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ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
2章 水底にあるもの
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第1話 意地を張る理由

 数日後、ザラムとイリーナの婚約が正式に発表された。


「イリーナ様は完全に傾慕していて、一日に何十通も手紙を出しているらしいよ。……兄さんの性格上、返事は期待できないだろうけど」


 夕暮れ。タウルは弓を手に、シィエルとルトランのいる中庭にやって来ていた。


「今か今かと待ちわびさせるのは男失格よ。タウルももっと早く返事を書いてちょうだい」


 憮然として答えるシィエルに、タウルは苦笑するしかなかった。

 彼女の散歩の時間が限られているため、こうして会えない時間は手紙を交わしている。

 ……が、短文でのやり取りが殆どで、また彼女がストップするまでとの暗黙の了解があるため、終わりの見えないのである。


「だけど、タウルは真っ暗な中で字を書いているのよね?」

「そうだよ。この弓の手入れもやってるし」

「ふぅん。よくやれるわね」


 シィエルは芝生に腰を下ろし、物憂いだ様子で両手で頬杖をついた。


「どうかしたのか?」


 タウルが覗き込むと、横に伏せていたルトランが抑揚のない声で答えた。


「子供の頃、よく納屋に放り込まれていた」

「そ、そそ、そんなこと言わなくていいのっ!」

「ははっ、そういう文化は地上と同じか」


 タウルはそう言いながら、弓に矢をつがえる。

 常人の目には薄暗闇しか見えないが、タウルの〈灰色の世界〉には、樹の幹と丸い的がハッキリと映っている。

 キリキリと弓を引き絞り、ぴゅん、と矢を放つ――わずかに遅れて、ターン、と音が鳴った。


「はえー……やっぱり凄いわね……」


 どこに当たってるか分からないけど、と付け加える。

 すると、ルトランは深く息を吐いた。


「槍とはゆかずとも、シィエルも体術などの鍛錬ぐらいしろ。以前より丸みを帯びてるぞ」

「わ、わーっ!?」


 食事はパンにスープ、最近ではサラダが付く。

 シィエルはこれに舌鼓を打ち、おかわりを要求しているのだ。


「お前はカゴの中の鳥と同じなのだ。囚われの身で肉がつくなぞ、始末に負えん」

「だ、だって、ご飯美味しいんだもん……」


 目を逸らしモジモジするシィエルに対し、ルトランは最低限の肉しか食べていない。


「しかし、槍か……」

「下手な期待を抱かせずともよい。捕虜に得物を与えるような愚か者はおらぬ」

「いや、敵意がないことを示せれば、可能かもしれないけれど……」

「なら二度と得られん」


 歩み寄るつもりはないとの気概を見せたルトランに対し、シィエルは肩を怒らせて立ち上がった。


「ちょっと、ルトラン! その態度は何なの!」

「ふん」


 一触即発の気配に、タウルは宥めに入った。

 しかし、一度火が付いたら止められないのか、シィエルはずいと正面に立つ。


「タウルは私たちを受け入れようとしているのに、どうしてそう肩肘張るの!」

「受け入れられるはずがない」

「どうしてよ!」

「我々が捕らえられた時、この地上の者はどのような感情を見せた」


 シィエルは言葉に詰まる。


「鎖に引かれながら街を練り歩かされ、石と罵声を投げられる――我らに向ける地上の者どもの目を見たか」

「そ、それはそうだけど……」


 顔を曇らせる彼女を見たタウルは、「だけど」と割って入った。


「だけど全員ではない。この城の使用人たちは受け入れようとしている」

「それは、王弟・大公であるお前の命だからだ」

「それだけならもっと批判の声が上がっているし、シィエルもこうして外に出られない。僕の立場はただの肩書きだけ。聡い竜なら既に、それがどうしてだか気付いているだろう」

「反抗する意志を見せないのは今だけだ。せいぜい飛べぬ竜を従えていると思っていろ」


 ふんと鼻を鳴らした様子に、シィエルはあっと口を開いた。


「あなた……もしかして、翼を失ったことで拗ねてない?」

「……」ルトランはすっと顔を背けた。


「やっぱりっ! 空飛べなくなったから、ふて腐れるんでしょ!」


 地上にはかつて水や火、土や風……と、それぞれの元素の竜が存在していた。

 ルトランを筆頭とする天空の竜は風。種が絶滅の危機に瀕した際、翼があったから絶滅を免れた――と、シィエルは話す。

 つまり、翼は彼らの誇りでもあるのだ。


「檻から出てもあまり動いてないが、もしかして、翼がないと歩けないのか?」

「いいえ。風の竜は空気を蹴るし、()()では普通に歩いていたけれど……あなた、結構おっくうがってたわよね」


 まさか、と二人は目を向け合った。


「だるいから……?」


 顔を背けたままのルトランに、タウルは深くため息を吐いた。


「ニワトリですら歩くと言うのに……」

「貴様――ッ!」


 ルトランは鎌首を持ち上げ、牙を剥き出しにして睨みつける。


「似たようなものよ! いえ、自分で生きようとする鳥の方がマシよ!」

「ぬうゥゥ……ッ」


 これに唸るが、すぐに空気が抜けるかのように意気が萎んでゆく。


「理由は、それだけではないのだ……」


 大地を踏みしめると、三メートルほどの巨体を持ち上げた。

 夜の空に灰色の輪郭を描き、そして、おもむろに第一歩を踏み出した。……が、二歩目、三歩目と進むにつれて身体が揺らぎ、五歩目にもなると大きくよろけてしまう。


「まさか……! 折れた翼がバランスを狂わせているのか!」

「え……?」


 翼を揺らしているが、タウルが射抜いた方の翼はほぼ動かず、もう片翼は完全に折れ曲がったまま――バランスを取ろうとすればするほど、崩れてしまうのである。


「歩くには、翼を棄てなければならない……」

「風の竜にとって翼は誇りよ! これを棄てたら天空では生きてゆけない……! もし戻れても、生き恥を晒し続けることになっちゃうわ……!」


 その会話が聞こえたのか、ルトランは空を仰いだ。

 星のない漆黒の夜空をじっと見つめ、「墜ちた時点で死竜よ」と静かに呟く。

 そして首を、折れた翼に向かって回し――


「ルトランッ、あなた何をッ!?」

「ヌウウウウウウ――ッ!」


 夜の空に肉や皮、骨が引きちぎれる音を響かせ――耳を塞ぎたくなる音と共に、空に大きな翼を舞い上げた。

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