村の人々
「何で知ってるの?」
アンが発した言葉にエレナは間髪を入れづ、驚きと戸惑いを含んだ声で質問した。あまりに圧が強すぎて、アンは後ずさりするが、エレナが手のひらをつかんでいるせいで下がるにも限界があった。
「え……え~っと……お兄ちゃんが昨日教えてくれたの……」
アンにお兄ちゃんがいないことを知っていた、エレナは疑問に思った。
「お兄ちゃん?」
エレナが小首をかしげながら、声音をあげると、アンはエレナの後ろを指さした。視線を追っていくと、「ロン!」その場所にはロンが立っていた。
「ロンが村の人みんなに知らせてくれたの!」
エレナは驚きながら訊ねると「え……いや……俺が知らせたのはその子の家と、パン屋のおっちゃん、俺の両親だけだぜ……」ロンも不思議がっていた。
本当にどうして、こんなに人が集まっているのか分かっていないようだ。すると、エレナの肩を後ろからポンポンとたたく者が、「俺が口伝えで伝えたんだ」といい、エレナは驚き振り向くと、「ロンのお父さん!」が、立っていた。
「狭い村だからな、人伝えであっという間に話が広まる」
そう、ロンのお父さんは面白げに腹から笑った。
「おじさんありがとう!」
ロンのお父さんは豪快に笑って、「良いって事よ!」といってから、「なー! みんな」振り返り後ろにいる、村人たちにいった。
「おうよ」だとか、「ああ」「ええ」だとか、一人一人違う言葉あげる。
「だけど、この村にそんな伝説があるなんて知らなかったよなぁ~!」
ロンのお父さんがいうと、「ええ、本当に」とロンのお母さんが相づちをうつ。
村の者たちも、「本当に知らなかったわ。知ってたら毎年お供え物を欠かさないわよ。ね~」というと、「ああ、だけど、これから毎年欠かさずにお供え物をすれば、許してくれるよな」という者もいた。
レーンはエレナの背中を見ると、肩を震わせているのが分かった。
勝手なことばかりいって、怒っているのだろう、と思ったがどうやら違うようだ。エレナは泣いていた。肩を震わせ泣いていた。どうして、泣いているんだ……レーンは戸惑う。
「みんな……ありがとう……アンジェリーナさんも喜ぶわ!」
村人たちは思い思いに、顔を見合わせ微笑み合った。
「ところでよ。どうすれば、お茶会に招待してもらえるんだ?」
どこからか、声があがった。
それはレーンも気になっていたことだ。すかさず、エレナが答える。
「今日、今日よ、今日麦畑で開かれるんだから!」
すると、村人たちはいっせいにおののいた。レーンも同じだ。
近々開かれるとは聞いていたが、まさか今日とは思っていなかった。
「今日なのか!」
「ええ」といって、「みんなハーブやお菓子、お花を家からもってきて。村はずれの麦畑に集まって!」
エレナがそういうと、一時だけ村人たちはざわめき立っていたが、すぐに落ち着いて、「分かった、みんな! 思い思いに、色々より寄って麦畑に集合だ」一人が言い出すと、みんなは一斉に蜘蛛の子を散らすように帰っていった。
えらい大事になってきたな、と思うレーンであった。
*
黄金色に実り、風が吹くたびにキラキラと、なびく。
太陽の光をいっぱいに吸って、すくすく麦は成長する。
そんな麦畑に村のほとんどの人が集まり、談笑で賑わっていた。
「楽しみね~」
エレナは浮足立っている。
しかし、レーンの心は浮かばない。みんな信じている、この場になってもレーンは信じられないのだ。ありもしない、冗談を村中が信じている。
みんなおかしいよ、どうしてみんな信じているの。あんな物語を信じているの。レーンは叫び出したい気分だった。
「全然想像できない! モーガンさんの家で絵を見せてもらったけど、実物のアンジェリーナさんはどんな方なのかしら!」
レノが心ウキウキにいう。
「あの絵よりも素敵な方よ。ドレスのような白い毛がひらひらと風になびくの。水色の目と、真っ赤なバラみたいな目を持っているのよ」
エレナの話を聞いて、レノは空を見上げる。まるで、雲の形にアンジェリーナさんの姿を思い描いているようだった。
「本当に俺たちにもシェなんとかを分けてもらっていいのか……?」
ロンは昨日取った、シェドゥーブルを見ながら申し訳なさそうにいった。
「シェドゥーブル」とエレナはロンに教えなおし、「良いのよ、ロンも一緒に取りに行ったんだもの。困ったときはお互い様だわ」
それを聞いて、ロンは安心したようだった。ロンの家には茶葉がなかった、だからエレナが昨日取ったシェドゥーブルを分けてあげたのだ。
「そのお茶会ってのはいつ頃開催されるんだ?」
レーンはちょっと嫌みも込めて訊く。
エレナはレーンの皮肉りをまったく、分かっていなかったようで、「分からないわ。だけど、今日が昔から続く、祭日なんだって。昔はこの日に、ここに集まってお茶会を開いて、毎年の収穫を祝ってたって、聞いたわ」
エレナがそういうと、レーンは、「誰にだよ?」とさっきよりも露骨に、嫌味をいう。
「モーガンさんよ」
変人で知られるモーガンのいうことをエレナは信じすぎなんだ、と思うレーン。
*
それから、数十分、数時間が過ぎて行く。どうしてみんな、おかしいと気づかない。こんなに待っているのに、何時間も待っているのに何も起きないじゃないか。
やっぱりただの伝説だったんだよ。僕がみんなに現実を教えないと、レーンは使命感にかられた。みんな、気付かなきゃダメだよ……。




