながら言うが、すぐに不審に思った。二人とも固まっているのだ。
「まったく、意気地がないわね! 何怖がってるのよ?」
レノは二人に言って見せる。
しかし、二人は固まったままレノの後ろを見上げていた。
「二人とも何で黙ってるのよ?」
そう訊ねながらレノは振り返と、目の前に髪を結い上げた、眼光の鋭い初老のおばさんが立っていた。
「キャーーーーア」
森中に少女の声が響き渡った――。
*
「まったく失礼しちまうよ、人の顔見てあんなに驚くとは!」
カップにお茶を注ぎながらメーガンはいった。
レンはうつむきながら赤面し、「ごめんなさい……」と面目なさそうに詫びた。
「…………」
レーンは重い空気を変えようと、「エレナは来てませんか?」とメーガンに訊ねるが、「エレナかい? 今日は来てないよ」とすぐに答えが返ってきた。
これでメーガンの家に用はなくなった……。
「そーですか、どこにいるか分かります?」
レーンは会話を止めないように続ける。
「知らないねぇ」
「そーですよねぇ……」
レーンは会話に詰まる。
重い……とても重い空気がメーガンの家の中に堆積している……。
「…………」
レノは話題を探そうと辺りを見渡す、すると、「あ、あの絵、不思議な絵ですね」と壁に掛かった絵を指さして言ってみた。
話題があるなら何でもよかった。レーンが指さしたその絵には、毛の長い白猫が人間のような姿で椅子に座っている奇抜な絵ものだった。
毛がドレスのようも見える、不思議な絵。
するとメーガンは、「あの絵かい、あれはアンジェリーナさんの絵さ」と意味深にいった。
レノは頭を傾け、「アンジェリーナ《小さな天使》さん?」メーガンに聞き返す。
「知らないかのかい? この村に伝わるアンジェリーナさんの物語を?」
「はい、知りません」
レノは声音を上げながら言うと、男子二人も同じようにうなずいた。
「しょうがないね、短い話だから聞かせてあげるよアンジェリーナさんの物語を」