第4話 天に続く階段
二日後。タウルは闇のトンネルに向け獣を走らせた。
ガラガラと床子弩の車輪が響き、その上で赤銅色のマントをはためかせる。
――僕を王と崇めるのなら、その言葉に従え
周囲の反対を押し切り、半ば出奔するように城を出た。
しかし、背後の故郷が遠のいてゆくにつれ、表情を重く自身の行動を省みるようになる。
「胸に手をあてても後悔を抱かぬことだ。上がブレれば民が混乱する。王は身勝手なくらいがちょうどいいぞ」
「ああ……」
ルトランは忠言するように声をかけた。
タウルの返事こそ弱々しかったものの、手綱を握るタウルの手が硬く膨らむ。
「今は肩肘張らず、あの給仕の娘をキープしている程度に構えていろ。肩が凝っても、我は人の肩なぞ揉まん」
「給仕って……ろ、ロザリーのことか!?」
「うむ。あの娘は思慕の念を胸に秘め、給仕している――気づかなかったわけではなかろう?」
「い、いや、まぁその……」
どう答えたものかと、タウルは兜の下で複雑な表情を浮かべた。
出立の際、ロザリーはいつものように見送りにやってきたのだが、
『成果が無く、手ぶらで帰ってきても……私がお傍にいますから!』
と、決意めいた顔を向けたのである――。
それから二日半が過ぎ、タウルたちは洞窟の手前・ミルエの村に立ち寄っていた。
突然の来訪にも関わらず、村人たちは一行を手厚く迎えてくれる。中でも最も関わりの深いマリアの家に厄介になることになり、彼女ならとここを訪れた理由を告げた。
するとマリアは身体をずいと乗りだし、
「陛下は正しいです! 何があっても好きな人と一緒にいる方がいいに決まってます! ロザリーを応援したいですが、今は陛下を応援します!」
絶対に連れ戻してください、と言い、
「この村には空き家も土地もあります。もし国を捨てた時は、すぐに手配してもらえるようにしておきますから!」
と、冗談に思えない言葉でタウルを力づけた――。
そして明くる日の夜、一行はいよいよ闇人の巣窟である“闇の洞窟”へと向かう。
新月まではまだ日がある。以前のように会えるかどうか、そして望む答えがあるか、と不安だけが渦巻き……漆黒が口を開く洞窟の前で足を止めてしまう。
しかしその時、強い風がタウルの背中を叩いた。
「――シィエルの代わりだ」
考えすぎるな、とルトランは言う。そして更にドゥドゥが背を押す。
タウルはそれに頷くと、力強く闇の中に足を踏み入れた。
「よくきた」
「よくきた」「よくきた」「よくきた」
真っ暗闇は温かく、歓迎の声を輪唱させる。
「お前たちに訊ねたいことがある」
「答えよう」
その言葉に輪唱はなかった。
「過去にやってきた天空の者は、お前たちを頼って帰るつもりだったのか」
「そうだ」言うと、他の場所から言葉が続く。「彼は欺いた」「闇の竜に従うフリをした」
「その方法を教えてもらえないか? 我々は天空に向かいたいのだ」
闇人は少し押し黙り、「時は来たれり」と穏やかな声を発した。
タウルは同時に、闇が頷いたようにも感じられた。
「どういうことだ?」
「闇は光と対するもの」「光あってこその闇」「しかし善悪はない」
光なき場所は闇ではなく無だ、と続ける。
「我は無に存在せぬ」「協力しよう」「そうしよう」
しかし条件がある、と闇人は言った。
「条件とは?」
「我にあるべき場所を与えて欲しい」
「――いいだろう。しかし、お前たちの主人である闇竜は大丈夫なのか?」
「闇は主人を持たぬ」「ただ均衡を保つ」「竜はそれを崩そうとした」
「均衡を崩す……それは終末の日か?」
「そうだ」「それは三つの獣の役目」「来たるべき日のために封じた」
すると、ここでルトランは口を開いた。
「祖の愚行、地上に天空の恥を濯がせるわけにはゆかぬ。闇に身を染めた竜を倒すには〈竜の牙〉が必要だと言うが、それは真か」
「魔竜人なら」「しかし闇の竜は風の王」「王の牙が必要となる」
「王の……? すると、この先に眠る地竜王の牙か」
「その通り」「過ちを正すために眠る」
タウルはこれに目を広げ、ルトランの方を向いた。「火竜ではないのか?」
「火竜と地竜は似ていたと聞き及んでいる。見分け方は火を吐くか、毒を吐くかであると――以前こちらに来た時、嫌みったらしい口元が気になって調べたのだ」
「よく似ていた」闇人は懐かしむように言う。「だから欺けた」
なるほど、とタウルは納得の言葉を発した。
恐らく先にやって来た天空の者は、地竜かどうか探らせるために遣わされたに違いない。そして類似していることを利用し、闇竜を欺いていたのだ。道を踏みちがえた者が裁かれる、その時に向けて。
(あえて近くに居を構えることで、細密な調査ができると思わせ、言葉に信ぴょう性を与えたのか……)
近くのものほど見えないものだ、とタウルは闇に目を向けた。
「雲のない新月に、ここを訪ねればいいのか?」
「いや違う」「それは我の夜遊びの日」「何人たりとも侵すことはできない」
これからゆこうと告げると、“闇”が壁から剥がれ、まるで蛇のように洞窟の外・地竜王の眠る出口の方へと向かってゆく。
タウルたちは後を追うように洞窟を出るが、そこの光景は以前と同じ、蒼茫の森が広がっているだけであった。
ドゥドゥとルトランは、キョロキョロと夜を見渡し続ける。
「何も、無いではないか」
「うぉん……」
しかし、タウルには見えていた。
自身の〈灰色の世界〉に、天空に向かって伸びる黒い階段が浮かんでいるのを――。
そしてそれは、一段一段、まるで目印のように“白い三日月”をぷかりと浮かべ、夜に声を響かせた。
「鳥よ。天にまで頭を伸ばすがいい」




