表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
4章 墜ちた竜・奪還と決着
32/39

第5話 鐘の音を射る

 タウルはドゥドゥを繰り、夜空への階段を一気に駆け上がる。

 そして、後ろを床子弩(しょうしど)を担ぐルトランが追う。

 浮遊大陸はノスキー国をぐるりと迂回するように動いているらしく、南東に向かって三日間ひたすら走り続けた。

 ……が、薄い空気に低気温、そして風は絶えず吹き続ける中である。酷な環境に慣れぬタウルは、みるみる疲弊してゆく。

 ようやく浮遊大陸の全容が見えた頃になると、タウルは今際の際で幻を見ているのかと錯覚してしまうほど朦朧(もうろう)としていた。


「我らはここまで」


 ついに大陸に足をかけた時、闇人はそう告げた。


「か、感謝する……」


 絶え絶えに礼を述べると、「また新月に」と三日月を浮かべながら、流れる雲の中に消える。

 それを見届けてすぐ、タウルは崩れるように膝をついた。


「大丈夫か?」


 ルトランが覗き込むと、ドゥドゥは自身の毛皮で暖めるようにタウルを包む。


「ああ……。しかし本当に、天に浮く島だったんだな……」

「空は無愛想かつ無慈悲な場所。我らにとっての“外海”は雲の海だ」


 タウルは眼下一面に広がる羊雲を望んだ。

 雲海の上にはコマ状の――タマネギや球根をひっくり返したような、巨大な島が浮かんでいる。更にその周囲を、綿を薄くのばしたような雲が周囲を包む。

 タウルは兜を目深に被っているが、近くなった太陽に目の痛みを覚えてしまう。


「この大陸で唯一の街・サヌワへと案内してやろう。そこで身体を休めるといい」


 ルトランは床子弩を引きながら大陸の北側へ歩みを進める。

 タウルは再びドゥドゥの背に乗り、竜の背を追った。


 南は雲の海ならば、北は雪をまぶした灰色の岩山がそびえ立つ。

 またそれを背景に四角の建物が並んでいる。そこが〈サヌワの街〉ようだが、“唯一の街”と称した通り、他は凸凹とした台地が広がっているのみ……表面を覆う短い草が、大地の陰影を際立たせているだけであった。


「森もあるけど、シィエルが打ち震えたのも分かるな……」

「大陸に比べたら、ここは井戸の中のようなものよ」

「すぐに適応したけど、僕はとても長居できそうにないと思う」


 ドゥドゥも同意するように頷く。


「シィエルはすぐに適応できたけど、僕はとても長居できそうにないと思う」

 苦笑して言うと、ドゥドゥも同意するように頷く。

「死ぬ前に一度、天空(そら)に戻りたいと思っていたが……いざ戻ってみると、思い出の中で輝かせておくべきだったかと感じている。シィエルも恐らく同じことを感じただろう」

