表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
1章 空が落ちる日
5/39

第5話 地上の味

 ノスキー国は、リマ国から南東六十キロほど下った場所にあった。

 温暖な気候で自然に恵まれた土地であるためか、民の性格は争いを好まない温和な者が多い。

 しかし、突如として現れた竜は、そのような者たちにすら剣呑な空気を与えた。


「ハッハァーッ! 竜と女の総取りたァ大したもんだッ!」

「わ、わぁっ!?」


 帰ってくるなり、ザラムはタウルの首に腕を回し、大喜びで兜をパンパンと叩いた。

 父・ザナブに帰還の旨を伝えようと、謁見の間に赴いたのだが……得てきた“戦利品”が目的か、ザラムがそこで待ち構えていたのである。


「――で、あの女はお前のコレにする気か?」右手の小指を立てながら言う。

「に、兄さん……!」

「おいおい。まさかそのつもりなく連れてきたってのかよ」

「あ、当たり前だよ!」

「どんだけ甘ちゃんなんだお前。お前じゃ扱いきれねぇからよ。俺に女もよこせ、な?」


 悪辣な笑みにたじろいだものの、タウルは「あ、あれは僕の“獲物”だよ!」と、毅然とした態度で答えた。

 予想はできていた。しかしここで渡せば、リマ国から場所を移しただけにすぎない。


「おー、おー、言ってくれんねぇ」


 ザラムは凄みを利かせた声で言ったが、そこに脅し取るような意図は感じられない。

 僅かな間を見て、玉座に座っていた父・ザナブは「そこまでだ」と右手を挙げる。


「タウルの言う通り、女と竜はタウルの報酬だ――それに、お前には牙があるだろう」

「へへっ、まあな」


 ザラムの首には拝領した〈竜の牙〉をぶら下げている。「今回は譲ってやっか」


「そして、タウルよ。帰途に就いていた時、民の顔をしかと見てきたか?」


 険しさをたたえた父の顔に、タウルは「はい……」と、小さく返事をした。

 檻に入った竜。域内の村や城下町の者らはみな、揃って歓迎とは呼べない顔を浮かべていた。兵や従者が触れ回ってなければ、たちまち罵声と卵を投げつけていただろう。

 そしてこれは、少女を連れた父も同じだった。諫言する者もいれば、死を覚悟して『処刑して下さい』と歩み出る者までいたと言う。天空の者への恨みは、それほど根深いものだと痛感させられていた。


「竜のことは説明しているが、民や旗手、みなの反応は芳しくない」

「承知しております。僕、いや、私の管理の下、責任を持って面倒を見ます」

「その言葉が信用たるものか、示せるか?」

「一つだけ……まだどう転ぶか分かりませんが、あります」


 話せ、とザナブは肘掛けの上で頬杖をついた。


「まず、あの竜にとって、連れてきた少女は痛みどころであります」

「なるほど、(じち)にとる気か」

「聞こえは悪いですが、今はそれで大人しく従わせられるでしょう。連れてくる際も、彼女が手中にあることを伝えれば、自身の生き死にを僕に委ねるほどでありました」


 ザナブは「なるほど」と一つ頷いた。


「竜は聡い生き物です。彼女の身の安全を保障し、それを示せば、必ず我々に頭を垂れるでしょう」

「お前はやはり甘い――」


 嘆くような声に、タウルは「え……」と口にした。


「女は服従したフリをすればいい。女を質に取るのならば、責め苦で心身共に屈服させ、檻から出る恐怖を刷り込まねばならん」

「そ、そのようなこと、人道に反します!」

「何が人道だ! 奴らは何の前触れもなく我々を攻撃し、我が子や何千もの地上の者が死んでいるのだぞ! 奴らは略奪の限りを尽くし、食い物から財まで、何もかも根こそぎ奪うような連中に、人道など与えるべきものではない!」


 このノスキー国も、東端の漁村らが死地とされてしまっている。

 父の厳しい言葉に、タウルは返す言葉が出てこなかった。


「ま、オヤジの言う通りだわな」ザラムが首を左右に振った。「隙を見てお空に飛び立ち、仲間と合流すりゃいい」

 

 これにタウルは、ハッとした表情で兄を見た。


「それはできません」

「ほう。どうして言い切れんだ?」


 タウルは父の方を向き、ハッキリとした口調で述べた。


「鳥で言うところの、翼を支える上腕骨が折れ、また片方は私が矢で肩を射貫いています――対峙した時も、翼を広げた姿を見ませんでした」


 父はこれに唸った。


「確かに、引き回されていた時も羽を広げて威嚇はしなかったが……。しかし竜は一体だけではないぞ。仲間が来たらどうする?」

「それは……確たるものはありませんが、恐らく救出には来ないでしょう」

「どうしてだ?」

「あの戦場で、最初に射落とした竜と騎手の救出に来たのは一人……あの少女だけです」


 ザラムはこれに腕を組み、「その通りだ」と頷く。


「最初に墜ちた女が自決を図る前、『お前たちが望むまま死んでやる』と叫んでいたからな。ありゃ仲間同士……いや、組織の中で、デカいパイの取り合いをしてやがる。そうなれば仲間の繋がりは上辺だけ、誰もが口減らしを望む」


