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ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
4章 墜ちた竜・奪還と決着
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第7話 再会と紹介と形骸

 決闘が終えたところにやって来た少女、それはやはりシィエルであった。

 純白のウェディングドレス姿。一生に一度の晴れ着にも関わらず、シィエルは裾を汚しながら駆けつけ、言葉を交わすよりも先に口づけを交わす――。

 一方的なものであったが、それを見せつけられるセレアルにはより酷なものである。……にも関わらず、傍にいたプレジールは、


『ワテ明るいけど、空気読まずに言葉かけた方がエエか?』


 と、すごすごと退散してゆくセレアルに、追い打ちをかけた。

 その横で、シィエルはキスをしながら、タウルの身体を左右に振り動かし続け、やっと口を離したかと思えば、


 ――こんな所まで、いったい何しにきたの?


 これにはタウルも兜の下で眉を寄せてしまう。分かっていながら訊ねるのである。

 なので……


 ――シィエルを取り戻しにきた


 その言葉を聞くまで、シィエルは悪戯な笑みを浮かべ続けた。


 それから二人は、いよいよ貴族たちが棲まう居住区へと向かっていた。

 目的はただ一つ。シィエルの両親への挨拶である。

 これまで見た邸宅は、平石を積んだ平屋造りが殆どだ。間取りもさほど広くなく、三人ないし四人が精一杯のものと言える。往来用の道には石床を敷いているも、彼らの住宅地付近は土のままだ。

 しかし、貴族の邸宅はまるで別世界であった。高い階層を持ったレンガ積みの建物がずらりと並び、均一に切り揃えられた石畳が、美しいデザインを描いているのだ。

 そしてその区画の外れに位置する建物。他とは一回り小さな建物は今、重い空気に包まれている。


「……」

「……」


 そこはシィエルの実家であった。

 タウルとシィエルの父・アヴェルス――二人が応接間で顔を合わせてからずっと、沈黙の中でにらみ合いを続けていた。

 既にエストール家と一悶着あったことが伝えられているのだろう。眉間には怒りと絶望の溝を刻まれている。

 あまりに話が進まないからか、外にいるルトランが窓を叩く。


「前に座すのは地上の王だぞ」

「うぅ、むぅ……」

 アヴェルスは心底嫌そうな顔をした。

「まぁ、よくおいでになられた」渋々と言った様子で口を開く。「……で、いつお帰りに?」

「――もう一度、我に雷を落とされねば解らんか?」


 ルトランが目を据わらせると、アヴェルスはがくりと肩を落とした。


『好き合った者がいたと知りながら、己の都合で引き剝がすし、己の都合を押し付けるとは何事だッ――それが親のあるべき姿かッ! 恥を知れッ!』


 家の前に姿を現した早々、ルトランの雷が落ちたのである。

 その声は、浮遊大陸が揺れているいるのかと思うほど、恐ろしく轟き渡った。


「はぁぁ……どのような用向きで?」

「シィエルを私の妻に。妃として迎えたいのです」


 やっぱりな、と憎々しげに漏らす。


「タイやエストールの者より、いくつか聞き及んでいる。そちの国でシィエルを嫁に迎えることは、些か厄介な障害が大きいのではないか」

「その原因がこの地にあるのです。それを解決すれば、シィエルへの悪感情は緩和されてゆくことでしょう――現に彼女を受け入れようとする者も増え、“騒ぎ”さえ起こらねば、更にその存在を確たるものにできていた」