「……なおのこと、連れ戻さないとな」

「その意気だ。この地は地上ほど人間がお人好しではない。妨げる者がいれば遠慮なくぶち殺してやれ」

「ぶ、物騒だな」


 弱肉強食の世界だ、とルトランは薄く笑みを浮かべた。

 やがて視界の建物が大きく広がりを見せる。草木の高さも整えられたものになっており、モザイク柄の石床が見えるようになっていた。

 そこで初めて人の姿が見られた。ファーのついた厚手のコートを着た女の子だ。


「……!?」


 女の子は竜に気を許したのもつかの間……背後からやってきた白いブサイクを見るや、手にしていた木のバケツを落とした。

 そして竜への異様さにも気づいたようだ。

 無言でふるふると震えているのを脇目に、ルトランは慇懃に大地を踏み鳴らしながら歩いてゆく――。

 この女の子の反応は天空の者のそれを表しており、商店街のような区画は、たちまち騒然とした空気に包まれた。


「ここは街の店通りだ。サヌワの台所とも言える食い物らを扱う区画となっている」


 タウルは建物内に並べられたレタスやキャベツ、鶏肉らに目を向けた。魚もあるようだが、数が少なく干物ばかりのようだ。

 ドゥドゥも同様に目を向け、腹の音のような唸りを上げる。


「ドゥドゥ、メシはまだだぞ」

「うぉぅん……」


 残念そうな声を上げたその時、街の向こうから大きな鐘の音が鳴り始めた。

 頭を上げた先にある、天高い教会の鐘楼のようだ。かーん、かこーん……と、澄んだ音が重なり合い、長い尾を引いている。


「時刻を告げる鐘……か? かなり響くな」

「いや」ルトランは正面を見上げた。「これは婚礼を告げる鐘だ」

「ああ、なるほど――」

「この音はシィエルのだろうな」

「な、なんだと!?」


 一足遅かったのか、とタウルの胸がざわめく。


「安心しろ。どこの誰と式を挙げるのかを告げるものだ」


 定期的に鳴らすものだと聞き、ほっと安堵の息を吐いた。


「なら、そこにシィエルは――?」

「いない。何日かおきに互いの家の者が、相手の家の音を鳴らす。そして日が迫るのに合わせて間隔を短くしてゆく。……この間隔だと、あと二週間といったところか」

「そうか……間に合ってよかった」

「それだけではないだろう。ちょうどいいし、あの鬱陶しい鐘を止めてやれ」

「い、いいのか?」

「構わん。こんな腐った地は滅べばいい」


 心底嫌そうに、ため息を細く吐きながら言う。

 タウルは兜の下で「やってやるか」と顔を引き締めると、床子弩に乗り込んだ。

 鐘はまだ鳴り続けている。奏でている者が楽しんでいるのか、その音は楽しそうな印象を与える。――しかし、タウルには不快な音だ。

 たん、と矢が放たれるや、見守っていた天空の住民たちは青ざめた声を漏らした。

 ほどなくして鈍い激音が起こり、青銅色の鐘は、たちまち不協和音を奏で始める。


「これから起こることに相応しい、報せの音よ」


 ルトランは聞き入るように目を細め、尾でモザイク柄の石床を叩く。

 時を移さずして、教会の方面からゾロゾロと人が駆けつけ――周囲にいるのが“平民”とすれば、やって来たのは“貴族”である。煌びやかな身なりの者に付き従う従兵の格好は、かつて戦場で見たシィエルを思い出させた。

 彼らは一斉にタウルを取り囲もうとするが、その横に座る竜に気付くなり絶句し、その場で足を止めてしまう。


「ま、まさか……」厳格そうな顔の者が一歩前に、絞り出すような声を上げた。「る、ルトラン、様……?」

「左様」厳とした態度でルトランは返事をする。「久しいな、アロースよ」

「は、ははっ……!」


 その場で目礼すると、床子弩から下りたタウルと、ドヤ顔で腕を組むドゥドゥを見やった。


「あの、この者と珍妙な獣は……?」

「地上の者だ。この真下に広がる国を治める王でもある」

「な、なな、何とっ!? い、いったい何を……!」

「何を考えているか、か? それは我が、お前たちに問いたい」


 ずいと一歩前に出ると、その者たちは身体を大きく仰け反らせた。

 ルトランから、強い怒りが滲み出ている。

 しかし――彼が言葉を発するよりも先に、タウルが一歩前に歩み出た。


「ルトラン、ここは僕が――天空に棲まう方よ。私の名はタウル・マルジュと申します。先の紹介の通りここ・浮遊大陸の真下の国・ノスキーを治める者。この兜は事情があって外せないため、先に非礼をお詫びしておきたい」

