第9話 霊廟参り
いよいよ新月の夜を迎え、タウルは緊張の面持ちで教会に向かって発った。
相棒のドゥドゥは興奮気味で、心なしか緊張もしているようだ。
(ここの国王は、もしかしたら地下の闇の存在を知っていたのか?)
しんと静まりかえった天空の街を見渡す。
教会の地下に赴くことを、そしてそこに蔓延る闇の存在を伝えても、国王はまるで驚く素振りを見せなかった。
初対面時の様子と言い、ここまで何の問題も起こらないまま話が進んでいることに、些かの疑問を抱いてしまう。
考えられるとすれば、“サヌワの国王は竜を持たない”ことだろう。――しかし、もし王が竜を“持たない”のではなく、“持てない”のならどうだろうか。
シィエルから、国王は“風竜王の化身”だと伺っている。
討伐にゆく旨を伝えた際、何かから解放されるような安堵の表情を浮かべたのが答えなのかもしれない。タウルはそう考えた。
「うぉん」
教会が近づいてきた時、ドゥドゥは心配そうな表情を向けた。
「大丈夫だ。必ず仕留める――シィエルのためにも」
「うぉん!」
これを聞き、ドゥドゥは元気よく吼えた。
失敗すればすぐに挙式をあげるつもりであるらしく、シィエルは家に軟禁されている。
『絶対に生きて帰ってきて……!』
切なげな彼女の顔を思い出し、矢が突き刺さったままの鐘を見上げた。
(鳴らせるものか)
地下まで運べないため、床子弩はシィエルの所に置いてきている。闇竜を仕留めるための〈地竜王の牙〉は二本だけ。――つまり、闇竜を射貫くチャンスは二回だけとなる。
タウルは決意の表情で、大きな教会の扉をくぐった。
「……確か、シィエルは主祭壇の後ろにあると言ってたな」
「うぉん」
ひやりと冷たい空気が漂う身廊を渡り、最奥にある祭壇へと向かう。
外観は一般的な造りをした教会だが、内観は荘厳な大聖堂を思わせるほど粛然な佇まいをしている。
明かりは一切ない。煌びやかな装飾が施されているが、タウルの〈灰色の世界〉にもそれらは輝きを放っておらず、ただ厳かに陰影を描くだけであった。
「『光あってこそ闇』か……。僕の〈灰色の世界〉は、曖昧な狭間にあるな」
「うぉ、うぉうぉん」
「ん? どうした?」
ドゥドゥは窓から漏れる薄明かり陰を指し、二つ合わせ、そして灰色の部分を指す。
「……二つ合わされば灰色?」
「うぉん」
そして次々と、灰色に染まった椅子や燭台を指す。
すべて形あるものだと気付いたタウルは、
「灰色の部分に存在がある、って言いたいのか?」
「うぉうぉんっ」
ドゥドゥは嬉しそうに頷き、タウルは「そうか」と優しく背を撫でてやった。
光と陰が“灰色の輪郭”を描く。どちらかに偏れば輪郭はぼやけ、やがて存在しなくなる。
三神獣の中の一つ・ベヒモスの言葉は、タウルの心に染み渡った。
教会の地下――奈落の底に繋がっていそうなハシゴ階段の先に、“竜の墓場”への道があった。
これまでとはまるで違い、灰色の石を敷き詰めた寒々しい場所である。ドゥドゥのためにランプをつけてやると、石の隙間が不気味に黒く染まった。目の前には緩やかな下り階段が続く。
(ここが竜のカタコンベか……)
その果てが“死の気配”が漂う玄室となっていた。
四方の壁を埋め尽くすように、鋭い臼歯が伸びる白い頭骨が並ぶ。
その家の者が墓参りに訪れるのだろう。家の名が打たれたプレートの前には献花台が置かれ、そこに萎れた花が侘しく横たわっている。
それを数えるように歩き続け――百メートルほど先、〈ミエール〉と銘打たれたプレートを見つけると、タウルはそこで足を止めた。
