第1話 内紛
タウルたちは帰国を急いだ。
地面に落ちていた牙は、ザラムが身につけていた〈竜の牙〉と見て間違いない――それがどうしてここにあるのか、と考えれば挙げられる候補は少ない。
それが確たるものとなったのは、シカズの森に差し掛かった時のこと。マレーが早馬を駆けてやって来た。
――ザラム国王、凶刃に倒れる
愕然とする二人を置いて、城下町を通らないルートを通るようにと加える。
人の噂は風よりも早い。天空の女が裏で糸を引いていたとの噂が、王が殺害されたことの怒りの奔流が、シィエルに向かっていると言うだ。
『天空の女ってまさか……』
『ピステが……生きていた、と言うの……?』
マレーに訝しまれたが、タウルが先ほどの出来事を話すと『いよいよ終焉が近づいてますね』と淡々と述べた。
終わりが来るのならそれで結構。四日間に渡る帰路の中で、ルトランと共に考えるべき“問題”を絞り込めたのは、マレーのこのような性格のおかげとも言える。
また、シィエルの存在も大きい。彼女が傍にいることで、ざわめく気持ちを抑えることができ、人目を忍んで唇を合わせあうことが、タウルにとって何よりの心の安息となっていた。
相棒のドゥドゥは普段通り。愛嬌のあるブサイクな顔で、タウルの傍にずっと控えている。
「――大公殿。ようやく戻られましたか」
「悔やむ言葉を申すのは後にし、まず事の次第を聞かせて下さい」
タウルは落ち着いて、家臣たちが集まる謁見の間・女王・イリーナの下に向かっていた。傍にはシィエルも同伴しているが、彼女へ向けられる目は槍よりも鋭い――。
目を赤く腫らしたイリーナは、張り詰めた表情で「いいでしょう」と述べ、傍に控えていた〈セカンズ〉の者に手を差し向ける。
その横には、どこか覚えのある男が並び立っていた。
壮年の黒々とした撫でつけ髪で、鈍色の鎖帷子を着込んでいる。それを見た時、タウルはあっと思い出した。
「坊ちゃん……ではなく、大公様。この横にいる男はリマ国の元近衛隊長・マクスウェルです。まずはリマ国の城内で起こったことを、この者からお聞きください」
それは、グレゴリーから褒美を受け取りに向かった際、兜をとれと注意してきた者であった。
紹介を受けたマクスウェルはすっと目礼すると、手のひらを掲げ、誓いを述べる。「私は嘘偽りなくすべてを話します」
「コトの発端は、我々が隠していた天空の女からです――」
シィエルはピクりと眉を動かす。
グレゴリーは命を拾ったピステを性奴隷にしていた。その扱いは大抵同じであったが、ある日突然、焼きごてを特別にあしらえるよう命じられてから状況が変わったと話す。
その時に命じられた焼きごての覚え書きを、タウルに差し出した。
「こ、これ……天空の古代言語よ……!」
タウルのそれを覗き込みながら、シィエルは驚きを隠せない声でそう呟いた。
「意味は分かるか?」
「授業はあまり真剣に聞いてなかったけど、これぐらいなら……えぇっと、『闇は、ここに、降り立つ』……ああ違う、『闇よここに宿れ』のが正しいかも」
「闇、か……」
マクスウェルは無言で頷いた。
「今思えば、天空の女が妊娠していると分かってから、王だけでなく、城まで闇に包まれていたように思えます」
「に、妊娠って……ピステが妊娠していたと言うの……っ!?」
「腹が膨らんでおりましたので」
「その時、ピステは……いいえ、彼女でも王でも、竜について何か言ってなかった!?」
「え、ええ……王はしきりに竜がと口にし、その施設や領土拡大についてなども」
シィエルは重い顔で額に手をあてた。
「そうか、彼女の竜は死んだから……」
タウルが言うと、シィエルは顔を向けて頷いた。「ピステが次の竜の母胎になった」
