第8話 女三人寄れば姦しい
翌日からタウルは忙しく動き回った。
まず天空を治める王へ挨拶に向かい、すぐに騒動を起こしたことを詫びる。
総白髪の王は真っ白な髭を撫でながら、渋い顔で『事情が事情でありますからな』と、不承不承に頷く。――尤もこれは、ルトランが先に話をつけていたことが大きい。おかげで謝罪以上の責任を追及されずに済んだ。
「ルトランって、王にも口出しできるほどの位置にいるのか……」
「古いだけよ」シィエルがしれっと言う。「こっちは年功序列な上、戦争に出た数が多い竜が崇められるから」
「てことは、かなり場数を踏んでいるのか」
タウルはシィエルと共に商店のある区画を見て周った帰り。
貴族らが住む居住区への道を歩いている。
「現役の中じゃ長老的な存在じゃないかしら? 若竜からすると目の上のたんこぶであるけれど」
かつて一悶着のあったタイ家の竜・ルカミヨンもその一頭である。ルトランにやられたことで、今は鳴りを潜めているようだ。
「するとシィエルの家は結構、凄い家柄……?」
これにシィエルは声をあげて笑った。「それならあんなボロ家に住んでないわよ」
「竜が偉いだけで人間は偉くないからね」
自虐的な笑みを浮かべたその時、ちょうどタイ家の屋敷の前に差し掛かった。
入り口に掲げられた“金色の弓”のエムブレムは大きくひしゃげ、今の家の状況を指しているようである。
「……あれ、シィエルがやったんだってな」
「あ、あはは……。ちょっとムカついて……」
シィエルが帰ってきてすぐのこと、父と諍いを起こした。そして家を飛び出し、近くにあった花壇のブロックを投げつけ――とシィエルの母が笑い話のように語ったのである。
これに加え、ルトランも『自制した方だ』と薄く笑みを浮かべ、『命が惜しくば、あのブサイクも食わぬような諍いをせぬことだ』と、タウルに忠告した。
「竜騎妃にはよくあること、で片付く問題なのか……?」
「片付く問題だからいいのよ」
タイ家に限らず、あちこちの建物の外壁に何らかの破壊痕がある。
これは一種のステータスのようなものであり、竜騎妃による破壊痕が多いほど、『ここには“命知らず”が多い』と、外に向けてアピールすると言うのだ。
「だけど、シィエルの家は少ないな」
「うちはそんな放蕩する根性あるの少ないしね。まぁタウルが来てから注目度がトップだけど」
「な、何がだ?」
「あら、竜を射落とした本人が気付いてないの? 有望視されていたピステのトビュス、大ベテランであるルトラン、そして胸糞悪いタイ家に一泡吹かせ、そしてエリートのエストール家から女を、その竜に負けを認めさせた凄い人が」
シィエルは頬を染め、熱を帯びた目を向けた。「その人が私の旦那になるんだから」
「う、ま、まぁ……」
タウルは気恥ずかしそうに、兜の下の鼻先を掻く。
注目を浴びていることには気付いていた。今も建物の窓から、好奇や警戒、状況を観望するような目を向けられているのだ。
タイ家の屋敷を過ぎた頃、後ろから「シィエルー!」と大きな声で呼ぶ声がした。
何だと振り返ると、そこにはシィエルと同じ年頃の女性が三人ほど並んでいるのが見えた。
「あっ! アミラ、ベレニス、リエット!」
シィエルが嬉しそうな声をあげると、ぱたぱたと小走りに向かってゆく。
それはシィエルの友人たちであった。女三人寄れば姦しいと言うが、まさにその通りであり、
「ついに結婚するんだってー?」
「ええー! もう聞いたのお?」
「あんなあっつーいキスしておいてさ。あれでしないってのは無いでしょ」
「そうよ! 惚れた人が迎えに来るなんて、しかも衣装の合わせの時になんて!」
自然とタウルの方に八つの目が向けられる。
『ねぇ、あれが地上の人?』
『そうよ。いいでしょ?』
『ふぅん……何か格好と兜が合ってないけど、あれが地上のトレンドなの?』
『ああ、違う違う。あの人はちょっと目が特殊で、昼間はあれつけてないとダメなの』
『ええ! じゃあ、ヴァンパイアみたいな?』