「う、むぅ……我が名は、アロース・ラ・エストール。このサヌワの地を束ねる〈二十四席〉・六の席に座っている」


 二十四席とは何か、と思ったがタウルは話を続けた。


「エストール……これは話が早い。その家の者を捜していた」

「ほう」アロースは敵対心を隠さず片眉を上げた。

「単刀直入に言いましょう。そちらが横取りした、“シィエル”と言う女性を返してもらいたい」

「……何?」

「あれは私の“獲物”――地上を知らぬとは言え、挨拶もなく勝手に連れ去ってゆくことは、些か無礼が過ぎませんか」


 瞬く間にアロースの顔が真っ赤に染まり、それに呼応するように従兵たちが剣を抜き身に構えた。


「勝手なことを――!」


 同時にドゥドゥが猛り声を上げた矢先、ルトランは割っているように口を開いた。


「これは当事者同士で話し合った方がよかろう」


 親が絡むと戦争となる。そう言って視線をアロースの後ろの上空に目を向けた。

 そこには、一頭の竜と礼装に身を包んだ男がやってくるところであった。招きを受けるかのように、大きな翼をはためかせながら、アロースの横に降り立つ。

 そして、ルトランを見るなり(おど)けるような仕草を見せた。


「――はえー、おっどろきましたわあ」

「プレジールか。まぁあのような、賑やかな音を鳴らすのはお前しかいないが」

「うわっはっは! そうでっしゃろ! ……せやけど、何でまた空に戻ってきはったんで?」

「気が変わった。シィエルを返してもらう」

「殺生な。いくら竜の古株や言うても、そんな無茶苦茶を通すジジイになったらあきまへんで。しかも地上のモンに従って……あんさんに誇りはありまへんのか?」

「そんなものは地上に埋めてきた」

「はぁ、いよいよボケはったんか……?」


 剣呑な空気を漂わせ始めたのを見て、礼装に身を包んだ男・セレアルが宥める。


「ま、まぁまぁ。しかしあなたが地上の……」タウルの足先から顔まで眺める。「お初にお目にかかります。私がシィエル・ル・ミエール様と婚約した、セレアル・ラ・エストールと申します」

「そうか。私の名はタウル・マルジュ――」

「シィエル様より伺っております。何でも竜を、トビュス様を射殺した方だとか」


 アロースや周囲の従者たちが仰天の声をあげた。


「そ、それは真か……!」

「ええ。私も昨日それを聞いて、信じられなかったのですが……ルトラン様の様子を見れば、それが事実であると思わざるを得ません」


 よもや、と言った様子であった。

 アロースはパクパクと口を動かし、宙に浮かべた指先の行き場を失わせる。


「では、役者が揃ったところで我から一つ提案がある」

「提案……ですか?」


 セレアルが言うと、タウルを含めて全員がルトランを見上げた。


「かつてより、この地では女を賭けた戦いをしてきただろう」

「まさか……〈ジョスト〉のことでっか?」


 プレジールが言う。


「そうだ。あれをもう一度見たいと思って戻ってきたのだ」

「えぇー……」


 プレジールは呆れ顔で、何のことか分かっていないタウル、そしてワケの分からない不細工顔のドゥドゥに目を向ける。どうして獣がキメ顔をするのか判らない。


「確かにワテもやりたいけど、あれは竜による空中決戦――このモンは竜持っておまへんで。まさかルトランはんが乗せまんのか?」

「地上の者は竜を持たないが獣を持つ。空と地の決闘をさせる」

「何やて!?」


 目を大きく見開いたプレジールの横で、タウルはルトランに何のことかと訊ねた。


「この大陸内全体で行う決闘だ」

「な、何だって!?」

「互いに竜に乗り、相手を倒すから降参させれば勝ち――お前は竜を持たないので、代わりにドゥドゥに乗れ」


 時間無制限。ひたすら戦い続け、相手が力尽きるか降参すれば勝利となる……とルトランは説明した。

 何をやってもいい。武器は何でも可であると続けた。


「竜を仕留めたのが相手だ。不足はないだろう」

「ワテもやられんのは嫌やけど……無限の空と有限の地では、勝負は目に見えてまっせ?」


 それはタウルも感じていた。勝手知ったる空から、しかも床子弩で狙うのはまず不可能だ。だからアロースが『余裕だ』『手土産にしろ』『シィエルにも諦めがつく』と、セレアルを()()()にさせている。


「何をやっても、何があってもいいんだな?」


 タウルはドゥドゥに目を向けながら、確かめるように訊ねる。


「無論だ」

「そうか。ならさっさと終わらせよう」


 その言葉に、プレジールは「言うてくれますなぁ」と声を低くし、鎌首をもたげた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