 略奪らも、その一環だろうなと続ける。


「竜との絆は深いですが、仲間との絆は希薄……もしかすると、彼女の家族や身内が来る可能性も考えられますが」

「その時は、女と竜を囮にして射落としてやりゃいい」


 くっくと笑うザラムに、父は顎に手をやって思案し始めた。


「それに、いざとなればドゥドゥもいます」

「あいつが?」

「地上であれに敵う生き物はいませんから」


 少しおどけたような声であったが、これがダメ押しとなったようだ。

 父は「わかった」と言うと、玉座からすっくと立ち上がった。


「竜の管理、女の処遇については任せよう。場所は中庭を使って構わん」

「わ、分かりました!」


 姿勢を正したタウルに頷き、視線をザラムに移した。


「ザラム。タウルを任せた」

「へっ、元からそのつもりだったんだろ」

「新たな風を呼ぶには、今この時しかなかろう。竜を飼うなら尚更――古い者には到底理解できぬことだ。それに面倒を被りたくない」

「ジジイの統治に未来はねえのは事実だな。まぁお膳立てが条件だが……この城まで血で汚すのは、俺だってゴメンだぜ?」


 分かっている、との父の言葉にタウルは何の話かと訊ねた。

 いや、既に分かっているが、明確に言葉で聞かねばならないことであった。


「予定を早め、この席をザラムに渡すことにした」


 父・ザナブはそう言って、玉座の肘掛けを叩いた。


◇ ◇ ◇


 タウルが戻る少し前――長らく誰も使用していなかった塔の部屋に、新たな住人・鎖を解かれたばかりのシィエルが放り込まれた。


「……」


 濡れ髪を揺らし、つんとした鼻を鳴らす。

 カビと埃の臭いがする部屋だ。中央には丸いテーブルとバスケット、そして陶器の水差しが一つ。奥の壁際にはベッドが置かれている。

 そこから頭を上げると、空気を取り込む小窓が一つあった。よじ登っても身体は通らないだろう。

 シィエルは何日かぶりのベッドに横たわり、ぼうっと宙を見つめた。

 差し込む光の筋の中で、小さな埃がチラチラと舞っている。


(もう、戻れないのね……)


 シィエルは陰鬱な息を吐くと、ゆっくりと身体を起こし、長い青髪を手で梳いた。

 水で洗い落としただけであるが、ベタベタになった不快さはなくなっている。


(この国の者は、私をどうするつもりなのかしら……)


 シィエルは髪を触りながら、つい先ほどの出来事を思い出していた。


『タウル様の意向だから、お世話をしますがね』


 この塔の真下のロビー。真っ裸にされるとすぐ、質素な黒いワンピースを着たメイド・ロザリーは、水を張ったバケツを乱暴に置いた。

 身体を拭くための手ぬぐいもある。これを見たシィエルは『いよいよか……』と、身体を震わせてしまった。


『何を勘違いしているのか分かりませんが、そんな糞尿混じりの悪臭をまとったまま、部屋に入れるわけにはゆきませんからね。そもそも、タウル様はそのようなことをする方ではありません』


 タウル……と、シィエルは口だけを動かした。それは、決して許せぬ者の名だ。

 汚臭漂う牢から出してくれたことは感謝するが、仇敵から施しをどうして甘受せねばならないのか。水を張ったバケツを前に、シィエルは唇を噛み、手をぎゅっと握りしめた。

 それを見たロザリーは、深いため息を吐いた。『呆れた』


『お空の女はどれだけプライドが高いのかしら』


 そう言って、バケツを掴み中の水を思い切りぶっかけた。


『そっちから戦争をふっかけ、仲間が殺されたら敵を憎む……空の者はどこまで身勝手なの? あの方は、貴女を殺そうと思えばいつでも殺すことができたのよ。貴女の捕虜暮らしを哀れみ、殺しておくべきだったかもと胸を痛めていたと言うのに』


 空に兄を殺されたにも関わらず、貴女を救うべく“褒美”に要求した。

 感謝こそすれ、恨まれる筋合いはない――と、ロザリーは続ける。

 

『どうして……?』


 ポタポタと雫を落としながら、シィエルはここで初めて声を上げた。


『そりゃあ、あの人の心根が優しいからですよ』


 その声音は穏やかで、主君を讃えるのとは別の感情が交じっていると分かった。

 シィエルは言葉に偽りがないのを感じ取ると、床に落ちた手ぬぐいを拾い上げた――。


(地上も天空も、“女”と言う生き物は共通してるようね)


 シィエルは身体を起こし、ベッドから脚を伸ばして灰色の石畳を叩いてみた。

 ひやりと冷たく、ぺち、ぺち……と弱い音がする。


(ここより下に、“世界”はない)


 すぅっと空気を肺に取り込み、吐き出す――()()()()()

 天空は薄くてさらっとしているが、地上は濃くてねっとりしている。

 この感動を書き残しておきたく、シィエルは部屋を見渡した。


「ん? これは……」


 細い藤蔓で編んだバスケットの中に、細長いパンが二本入っていることに気付いた。


「へぇー、これが地上のパンなのね」


 うす焦げ色の表面は硬いが、中はもっちりとした弾力がある。

 芳醇な小麦の香りが空っぽの胃を刺激したかと思うと……次の瞬間には、がぶりと齧りついていた。


「美味しい……っ!」


 柔らかな食感が癖になる。一口、また一口――あっと言う間に一本すべて平らげると、近くの水差しを掴んで喉を潤す。

 一度にほぼ半分飲み干し、口の端から滴り落ちた水を手の甲で拭ったシィエルは、間髪入れず二本目のパンに手を伸ばしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