「これがシィエル……いや、ルトランの先祖か……」
長寿な血筋であるらしい。そこに並ぶ竜の頭骨は少なかった。
安置する棚は壁をくり抜いて作られており、一番上の真新しく設けられたそこには何も置かれていない。しかし隣にはめ込まれた祈念碑には、竜と騎手の名前が刻み込まれている。
【ルトラン:戦死 騎手:シィエル】
彫られた文字はまだ新しい。
そしてタウルはすぐ横の、〈テリット〉とプレートが打たれた場所に目を移した。
こちらも何も無く、その横の祈念碑には――
【トビュス:戦死 騎手:ピステ】
と、刻まれている。
「……」
タウルは胸に手をやり、静かに黙祷を捧げた。
隣では、同じくドゥドゥも頭を垂らす。
「地上に戻ったら、彼の骨を探してやろう」
「ぉん」
玄室の奥には、他と一線を画す絢爛な祭壇があった。
そこが誓いを述べる場所なのだろう。真下の床には大きな円と、中に竜の絵が描かれている。
「――祭壇の裏に扉を隠しているのか」
壁に黒い直線の縦線が走っている。頼りないランプ灯りでは気付かない仕組みだ。
ドゥドゥは祭壇を破壊するように押しのけると、その裏から四角のプレートが姿を現す。
「獣、海蛇、鳥……なるほど、三つの神獣のシンボルか」
闇人が言っていたのはこのとか。ドゥドゥが“獣”の手を近づけるとそれは、ぼんやりとした光りを放ち始める。そして次に“海蛇”が光り――
「“鳥”も光ったけれど、お前まさか……」
「うぉ!? うぉうぉん、うぉ!?」ドゥドゥは慌てて頭を振る。
「『身に覚えがない』? ……うーん……?」
タウルとドゥドゥは首を傾げるが、答えは出てこなかった。
扉は重々しい見た目であるが、まるで空気を押していると思えるほど軽い。
しかし音もなく開いた扉の、その先の空間は重い空気に包まれていた。
「闇の世界、か」
タウルの〈灰色の世界〉にも、ハッキリと見えない通路が続いている。
それは闇人の作る闇ではない。霧のような闇のもや・瘴気が漂っている場所である。
いよいよ、と右足を上げたその時――ずぅん、とカタコンベ全体が小さく短く揺れた。
「な、何だ!?」
土がパラパラと、天井から落ちてくる。
「うぉッ、うぉん!」
「『真っ黒な竜が』と悲鳴……? まさか!?」
魔竜人となった兄――タウルは直感した。
傍のドゥドゥは唸りながら、カタコンベの入り口を睨む。
「ドゥドゥ! お前は地上に戻って兄さんを足止めしてくれ! 恐らくルトランも来るはずだ!」
「うぉん!」反発するように吼える。
「僕は大丈夫だ! 行け!」
ドゥドゥは少し迷う素振りを見せた後、出口に向かって駆け出した。
タウルはランプの火を吹き消し、弓の弦に矢をかけながら闇の中に身を投じてゆく。
そこは幅三メートルほどの一本道。ねっとりとした生ぬるい空気を掻き分けながら、臼巻き状の細い通路を走る。奥には開けた玄室があったが――
「こ、これは……」
タウルは衝撃の光景を目の当たりにした。
何もない部屋の中央に、ぼんやりとした丸い球体が浮かんでいる。その真下には五十センチほどの円盤状の板が置かれてあった。あちこちが欠けた歪な形ではあるものの、すぐに〈賢者の石〉であると判った。同時に、完全な円になるのも、そう遠くない未来だと直感する。
タウルは躊躇せず〈地竜の牙の矢〉を弓につがえ、強く引き絞った。
しかしその時――天井の闇が歪み、そこから真っ黒な影が姿を現そうとしていた。