『夜の住人……ああん、何か素敵ー』
ニマニマと笑みを浮かべては、キャッキャと楽しそうに笑う。
話の内容から四人は学生時代の同級生であると判別できた。中の一人は既に結婚しており、他の二人はまだ――シィエルの一件から出撃できておらず、初陣に出られないことと残念がっているようだ。
会話の中身は特にない。ただ近況報告やあの店の食べ物がと、あれこれと話題が切り替わる。それらの繰り返しを数時間……やがて、誰かが「あ!」と声をあげた。
「もうこんな時間、呼ばれているわ」
「そうね。シィエル、式には絶対呼んでよー」
「ご馳走と、地上のいい男もリストアップしといてー!」
竜の風笛に呼ばれたのだろう。シィエルは元気に手を振って友を見送る。
「じゃ、帰りましょう! ――あれ、兜外したの?」
もはや兜が不要なほど、辺りは暗くなっていた。
家に帰るとすぐ、タウルはシィエルの父・アヴェルスに呼び出され、再び書斎に赴いていた。
燭台のぼんやりとした光の輪の中で、アヴェルスは日記を差し出しながら、「すべて目を通した」と口火を切る。
「しかし、すべてに納得したわけではない」
「それは……そうでしょうね」
「これを国王には話してあるか?」
「ある程度に留めています。ルトランと相談し、決行前に真の目的を明かすことにしました」
アヴェルスは「賢明だ」と頷く。
地上を格下の存在として、搾取するための地と考えられてきた。今ここで闇竜の件を明かすと、彼らが闇に味方する可能性があり、浮遊大陸が二つに分断しかねないと判断したのだ。
しばらく沈黙が落ちる。ちろちろと揺れる燭台の火は、ソファーの肘掛けに半身を預けるアヴェルスの顔の影を揺らした。
何かを言おうとしたその時、扉がノックされ『お食事の用意ができました』と告げる声がした。
「続きは食事をしながら話そう」
アヴェルスは抑揚のない声で言う。
だが、食堂に入ってからも口数は少なく、ダイニングで待っていたシィエルだけが忙しく話し続けた。
「タウルは私の横ね!」
その席には、バターの芳ばしい香りが漂う魚料理が置かれていた。出来たてなのか、皮目はハリを残しており、白い湯気がどんどんと舞い上がっている。
それは、いつぞやのオーミの街からの帰りに食べた“ムニエル”である。
シィエルと買い物に行った時、『今日ご飯を作ってあげる!』と言って、食べたいものを訊かれ、それを答えたのだ。
「これは美味しそうだ」
「でしょ!」
シィエルは柔やかに微笑み、タウルの横の席につく。
向かって右手の席にその母・ミストラルが座っており、その隣の席にアヴェルスが席についた。
「――食事の前に、言わねばならぬことがある」
アヴェルスは重たげに口を開いた。
「シィエルと、地上の王・タウル殿との仲であるが……とりあえず、認めることとした」
シィエルは満面の笑みを浮かべ、タウルと顔を合わせた。
「しかし――」アヴェルスは勿体つけるように条件をつけた。「私も親だ。娘が幸せ暮らすことを望む」
「今更言う?」
シィエルは不満げに言うと、ミストラルに諫められる。
アヴェルスはタウルに顔を向けた。
「娘を貴殿に預けるのは、地上で暮らすにあたって、その障壁となるものを取っ払ってからとする」
タウルが頷いたのを見て言葉を続ける。
「チャンスは一度きりだろう。そして我々もそこまで気が長くない――期日を次の新月の日までとし、それを過ぎれば、シィエルをエストール家のセレアルと結ばせる」
「新月って……もう言っている間じゃない! 短すぎるわッ!」
シィエルが椅子を鳴らして立ち上がるが、タウルが手を差し出してそれを抑えた。
「――その条件を受けましょう」
「タウルッ!」
「大丈夫だよ。短い夜が僕の世界だ」
シィエルは口をモゴモゴさせるが、決意めいたタウルの目を見ると、納得しかねる顔で椅子に座り直すしかできなかった。
話はそこで終わったものの、アヴェルスはそれからも『地上には女がおらんのか』などと、小声で嫌味を呟き続けた――。




