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ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
3章 闇のトンネルの向こうには
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第6話 トンネルの向こうへ

 翌日――村の小さな教会の中、マリアとアレックスの婚礼が粛々と執り行われた。

 神父の前で誓いを述べ、皆の前で口づけを交わす。――ごく一般的なものであるが、シィエルは長い口づけに身もだえしながら、人一倍きゃあきゃあと色めいた声を上げる。

 その一方で、タウルは花嫁側の仲人として花嫁側の席に座っている。正面に参列者席を据えているのだが、そこにいるシィエルが時おり、チラりチラりと期待する目を向けてくるのが気になってしょうがなかった。


(当人が全力投球、と言うのが非常に……)


 ルトラン曰く『許婚を追い払ったのが決定打だ』とのことであり、シィエルの頭では『許婚からその席を奪った』と、なっているようだ――。


 式は祝福ムードに包まれ、名残惜しむ空気の中で静かに幕を下ろした。

 マリアとアレックスはこれから祝宴の後に初夜を迎える――タウルたちも宴の席に参加して欲しいと言われたが、当人たちがのびのびと幸に浸れるよう、丁重にこれを辞して出立の準備を進めている。

 ……とは言え、シィエルは参加したくて堪らない様子で、マリアと最後の別れを告げにゆくとの口実で、隠れて蜂蜜酒などを頂戴してくる。

 少しご機嫌になって帰ってきた彼女に、ルトランは眉間に大きく皺を刻んだものの、これから向かう所を考えれば、それも仕方ないかと思いため息を吐くに留めた。


(先の見えない闇の洞窟だからな……)


 そこに向かうことは、マリアとアレックス、村長だけに伝えている。

 普段は絶対に止めるものであるが、竜やその少女が随伴しているのがあってか、黙認してくれた。

 そして日暮れに差し掛かった頃、タウルたちはマリアたちに挨拶をしてから村を発った。


『最初は後悔しかなかったですが、今はあれでよかったと思っています』


 最高の結婚式になった、とマリアは言い、


『そのよしみで申しますが、殿下とシィエルのお二人はお似合いだと思いますよ』


 嬉しそうにそう述べた。

 夕暮れの山道を走っている間、タウルはつい意識してしまい、横目でシィエルを見ては鼻先を掻いてしまう――。


 その洞窟は、村から三十キロ先にある切り立った崖にあると言う。

 崖が広がりを見せるにつれ、ドゥドゥやルトランの引く荷車の音だけが響き、一行の緊張感をよりいっそう高める。

 やや遅いペースであったが、空の藍色が広がりきるよりも前に、二メートル半ほどの大きな穴がぽっかりと口を広げる岸壁に辿り着いていた。


「これは、自然にできた穴ではないな……」


 洞窟と言うよりトンネルであった。中は確かに深淵の闇で満たされていて、数十センチ先すら見えない。入り口付近の岩肌を見て、“何か”に溶かされたように見える。


「ルトランやドゥドゥはギリギリね……」


 シィエルは恐る恐る闇を眺める。触れることすら恐れているのか、ドゥドゥに片腕を掴んでもらいながら、拾い上げた木の枝の先端で闇を突く。


「火竜のブレスだろう。まさかその軌跡にお目にかかれるとはな」


 ルトランは感慨深げに言う。


「じゃあ、この向こうにある遺骨って火竜の?」

「かもしれん」

「へえ」


 それはシィエルにとって明るい材料なのか、声が弾んでいた。


「だけど……タウルはどう? 闇の向こう側って見える?」

「うーん……まったく見えん」


 兜が不要になるくらい日が暮れている。

 しかし、タウルの〈灰色の世界〉には黒く塗りつぶされた闇しか映らない。

 やはり洞窟に“何か”ある――そう思った時、


「ん?」

「どうしたの?」


 タウルは目を細めた。


()()()()()――」

「へ?」

「今、闇がもぞって波打ったんだよ」


 首を伸ばして確かめる。「ちょ、ちょっと危ないわよ!」

 シィエルが差し出した手が肩に触れたその時、闇の中に白い三日月が浮かび上がった。


「白い、三日月……。白い三日月が浮かんでる!」

「ほ、ほんとだ!?」


 下弦が光るくっきりとした三日月が描かれている。

 これを追えば、とタウルは一歩前に進み出た。

 シィエルは「危ないよ」と手に力を込めるが、引き止めるほどの力ではなく、引っ張られるようにして闇の方へと向かってゆく。そして僅かに遅れ、ドゥドゥとルトランも後を追った。

 タウルは闇に手を差し入れると、それは“大気の色”ではないものだと判明する。

 大気であるがねっとりと張り付くような空気。皆は息を止めながら身を投じてゆく――。


「シィエル、いるか?」

「え、ええ……その、手を離さないでね」


 真っ暗が嫌いなシィエルは、タウルの手をぎゅっと握り締めている。

 周囲をぐるりと見渡してみたが、村の者の言葉通りの場所で、握っている手ですら温もり以外は何も見えなかった。

 しかし突然、タウルの〈灰色の世界〉の()()()()()


