最終話 ドラゴン・フォール
ルトランはノスキー国の南方の峰に墜ちたらしい。
役目を終え、大地の上で静かに眠る竜に、シィエルはずっと大粒の涙を流し続けた。
その半月後。タウルは王座に就くと同時に、シィエルとの婚約を発表した。
反対の声も多かったが、浮遊大陸が争う理由を失し・和睦を結んだ功績の前では小声にならざるを得ず、表向きは“政略結婚”と言う形で納得させた。
それに伴い、城の名を変える。
闇人との約束を守り、彼らに居場所を与えた。その場所は――何とタウルの居城なのであった。
ロザリーの冗談が奇しくも現実のものとなり、常に夜の中のように暗くなった城・〈常夜城〉が誕生した。
『闇に数は存在せぬ。闇は常に光の傍にある――』
最初は不気味がっていたものの、使用人たちは『闇よ、少し明かりをちょうだい』と言えば避け、『笑って』と言えば闇に白い三日月を浮かべる。
また話相手にもなるので、城の者たちも不便なく暮らしていた。
シィエルとの挙式はすぐに行われた。
これまで類を見ない、竜が参列する中での式である。二人はルトランの牙を胸に掲げ、天と地の者たちに見守られながら、永遠の愛を誓い合った。
しかし――ここからが大変である。
秋の風が吹く頃に結ばれたのだが、シィエルは常春のようにタウルにべったりなのだ。
二人の世話役を命じられたロザリーも、
『シーツの管理より、芝生の管理の方が楽しかったです』
と、苦言を呈するほどである。
この日も彼女の小言に苦笑しながら、タウルは中庭の方に足を向けていた。
「――あ、タウル!」
ドゥドゥに包まれながら夜空を見上げていたシィエルは、ゆったりとしたローブを揺らしながら駆け寄ってきた。
「シィエル。厚着してないとダメじゃないか」
「平気よ。天空の冬に比べたら、こっちの寒さなんてまだ秋の口くらいよ」
「しかし……」
タウルはシィエルの腹に目を向けた。
僅かであるが膨らみを見せている。
「また考えすぎ」
シィエルはそんなタウルの鼻をつんとついた。
「ドゥドゥもいるから大丈夫なんだから」
「うぉん」
体調管理は任せろ、と言うかのようにドゥドゥはひと吼えした。
「まぁ、お前がついていたら大丈夫か――。ただ何と言うか、やっぱり、か……?」
「うん……。ほぼ確定よ……」
シィエルはこの日、天空からやって来た医師に診てもらっていた。
「竜、だって」
「跡継ぎが竜……って大丈夫、なのか?」
「あら、一人で済ませる気?」
シィエルは艶めかしく微笑む。タウルは胸が熱くなるのを誤魔化すように、首の後ろを揉んだ。
「タウルだって三男だし、人間が後でも大丈夫でしょ」
「まぁ、それもそうだな」
「実際はまだ決着つけるべきことがあるし、竜は運命みたいなものかもね……」
「ああ。兄さんを倒さなくちゃ、完全に闇を晴らしたことにはならない」
「イリーナさん、無事に会えたのかしら」
「会えただろう。〈セカンズ〉は何かに引かれるように、一箇所に向かって動いているらしいし」
タウルたちが帰ってくる数日前のことであった。
残っていた兄・ザラムの悪党組織〈セカンズ〉が国を発ってからすぐ、これまで治めてきた女王・イリーナが失踪したと言うのである。
彼女の寝室のベッドの上にはドレスとティアラ、そして、
【我はもはや女王に非ず。持つのは冠のみ。】
このような書き置きを遺し、忽然と姿を消した。
「国を棄てたのは許せないけれど、女としては応援するわ」
「おかげで彼女の実家、ひいては父親に説明するのが大変だったよ」
タウルは苦笑を浮かべ、肩をすくめる。
「浮遊大陸も未だに和睦と反対派で対立してるし、親ってのは頭固くなるものなのかしら」
「親と言えば、初孫が出来たと知ったお義父さんは嬉しそうだったな。……口で悪態つきながら、小躍りしてたし」
「そう言う人なのよ。地上に移住しても、プライドだけはお空の上だから」
二人は浮遊大陸のある方角を見上げた。
中核に据えられていた〈賢者の石〉が失われたが、まだ天空に浮かび続けている。
天空の王はこれを、『ベヒモスが地を支えているのならば、この浮遊大陸は〈シズ〉が引っ張り上げているのかもしれないですな』と冗談めかす。
その表情は、何か憑き物が落ちたような、柔和なものだった。
しかしいつ墜ちるかも判らない。天空の者たちは対立し合う空気に嫌気が差した――などの尤もらしい理由を挙げ、シィエルの実家〈ミエール家〉と、その従姉妹の実家〈テリット家〉を代表に、約三分の一の住民が地上・ノスキー国へ移住したのである。
「あの大陸が墜ちたら、この国は海になるのかしら?」
「こ、怖いこと言うな……」
「ふふっ。でも私は、結果的に地上に墜ちてよかった、と思っているわ」
「結果的に、か……そう言えば、ルトランも同じことを言っていたな」
タウルはシィエルのお腹をそっと撫でた。
騒動の引き金を引いたのは自身であるが、
「竜は墜ちたけれど、ルトランは地上に存在を遺した」
「ええ。この子が産まれたら、見せてあげないとね」
ルトランが激突した衝撃で岩壁が崩れると、そこから水が溢れ出したのである。
それはやがて滝となり、悠然と誇り高くある姿を見たタウルは、滝をこう名付けた。
〈ドラゴン・フォール〉
今も竜の足音のような轟きをあげ、水が大地を駆けてゆく。
※ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉は、これにて完結となります。
ブックマークや評価、そしてここまで読んでいただき、ありがとうございました<(_ _)>
また後々の参考にしたいので、面白かったかそうでなかったかなど評価を頂けたらと思います。




