エレナの告白
一ヵ月ほど前のことだった。メーガンの家で昔この村を飢饉から救ったというアンジェリーナさんの話を聞いたのは。
エレナは涙をこらえながら、淡々としたリズムを刻み語りだす。その話なら昨日、そう何日も前のように感じるが昨日のことだ。レノとロンでエレナを捜していたとき、メーガンの家に寄り、同じように小さな天使の物語を聞いた。
この村は昔、飢饉で作物が取れずに飢えていた。そこに現れたのは小さな白い猫の姿をしたアンジェリーナさんだったという。アンジェリーナさんは不思議な力を使い、村人たちを救った。
アンジェリーナさんに恩を返すため、村人たちは毎年麦の実る季節になると思い思いにお供え物送ったそうだ。
しかし、永いときが過ぎる中で村人たちは次第に、白い天使のことを忘れ去ってしまった。
その話を聞いたレーンはまるで、えせ物語を聞かされているように感じた。しかしエレナの話を聞くうちに、噓とは言い切れないような何か確信に満ちた自信のようなものを感じるようになった。
「この前、麦畑でアンジェリーナさんに会ったの……」
ヘレナの目を強く見つめながら、ひと言ひと言を強調しエレナは述べた。強い芯のある語り方で、レーン以外のみんなもあっけに取られたように、何も語らない。
いや、語らないのではなく、エレナがすべてを語るのを待っていることにレーン今、気づいた。
「そのとき、『私の存在を忘れないで』ってアンジェリーナさんがいったの」
言葉を選びながらエレナは慎重に話す。
「『もうすぐ私のことを語る人もいなくなる、そうしたらこの村を去らなければいけなくなるの』ってアンジェリーナさんは言ったの」
そのときの声音を真似するかのように、エレナは悲しそうにいった。
「アンジェリーナさんのことをみんな忘れてしまったら、この村は以前のように食べ物がなくなちゃう……」
こんなにも悲しい声で話すエレナを見たことがなかった。
パパもママもエレナのいうことを信じているのだろうか? レーンは二人の顔色をうかがう。
すると、「村のみんながそのアンジェリーナさんのことを忘れたら、作物が実らなくなるの?」とヘレナは訊ね返した。
エレナは大きくうなずく。
「だったら、私たちもその話をみんなに教えるわよ! そしたらそのアンジェリーナさんっていう天使は消えなくて済むんでしょ?」
エレナはヘレナのいったことに対し、「ダメなの、本当にアンジェリーナさんを信じないと意味がないの……。本当に信じてるのはこの村にはメーガンさんと私しかいないもの」と、否定する。
これには、ヘレナも反論できない。いくら可愛い我が子が言うこととて、ヘレナも信じ切れていないのだろう。
部屋の中は日が暮れたかのように、暗く感じられた。みんなの息遣いだけが、重い部屋の空間に堆積する。そんな沈んだ、空気を押し上げるかのようにヘレナは言った。
「そんなことないわ、我が子のいうことなら何があろうと信じるわよ!」
眉根を寄せながら、悲しい顔をしてヘレナはいった。家族に相談せずにエレナ一人で抱え込んだことが、ヘレナにはどうしようもなく辛かった。
エレナは頭を下げて、自分の足元を見ている。きれいに分かれたつむじを見るだけで、今のエレナの心情を語っているかのように、レーンには思えた。
しばらく、足元を見ていたエレナは、聞こえるか聞こえないかくらいの声でいった。
「信じてくれないと思って……」
ヘレナとカイルには聞こえているか分からないが、レーンにはハッキリと聞こえた。カイルもヘレナも何もしゃべらない、聞こえなかったのかとレーンが思ったとき、
「そんなことない! ちゃんと話してさえくれれば、子供のいうことは大抵の親は信じるんだぞ!」
今まで黙っていたカイルは気持ちを吐露するかのように突然言葉をついた。そんなの綺麗ごとだとレーンは思った。子供のいうことを信じる親など少ない、子供のいうことをまともに信じれば、痛い目を見るのは親なのだから。
しかし、カイルの発した言葉は否定していたレーンの心を動かす何か不思議な説得力があった。
「もし、そのことを村の人に話して、信じてもらえなかったとしても、パパとママ、レーンはエレナを信じてる」
普段しゃべらないからこそ、カイルのいうことには、不思議な力が説得力があった。
ヘレナもうなずいている。しかしレーンはまだ信じられなかった。そんな伝説信じることなどレーンにはできない。
この場を収めるにはレーンもうなずくしかないと、考え渋々うなずいたが。
「で、その事とお茶会っていうのは、どう関係している訳?」
レーンも気になっていた質問をヘレナがしてくれる。朝日が昇るときのような、明るい顔でエレナは答えた。
「近い内に、あの麦畑でお茶会を開くっていってたの」
「誰がいってたの?」
「アンジェリーナさんが、そういった」
「そのことと、あなたが山に一人で登ったことはどう関係するのよ?」
エレナは突然椅子から立ち上がり、テーブルの陰に隠すように置いていたバスケットを持ってきた。どこか誇らしげにエレナはバスケットを両手で包み込む。
「ベリーと何の関係があるの?」
ヘレナは人差し指でバスケットを指す。
「このベリーを手見上げにするの」
凄いでしょと言いたげな顔をしてエレナは、バスケットのふたを開けた。そこには黒い、ベリーの実がかごいっぱいに入っていた――。