「こ、これは――……!?」

「ど、どうしたの?」

「ここにあるのは、闇じゃない……」

「え……?」

「黒い、人の影だ……」


 シィエルは『何を言っているの』と言おうとしたが、自身の目が慣れ始め、灰色の輪郭が薄ぼんやりと描かれ始めたのを見た途端、ひっと小さな悲鳴をあげた。

 タウルが称した通り、まさに“黒い人”――闇色の陰影をつけた“人型”が浮かんでいるのである。


「やはり、闇人か……!」ルトランが驚愕の声をあげた。

「闇人……?」シィエルが見上げ、タウルは同意する声を発した。「彼らがここで身を寄せ合っていたんだ」


 パズルのピースを埋めるように、この洞窟を埋め尽くしていた。

 そして“白い三日月”の正体。それは――彼らの笑みであった。


「竜だ」闇が言葉を放ったその瞬間、洞窟中に白い三日月が広がった。

「竜だ」「竜だ」「竜だ」


 洞窟中に彼らの楽しげな声が反響する。

 いや、正しくは輪唱であった。一つが喋ると、他の者が同じ言葉を放つ。


「な、何よッ、何なのこれ!? 闇人って何ッ!?」

「“夜を作りし者”……と、呼ばれていた存在だ。悪魔とも魔物とも言われていたが、実際は何もしない、ただその場に浮かぶだけ――闇を創るとも、〈ナイトウォーカー〉とも言われている」


 ルトランの言葉を、闇人らは肯定した。


「その通り」

「その通り」「その通り」「その通り」

「我ら」

「我ら」「我ら」「我ら」

「闇の存在」

「闇の存在」「闇の存在」「闇の存在」

「この時を待つ」

「この時を待つ」「この時を待つ」「この時を待つ」


 彼らは輪唱を楽しんでいるようであった。


「竜と闇が」

「竜と闇が」「竜と闇が」「竜と闇が」

「陸を喰らう時を」

「喰らう時を」「喰らう時を」「喰らう時を」


 全員がそれに言葉を失っていた。

 闇人は構わず言葉を続け、「我らは大きな空に浮かぶ」と言う。


「竜と闇……」ルトランは口の中で呟き、闇人を見上げた。「古き者どもに問う。この先にある竜の遺骨は何の竜ぞ」


 闇人はこれに、『この地。最後の竜王』と答えた。


「なるほど。では……先にあるという屋敷は、人と共存した証か?」


 闇人はこれに、『違う』と言う。

 何だと訊ね返したが、『ゆけばわかる』とだけを告げ、すぐ傍の闇に藍色の“窓”が浮かび上がせた。何と出口はすぐ傍にあったのだ。

 タウルは宙を見上げた。


「――闇人よ。あなた方はもしかして、夜になれば起きるのか?」

「否。闇は常にあり。月のなき夜のみ、我らは外に出る」


 輪唱はいつの間にか止み、タウルは「新月か……」と納得の表情を浮かべた。


 藍色の窓に向かって歩けば、すぐに爽やかな夜風が一行を扇いだ。

 そこで初めて、自分たちの身体が汗でびっしょりになっていると気付く。

 外は崖に囲われた袋地(ふくろち)となっていて、地面をえぐって作られたあぜ道の両端には、木々が密集している。

 そして、すぐ左には――


「こ、これが竜の……」

「お、大きくない……?」


 傍にいるルトランとほぼ同じ大きさをした、竜の頭蓋骨が静かに眠っている。

 風化して崩れているものの、まだ全体がわかるほどの形を残す。頭部とその骨の太さからして、ゆうに八メートルはあろうサイズだ。

 ドゥドゥがペチペチと叩くが、崩れる気配を見せない。


「火の竜王は言う――」ルトランはそれを見ながら、静かな声を発した。「風の竜は鬱陶しい鳥だ、と」

「な、何なのそれ?」シィエルは目をぱちくりさせた。

「トビュスの先代。お前たちで言えば、曾祖父が話したものだ」


 懐かしさを覚えるように言う。「また面倒な年寄りの話か、と思っていたがな」


「今はあなたがその立場にいるわね」


 シィエルが悪戯な顔で言うと、ルトランは眉間に皺を寄せた。


「だけど、私が気になってるのは――」

「あの建物だろう。どうして天空のもののように見えるのか」


 蒼茫の森の向こう・左奥の岸壁の際にレンガ造りの建物の屋根が見えている。


「ええ……。地上はまだ多く見ていないけれど、薄ぼんやりとでも天空のものをハッキリと感じさせるわ……」


 天空の者のルーツは、空へと渡った地上の者。

 タウルの〈灰色の世界〉には、旧時代の建物に映っている。


「行ってみるか。何か分かるかもしれない」


 タウルがそう言うと、


「我はここに残り、祖先と語り合おう」


 ルトランはそう言い、横のシィエルは手を差し出したまま、じっと佇んでいる。


「へ?」

「真っ暗なの怖いから、手繋いで――」


 頬を染めながらシィエルは言う。「タウルとなら、真っ暗闇は怖くないから」

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