「そこに闇が目をつけたのか……。まさかそれで、領土拡大を南に、ここノスキー国をターゲットにしたのですか?」
マクスウェルに問うと、申し訳なさそうに頷く。「その通りです」
「我々はグレゴリー王より、ザラム王を屠れと命じられておりました。竜を射落とした悪党集団が非常に厄介だったからです。しかもそこに竜まで持っているとなれば――。ですがこれは、グレゴリー王自身の意志ではなく、天空の女から唆されたものであります。これを辣言したのが原因で、私は任を解かれました」
今ここに命があるのは、自身の言葉が正しかった。
マクスウェルは神に感謝するように胸に手をあてた。
「あの夜は、忘れることのできぬ悪夢の日と言えましょう……。城の中で起こり続ける悲鳴、街にいた兵士は〈セカンズ〉の者とやり合っていましたが、“真っ黒な存在”が城から現れるや、たちまち……」
思い出すのも辛いのか、沈痛な表情で頭を左右に振った。
グレゴリーは大衆の前で引き回された後、生きたまま腸を引きずり出され、それを縄代わりにして城門に吊し首にされていると話す――。
話に出てきた〈セカンズ〉の者は、「お頭は正気を保ってませんでしたが……」と、マクスウェルの話を継いだ。
「しっかりとあっしらの存在を認識しておりやした。胸に矢を受けたサシャ姐の遺体を差し出すと、まるで分からない言葉を述べて去ってゆき――ですがニュアンスで、死んだ仲間と共に丁重に葬れと指示を出したものと分かりやした」
「兄さんらしい」
タウルは薄く笑みを浮かべると、〈セカンズ〉の者は「これを」と、革紐が通された〈竜の牙〉を差し出した。
「サシャ姐のものです……」
「そうか……」タウルは丁寧に受け取ると、それを懐に入れた。
「それとこれは、あっしの憶測すが……お頭は心まで化けモンになったのではないと思いやす。何と言っていいか分からないすが、“黒い存在”を纏っているだけような印象を受けやした」
何か耳を傾けるような仕草を見せたと言い、タウルは『やはりあれは……』と納得の表情を浮かべる。
状況の報告を終わったのを確認すると、イリーナは手を掲げて話に区切りをつけた。
「では、本題に入りましょう――」
タウルに目を向けると、
「この女王イリーナが大公タウル殿を、ノスキー国の王に任命致します」
「え……」
「先王はかねてより、この国を保つのはタウル殿だと申しておりました」
これに、タウルだけでなくシィエルも目を丸くしてしまう。
「しかしタウル殿は目が不自由……王位を継承すると共に妃を置き、早めに世継ぎを設けるべきと存じます」
「き、妃を……!?」
仰天すると、そろそろとシィエルに目を配った。
彼女も同じことを考えたのか、期待するような目でタウルを見つめたが――
「その方はなりません」
イリーナはやれやれと首を振る。「この状況が分からないのですか」
「空の者が何をしました。戦争と略奪をし、リマ国の王に取り入り、地上の支配を目論んだ――その結果、二つの国の王が死に、一つは滅び、一つは……我が夫は闇へ葬られた。空が地上に災厄をもたらしたのですよ!」
最後は己の感情が抑えきれず、荒い口調となった。
するとその言葉を待っていたのか、周りの家臣たちがシィエルに向けて厳しい言葉を投げかけ始める。
タウルはシィエルを後ろにやり、色眼鏡で見るなと強い口調で向かったが、頭に血がのぼった者たちの言葉は次期国王にもお構いなしである。
シィエルを知る者やタウルにつく者は「言葉が過ぎるぞ!」と向かってゆくが、
「言い足りないくらいだ!」
胸に悪感情を抱く者は、憚ることなく言い返す。
一変して言葉による暴力・内紛が始まったことに、シィエルは『やはり自分たちは、災いを呼ぶ存在なのか』と、石床を見つめながら唇を噛んでいた――。




