麦畑での出来事
むかしむかし、西側を山々、東側を湖に囲まれた、小さいけれど美しい村がありました。
その村には、エレナという女の子とレーンという男の子、そして両親のヘレナとカイルという、四人の家族が暮らしていました。このお話は、わんぱくな妹エレナとそんな妹にいつも振り回される兄レーンの物語。
西の空が赤く染まりだした頃。麦の穂が夕日に照らされ、黄金色に輝いている。まだ幼い顔立ちの男の子、レーンが麦をかき分けながら誰かの名を呼ぶ。
「どこにいるんだよ、もう家に帰ろうよーおー」
語尾を伸ばし、心配そうにまだ幼さの残る声が、「エレナ、家に帰るよ」と何度もエレナと名を呼ぶ。しかし誰も現れない、「エレナったら!」先ほどよりも大きな声で女の子の名を呼んだ。
草に足を取られながらも、男の子は一歩一歩前に進む。すると突然。ガサガサ、ガサガサ、横の麦が揺れたことに気付く。揺れた麦は金の粉をあたりにまき、新たな生命を広げる。
やっと見つけたぞ、とレーンは心の中で思いながらゆっくり、ゆっくりと麦に近寄る。足音をたてないように、慎重につま先立ちで、差し脚抜き足で歩いた。
「わぁ」
麦影の中から、栗色の髪を肩の下で束ねた女の子が、「お兄ちゃんびっくりした?」と、目を輝かせながら、無邪気に笑ってレーンを驚かせた。
「そんな問題じゃないよ! 心配したんだからな」
お兄ちゃんと言われた男の子は、「突然いなくなるなよ!」と強く女の子に言い放つ。今にも泣きだしそうに、エレナという女の子は、「ごめんなさい…。」と言った。
強く言い過ぎたかなと思いながらもレーンは心を鬼にするが、「……反省してるんだったら許すよ」と、妹の泣き顔は見たくないと思い急に弱気になった。
「ご飯の支度ができてるから、家に帰ろう」
レーンはエレナの腕をつかみ元来た道を歩き出した。
*
家に着いた頃には、外は暗くなり、お月様が見えていた。
「こら! 暗くなるまで何してたのレーン! エレナ!」
エレナと同じように、肩の下で髪を結んでいる女の人が声を荒らげながら言った。
レーンは何か、言い訳を考えながら、「僕がわるいんじゃないよ、早いうちに帰ろうって、僕は言ってたんだ」言って弱々しく、「なのにエレナが麦畑の中に入っていちゃて、僕は捜してたんだ……」ズボンを握りしめた。
「それで」
そういったきり、レーンは声を落とし、うつむいてしまった。
「エレナ、本当なの?」
扉の後ろに隠れている、エレナに問いかける。すると、顔を半分だけ出して、きまり悪そうにうなずいた。
「反省してるようだし、もう許してあげたらどうだ」
突然、椅子に座って様子をうかがっていた父カイルがいった。
「もう、あなたったらいつも子供に甘いんだから!」
ヘレナは鋭い目つきでカイルをにらんでから、「次からは、明るい内に帰ってくるのよ」と、逆三角にひきつった顔を戻し、優しく二人の子供に言い聞かせた。
エレナは反省しているのか、いないのか元気な声で、「ご飯たべよーよ!」とレーンの腕を引きながら椅子に座らせる。
「先に、顔と手を洗ってきなさい」
ヘレナは、いつものように注意をした。
*
その日の夜。
毛布を首まで被り、レーンは、「何で、麦畑に入ったりしたんだ?」と横で眠っているエレナに問いかける。まだ眠っていなかったらしくエレナは、「あの麦畑にはね、猫がいるんだよ」と声を潜めながらいった。
気になることがあったら、後先考えずに行動するのはエレナの悪いところでもあり、良いところでもある、とレーンは思う。
「猫? その猫を探しにいったのか?」
窓から差し込む月の光がエレナの髪を黄金色にきらめかせた。
「うん」
「見つかった?」
「見つからなかった……」
悲しそうにエレナはいった。
「明日の朝、僕も一緒に探してあげるよ」
レーンは妹をはげますつもりでいった。するとエレナは、「ありがとう、でも私以外は見つけられない……」と先ほどよりも、弱く言葉を返す。
「それでも、一人で探すよりいいに決まってるよ!」
レーンは言い返した。しかし返事が返ってこない。と、思ったらエレナの寝息が聞こえてきた。
「寝ちゃったのか」
自分しか会えないってなんでだよ? レーンは妹の寝息を聞きながら、眠りに落ちた。