「ふん……ピステが闇の竜を産もうとしていたと言う、馬鹿げた話か」


 言葉を返すアヴェルスは、嘲るように口を歪めた。シィエルから既に伝えられているものの、『竜の誇りが地の底まで墜ちるものか』と、まったく聞く耳を持たないと言う。

 だが、こうなるのは予想できていた。ならばと、タウルは次の手・バーランド家の日記を差し出す。この著者は天空の者、それも王族直下の貴族である。

 アヴェルスはぐっと息を呑んだ。

 そして、パラパラとページをめくるとすぐ、くすんだ木の天井を見上げる。


「……これを読み解くには、しばらく時間がかかるだろう」


 前屈みになって大仰に腰を上げると、タウルも膝に手をついて立ち上がった。


「それまで宿に――「タウルの部屋は一階の客間だ」」


 ルトランの言葉に遮られ、アヴェルスは顔を渋くしたまま応接間の扉を開く。

 するとその外では、シィエルが立っていた。服を着替えたのか、長いシンプルな長袖のワンピースに、前開きの胴着と言う姿であった。


「話は終わった?」


 取り繕った様子で訊ねる。


「ま、まぁ今日のところは」

「そう。じゃあ今度は移住の打ち合わせね」


 もはや父親は形骸化しているらしい。シィエルは笑顔でタウルの手を取ると、


「この家の案内してあげる!」


 そう言って、屋敷の奥に向かって引っ張り始めた。


 書斎や食堂、倉庫など……案内しながら、会う者すべてにタウルを紹介して歩く。

 ずっと喜色満面の笑顔だったものの、二階に到達するなり顔を強張らせ始め、ある部屋の扉の前に来ると、扉の前で大きく深呼吸をするほど緊張していた。

 彼女の様子に疑問を抱いたタウルであったが、小さなノックに応じ、迎えてくれた者を見て納得した。


「ようこそ――地上の王・タウル・マルジュ陛下。私はアヴェルスの妻・ミストラルと申します」

「初めまして、ミストラル様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


 シィエルの母親の部屋なのである。タウルは握手をすると、ハグをして背中を叩き合う。

 母親・ミストラルの第一印象は、“美しい年の取り方をしたシィエル”であった。特に凛とした目はそっくりで、透き通るような瞳を娘に向けながら微笑みを浮かべた。


「お母さん、その……」

「不合格、なんて言ったら家破壊しそうね」

「ど、当然よ! じゃあその……合格?」

「そうとしか言えないわ。天空の地まで追いかけてくるほど、娘を想ってくれている。しかもそれのみならず、男の敵を二つも撃退したのよ。いい殿方と巡り会ったわね」

「お母さんっ!」


 シィエルは嬉しそうに母親に抱きついた。

 “合格”以上の言葉がないのが惜しい、との評価に、タウルは気恥ずかしそうに首の裏を揉んだ。


「タウル陛下。手厚く保護して頂いたこと、心から御礼申し上げます」

「いえ……その原因を作ったのは私でもありますし、ご親族の方も――」


 ミストラルはと小さく頭を振った。


「互いに大切な存在を失った、それだけに留めておきましょう。ピステの両親にも、陛下の善行を話し、矛を抜かぬよう伝えてありますので」

「なんと……」


 タウルは深く頭を下げる。


「それで……シィエルは大人しく、借りてきた猫のようにしておられましたか?」

「お、お母さんっ!? ――あ、そ、そうだ、まだ案内したいところがあるから!」


 シィエルは慌ててタウルを袖を引っ張り、そそくさと部屋から退散してゆく。その間際、タウルは口元に笑みを浮かべ、『いい風をもたらしてくれました』とミストラルに告げた。



 次に目指した場所は、そこから反対側に位置する場所であった。

 掃除が行き届いているが、壁には何かで殴ったような痕が散見される。ちょうどその前の扉に差し掛かると、シィエルは言いにくそうにタウルを見上げた。


()()()()散らかってるけど、気にしないでね」


 扉のノブを下げる。

 室内からふわっと漏れ出た空気は、シィエルの匂いがした。


「……倉庫?」

「ち、違うわよっ! 帰ってきてからバタバタしてて、こ、こうなっただけ!」


 くすんだ木の床には脱ぎ散らかした衣類が、入り口から右手にある大きなベッドの上には寝着が散乱している。

 その横の戸棚には、平積みにされた埃まみれの書籍とピカピカに磨かれたトロフィーが置かれ、壁際には槍や剣が雑に立て掛けられていた。


「……帰ってきてから二週間くらいあるよね?」

「こ、こっちの二週間は二日ぐらいの感覚なのよ!」

「天空は時間が止まっている、みたいなこと言ってなかったっけ」

「こ、個人差があるの!」


 物で賑わう簡素な部屋。これこそがシィエルの部屋であった。

 表現しがたい臭いも混じっているが、どこか落ち着くような空気に満ちている。


「まぁ、シィエルらしい」

「でしょう?」


 シィエルは艶めかしい声で言い、首に腕を回してきた。

 窓には桟板を立てているため、兜を外しても大丈夫だ。床の上に投げ落とすと、二人は貪るように唇を重ね合う――憚るものがない部屋の中では、しばらく甘い吐息だけが響き続けた。


「……私ね、実は一人で闇竜を屠ろうと考えていたの」

「危険なことを……」

「だって、そうしなきゃ……タウルと会う理由が得られなくなっちゃうから……。悲劇のヒロインでいるのは嫌、欲しいと思ったのは力づくで手に入れる側がいいわ」

「竜の女らしい――」


 どちらからともなく、ついばむように唇を重ね合う。


「でも、〈闇の繭〉の場所は掴んでいるわ。教会の下、先代の竜の頭骨を安置しているカタコンベよ」

「か、カタコンベって……天空の者は、そんな場所に憧れるのか?」

「天空の者は全員、竜の子でもあるからね」


 結婚式で行われる儀式の一つだ、と言う。

 地上では関係者の前で誓いを立てる。しかし天空では、新郎新婦はカタコンベの奥へと向かい、先祖の竜の前で誓いを立てるようだ。


「シィエルが連れ去られたと聞いてから、僕は何も考えられなかった。ルトランがいなければどうなっていたか……」

「あら、タウルは考えない方が素敵よ?」


 会話の合間を埋めるように唇を合わし、ややあってシィエルは背後のベッドの方に体重をかける。

 短い軋みをあげたベッドの上に横たわろうとした、まさにその時――


『ン゛、ン゛ン゛ッ!』


 扉の方から、母親・ミストラルと思わしき喉鳴りがし、タウルは慌てて飛び退いた。

 そして、『挙式が終わるまで、交わりは御法度でありますよ』、と言い聞かせるような、厳しい声が響いた――。

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