表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
4章 墜ちた竜・奪還と決着
29/39

第2話 空の雫

 シィエルはその後、怪我の治療という(てい)のいい理由をつけ塔に軟禁されてしまう。

 唯一の楽しみは食事と、僅かな散歩の時間であった。見張りはメイドたちが行っているが、ロザリーの時だけはこっそりと手紙を差し入れてくれる。

 差出人は無論、会いたくてたまらないタウルである。シィエルはこれを心待ちにしていた――が、受け取るばかりで、返事を書く気にはなれなかった。


【シィエルのことは何とか説得する】


 そう書かれているが、自分自身で『途方もないこと』だと分かっていたのだ。

 問題が根深すぎる。

 考えるだけで鬱々とし、シィエルは背中からベッドに倒れ込んだ。

 “天空の者”というだけで偏見の目で見られることは仕方がない。……むしろ、ここまでそれを感じさせない、黙認されていたことが異常だったのだ。軟禁されてから一週間、それを痛感していた。

 それはすべてタウルの人徳の下にあったおかげ。先日の言い争いを目の当たりにすると、これ以上、タウルに負担をかけたくない。

 シィエルは唇を尖らせ、ひゅうと息を吐いた。“風笛”と呼ばれる竜との会話法の一つである。


『――今回ばかりは、時が解決するのを待つしかない』


 それに応じたのはルトランだった。

 軟禁こそされていないが、ドゥドゥの遊び相手と言う監視がついている。


『待ちたくない。既に結果が見えている――タウルは私を選べないし、周りの家臣を慮って会うことすらできないのよ。今この国において、天空の女がどれだけ危険視されているかぐらい分かるわ』


 見えない鎖でタウルを縛ってしまった……と、指で目元を拭った。


『そのようなことあるものか。恋路に敵がいるだけだ』

『敵が多すぎるわ。タウルは私を守ろうとしているから尚更よ』

『ピステが生きていると知っていれば、多少は違っていただろうが……』

『知っていても、遅かれこうなっていたわ。むしろ闇に魅入られたのが二人にならなかっただけマシよ』


 ルトランはただ唸る。


『だが……これで、カラクリが分かった』


 何のこと、とシィエルは訊ねる。


『初陣の際、どうして地上の男と会ってはならないのか、だ。ただでさえ竜騎妃は惚れっぽい。今回のピステの件のように、地上で竜が産まれる可能性がある――』

『パイの取り合いと言うことね。天空にいる竜が減るかもしれない』

『そうなると、地上の者が天空に攻め込むことも可能だ。そこに眠る闇竜からすればたまったものではないだろう。竜を産む母胎を保ちつつ、魔竜人と呼ばれる依代・兵士を造ろうとすれば尚更な』

『産まれてから言っても遅いわ……。タウルのお兄さんは〈賢者の石〉を持っていたから闇の力に耐えられた、これを知られたと思うだけでお先真っ暗よ』


 最初は“闇”の言いなりだったが、最後に反抗する姿を見せ、立ち去った。

 これはシィエルの槍がザラムを叩きつけた時、首から提げていた〈竜の牙〉が折れ、胸に突き刺さったことで“支配”から解放されたのだろうと話す。


『しかし対策はとれる。繭も在処が分かるのならば処分も可能だろう。が……天空の者にどうにかして伝えねば話にならん』

『堂々巡りね』


 するとその時、ルトランのとはまた違った風笛の音が混じった。


『……ああようやく見つけられました』


 記憶にない、柔和な音であった。


『誰だ』ルトランが訊ねる。

『私は、“セレアル・エストール”と申します。初めまして……ではありません』


 エストールって、とシィエルはベッドから飛び起きた。

 それは天空の上流貴族でも高位に位置する、名家の一つなのである。


『タイ家の者を締め上げ、事情を聞き出しました。急いでこれを父に相談したところ、私の責任の下であればと申してくれました。――タイ家の真似をするのは些か抵抗がありますが、この方法しかないと思いお迎えに……』


 ハッキリとしない口調であったが、つまりは『シィエルを娶りたい』と言うことだ。

 動揺が治らないところに『このまま地上にいてもいいことはない』とだめ押しされたシィエルは、しばらく口を噤んでしまう。

 地上に闇を落としたをは紛れもなく自分たちだ。その不始末は自分たちがせねばならない。

 すると、セレアルは沈黙を恐れたかのように風笛を吹いた。


『ルトラン様には申し訳ないのですが……』


 羽を失った竜は戻ることができない。――つまり、地上に残すしかないのだ。


『よい』ルトランは淡々と応えた。『羽がなくとも術はあろう』


 この言葉に、シィエルはゆっくりと窓を見上げた。


(ここからでも、空は遠い……)


 天空に戻る術は一つしかない。

 小さく息を吐き、今一度、自身の身分と立場を考え直した。


『セレアル様――』


 それはほんの短い時間であったが、やがてぷっくりと膨らんだ唇を小さく突き出す。

 光を見つめるその表情には、決意が表れていた。


『今日の夕方であれば、塔の外に出られます』


 西側の森で待っていてください、と続ける。



 そして、空が茜色に染まり始めた頃――


「ロザリー……ごめん……」


 石床に突っ伏すロザリーに、シィエルは切な声で謝った。


「貴女に、譲ってあげるから……」


 唯一の味方なのに。自身の行いから目を背けるように部屋を飛び出した。

 目指す場所は、らせん状の階段を少し昇った先にある窓――縁に手をかけ、小さな息を吐きながらよじ登る。

 眼下に塔の外壁を、その先には苔むしたような蒼茫の森が納められる。


(まさか、ここを使う時が来るなんてね……)


