エレナとレーン
太陽の光に照らされ、目覚めると、いつもとなりで眠っているエレナの姿がないことに気づいた。まだ完全に開き切らない目を擦りながら、レーンはリビングに続く扉を開ける。
「おはよう、レーン」
ヘレナは朝食の支度をしながら、朝の挨拶をする。テーブルには果物とチーズのとろけているパンが並べられている。
「ママ、エレナは?」
リビングにエレナの姿がないことに気づいたレーンはヘレナに問いかける。
「ほんのさっき友達と遊んでくるって、出ていったわよ」
レーンは席に着きながら、こんな朝早くから誰と遊ぶんだ。と思いチーズのとろけるパンを食べる。
「誰と遊ぶって言ってた」
とヘレナに確認するレーン。
「聞く暇なんてなかったわよ、あの子すごい急いで出ていったもの」
ヘレナは果物をつまみながら言う。
「そんなことより、あなたに頼みたいことがあるんだけどぉ~」
ヘレナは目を細め、パンを食べるレーンを見つめる。嫌な予感をレーンは感じた。
*
レーンは木網のかごを持って、石敷きの道を歩いていた。
「よぉレーン、ママのお使いか?」
近所に住む、威勢のいいトーマスおじさんが突然後ろから、話しかけてきたので、レーンは肩を落とした。
「そうだよ」
「今日はエレナと一緒じゃないのか?」
おじさんは不思議そうな顔をして問いかける。
すると、トーマスのいった言葉の何が気に障ったのか、「僕だって、エレナといつも一緒にいるわけじゃないよ!」と不機嫌そうに言い返す。
「ははは、わかったわかった。そうムキニなるなって」
おじさんは笑いながらレーンの頭を撫でる。
完全に子ども扱いだ。
「じゃ、またな」
おじさんの大きな背中が、坂道に消えていくまでレーンはおじさんを見送った。
「僕だって、エレナといつも一緒にいるわけじゃないよ」
消えたおじさんの背中に小さくつぶやいたとき、「何一人でぶつぶつ言ってんだ?」と後ろから声が聞こえた。
レーンは振り返ると。レーンと同い年ぐらいの男の子が立っていた。茶色い布の帽子をかぶり、茶色の瞳をしている。男の子が白い歯を覗かせて、レーンに語りかけてきた。
「ロンかビックリさせるなよ」
「おつかいか?」
ロンはかごを指さしながら訪ねた。
「そうだよ、ちょっとパン屋まで」
レーンはこの先にあるパン屋を指さして、答えた。
「今日はエレナと一緒じゃないんだな」
不思議そうにロンは言った。ロン、お前もか。
「まぁね、エレナは友達と遊びに行ったよ」
またエレナか。僕を見ると誰もがエレナのことばかり、問うてくる。と思いながらレーンは言った。
「そうか、じゃあ、いつもの所にいるから終わったら来いよ」
ロンはそういうと、きびすを返してレーンの元から立ち去る。
「そうさせてもらうよ」
「待ってるからなぁ――」
嬉しそうに手を振りながらロンは去っていった。
*
「このパンと、あっちのパンもください」
白いエプロンをした小太りの店主に言った。
「エレナちゃんは一緒じゃないのかい?」
店主は紙袋にパンを詰めながら訊いていた。
「おじさんで三人目ですよ、エレナのことを聞いてきたの」
レーンはあきれたように言い返す。
「そうなのか、エレナちゃんといつも一緒にいるからレーンが一人でいるとみんな気になるんだろうな」
詰め終わったパンを手渡しながら、おじさんは言う。
「僕だって、一人の時もありますよ」
受け取ったパンを確認しながら、嫌味っぽくいった。
「そりゃそうだわな」
笑いながら申し訳なさそうにおじさんは頭を掻いた。
*
家に着いてヘレナにそのことを話すと、「あなた達仲いいもの」と嬉しそうにヘレナは言った。
「何で嬉しそうなの?」
「そりゃあ、嬉しいわよ。自分の子供たちが仲いいのは」
レーンは照れながら、パンを手渡す。
「照れなくてもいいことよ、兄妹仲がいいのは良いことなんだから」
買って来たパンをかたずけながらヘレナはいう。
「うん」
顔を赤らめながらレーンはうなずく。
「レーンがいつもエレナの面倒を見てくれるから助かってるのよ、ありがとう」
そう言いながらレーンの頭を撫でるヘレナ。
「僕が付いていてあげないとエレナは危なっかしいもん」
誇らしさと、照れを含んだ声でレーンは言った。
「今後とも、エレナをよろしくね」
ヘレナはレーンの目の高さまでしゃがみこんで、微笑んだ。
「そりじゃ、僕は遊びに行ってくるね」
「暗くなる前には帰ってくるのよ」
玄関のとびらを開け飛び出そうとする、レーンにヘレナは言い据えると、「分かってるって、じゃあ行ってくるね」とヘレナに手を振りながら扉に消えていった。