 常人なら足がすくむ高さである。

 しかし、シィエルは躊躇せず窓の縁を強く蹴った。

 鳥になったかのように両腕を伸ばす。浮遊感を全身に感じながら、弧を描きながら落下してゆく。

 壁を越え、緑色の木々がぐんぐんと大きく広がる。間も無く衝突するだろう。


 しかし突然、シィエルの落下速度が緩んだ。

 下からつむじ風が吹き上がり、柔らかいソファーに身体を預けるような格好で、ふわりと枝の間を抜けてゆく。――やがて、とんと地の上に足をついた。


「ありがとうございます。セレアル様――」


 その正面には痩身の男が立っていた。

 シィエルは顔を確かめるとすぐ、胸の前で腕を交差し、真っ直ぐに膝を落とす。


「とんでもございません。ささ、頭を上げてください」

「は、はい……」


 セレアルは輪郭がハッキリとした、端正な顔つきをしていた。

 性格も穏やかな口調のままで、家の名声も天空の女なら誰もが憧れる男である。かつてはシィエルもその一人だった。


「時間がないので急ぎましょう。このすぐ向こうに竜を待たせてあります」


 森の奥をしばらく進むと、そこに竜が座していた。

 竜はセレアルの後を追う少女を見るなり、目を細めてうんうんと何度も頷いた。


「ぷ、プレジール様っ!?」

「まいどまいど」


 予想もしておらず、シィエルは口を開いたまま立ち尽くしてしまった。

 プレジールと呼ばれた竜は、どこの言葉なのか珍奇な口調で饒舌に話す。竜にあるまじき楽天家で、エストール家のとは思えないほど、非常にうるさいことで有名である。


「身内以外の者を抵抗なく乗せられるのは、彼しかいませんので」


 すると、プレジールは目を据わらせた。


「よー言いますわ。地上との別れが(つろ)うなるさかい、少しでもそれを和らげられるよう、竜の中でも随一の明るさを持つワテがエエって言うたの、アンタやろ」

「ぷ、プレジール!」

「わっはっは! まぁ念願叶ってよろし」


 セレアルが慌てる横で、シィエルは聞き間違いかとプレジールを見上げた。


「あれ? お嬢ちゃん知らんの?」

「し、知らないとは?」

「セレアルは、あんたがちょっと気になってたん。ただまぁ、このアホは前に出られへん性格やろ? 早よせえ早よせえ、と言ってる間に学校を卒業し、そんで初陣……その挙げ句にタイ家に先越されたんや。正味のアホやで」

「え……え、えぇぇぇぇ!?」


 シィエルは仰天顔をセレアルに向けた。

 セレアルは気恥ずかしそうに目を伏せている。


「まっ、タイ家のボンクラがやらかした。地上のモンにコテンパンにされてから発覚――そこでワテが一肌脱いで出張ったってワケや。もうここしかチャンスないしの」


 居心地悪そうに頬を掻く姿に、シィエルは少し憂いの表情を浮かべる。


「ま、まぁそれらは天空に戻ってから……」

「せやな。早よ戻って式の打ち合わせから準備せなアカンし」


 プレジールはそう言うと、天を向いて風笛を吹いた。


『ほな、連れてゆきますさかいに』


 すると、城の方からも風の音が返ってくる。


『分かった。できる限りよくしてやってくれ』


 それはルトランへの挨拶であった――これまで考えないようにしていたことが、どっと湧き上がり始め、シィエルは内頬を強く噛んだ。


『シィエルよ』


 ルトランは静かに言う。


『お前の選択が正しいのか、間違っているのかは分からん。しかし流れる風に乗るのではなく、自身で風を起こしたことを尊重しよう』

『ルトラン……』

『案ずるな。地上も言うほど悪くない――もしかしたら会えるかもしれんしな。その時は何か必要か?』


 シィエルは奥歯を噛み、やがてハッキリとした音で応えた。


『何も、いらないわ……。地上のものを見たらきっと、私、大暴れすると思うから……』


 ルトランは何も言わなかったが、城の中で薄く笑っている気がした。

 愛想のない別れはここで終わり、シィエルはプレジールを見上げた。


「天空は、何も変わりありませんか?」

「なーんも。これまで通り変化のない一日を、長く続く歴史書の一行を書いているだけ。まぁ強いて挙げれば、ここから近うなったってぐらいやね。東の方に流れてるさかい」

「そう……」


 地上は何行にもおよぶ出来事があった。


(その大部分は天空の者がしでかしたと言うのに、我々からすれば何気ない日常の一ページにすぎない……)


 ただ流れる時間に身を委ね、破滅を待っているだけ――。シィエルはそう思いながら、プレジールの背後へと回った。


 飛び立つ準備が出来たのを確認すると、セレアルは「天空(そら)へ」と指示を出す。

 プレジールが大きな翼をはばたかせると、シィエルは懐かしい感覚に包み込まれた。


(もう地上には戻れない……)


 竜は空気を蹴り、一気に飛翔する。

 茜色の空に迎えられながら、シィエルは同色に染められた城に目を向けた。


(タウル……ごめんっ……)

 

 空に向かう竜の後ろから、一滴の雫が落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