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ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
3章 闇のトンネルの向こうには
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第5話 配送先に到着

 三日後の夜。マレーの言葉通り、ゾンビ狩りが行われた。

 山に入れば向こうからやって来るため、〈タスラム〉の者たちは戦いやすい場所で陣取り、迎え討てばいい。

 森に落ちる闇は呻きをあげ、煌々と輝くかがり火を眺めている。

 一瞬の静寂が落ちたのち、それは一斉に走り向かってきた。……が、〈タスラム〉には手慣れたもの。しかしこれ動じるものは誰一人としておらず、渇望のままに向かってくる“死に損ない”たちに、二度目の死を与えてゆく。

 鈍い斬激の音と苦悶の声だけが響く中、シスター・マレーは特に輝きを放つ。


「ふ――っ」


 長い鎖分銅に繋がれたメイスを振り回す。身体や腕、周囲に立ち並ぶ木の幹で巧みに軌道を変え、次々とゾンビの身体を粉砕してゆく。

 それはまるで自分の触手のようであり、森の中というのを忘れてしまいそうになるほどであった。

 また武器を離す判断もよく、腰に下げる肉厚のダガーを両手に持てば舞うように、袖口に仕込んだ投刃を取り出せば、相手の急所に突き刺してゆく――。


「す、凄いな」


 タウルはこの地の代表として参戦していたが、〈灰色の世界〉の中で剣舞を見せる彼女をただ見ているだけ。援護として、弓を射る程度に留めていた


「ふぅん、見えてないけど凄いんだぁ」


 それに帯同してきたシィエルは、「戦った時はどう思わなかったけれど」と、ルトランの上であぐらをかき、つまらなさそうに言う。


「ま、まぁ、本職に任せられるのは任せたほうが早いしさ」

「戦いに来たのに敵来ないし、ただよそ者の活躍を聞いてるだけもねぇ……」

「我々も“よそ者”であるからな?」ルトランは目だけを向けて言う。


「わ、私は、戦いに来たんじゃありませぇん……」


 ドゥドゥの背に隠れるマリアは、メイスを手にしながら泣きそうな声をあげた。

 タウルとドゥドゥがゆくと、シィエルが後を追う。するとルトランも行かざるを得ず、積み荷であるマリアも連れて来なければならなくなる。

 こんなことになるならば、無理をしてでも一般の御者に頼んで迂回路を選択すればよかった。――と、森に静けさが戻るまで、マリアはずっとボヤき続けていた。


 夜明けを迎える頃、シカズの森のゾンビはすべて掃討された。

 タウルたちは念のため、森を抜けるまで〈タスラム〉の者たちと行動を共にすることになったのだが、


「大公殿。一つお伺いしたいのですが――」


 馬に跨がるマレーは、並んで歩くタウルに仏頂面を向けた。


「オーミの兵と戦った時、狂人化した者がいたことが気にかかるのです」

「狂人化……?」

「刺されても平然としている。獣人になったように、人格を失って戦う者がいました。あのキザ男の配下に多く見受けられましたが、あなた方は薬物を使用して戦っているのですか?」

「……いや、僕には何も思い当たらないけれど」

「そうですか」


 素っ気なく言うと、マレーは石膏で塗り固めたような顔のまま馬に揺られ続けた。

 彼女が言っていたのは、レイモンドの配下・〈セカンズ〉の者たちだろう。……つまり、その頭目である兄・ザラムも関係している。

 知らないと言ったタウルであったが、実は心当たりがある――。

 実は〈セカンズ〉は薬に精通しており、独自で研究・開発を行っているのである。

 人を堕落させるものも扱っているが、外には漏らさず、あくまで手当の痛み止めなど“医の域内”で使用されている。……しかしこの中で、一つだけ配合を誤れば“凶暴化”するものがあると耳にしていたのだ。


(兄さんたちも、どこまで信用していいか分からないんだよなぁ……)


 タウルは小さく首を振った。

 (まつりごと)は『貧乏人の口を縫え、話を聞くな』であることが多い。対立する者と二極化しつつあり、城は常に緊張感に包まれているのである。

 森は一日進んだところで終わりを告げ、ミルエの村まであと三十キロ付近の場所で〈タスラム〉たちと別れた。

 マレーにはタウルは兄への書簡を持たせてある。今回の働きを讃え、彼らに相応の土地を与えて欲しい、との便宜を図る内容だった。


 一方――ミルエの村に近づくにつれ、マリアの顔は複雑なものになっていた。

 疲労、嬉しさ、悲しさの感情が、混じりきらぬような様子だ。

 そしてそれは、竜の上に座るシィエルも同じである。


「う、うぅ……」


 言葉は少なく、しきりに目元を拭う。

 ここまで約十日近く、ずっと傍でいたせいか別れが惜しくなっているのだ。

 タウルは心配そうに目だけを向けたが、ルトランが「不要だ」と短く告げた。


「竜騎妃はだいたいこうだ」


 感情豊かなのだな、とタウルは思った。

 ミルエの村が見え、村人たちがぞろぞろと集まってきたのを見ると、シィエルはいよいよ憚ることなく涙し始める。

 それにつられるように、マリアもまた静かに涙をポロポロと零していた。


「ぅ、うぅ……し、幸せになってね……」

「うん……うん……」


 女二人だけで盛り上がっているので、村人たちはどうしていいか分からず、ただ竜とブサイクな獣に仰天するしか出来ないでいる。

 ミルエの村はノスキー国の領外である。なので敬服する必要はないのだが、一人の男が進み出て膝をつくと、他も揃えるように頭を垂れ始めた。


「大公殿下。私はマリアの夫となる、アレックスと申します。このたびは大公殿下自らが我々のために尽力して頂いたこと、大変畏れ多く、感謝の念がつきません……」

「いや、頭を下げなくて大丈夫だ。本当ならもっと早くに到着していたのだから、頭を下げるのは私の方だ――愛しき花嫁に焦がれさせてしまい、申し訳ない」

「た、大公殿下――!?」


 タウルが頭を下げると、男だけでなく村人たちまで騒然となった。

 一国の長といえる存在が、下々の者に頭を下げることなどありえぬことなのだ。


「私のことはいいので、愛すべき者のところに向かって下さい」


 タウルは微笑みながら目配せをすると、アレックスは「お心遣い感謝致します」と目礼し、マリアの方へ駆けて行った。

 ……が、すぐには花嫁を抱きしめることができない。槍を手に立ち阻んだ竜の女が、竜に引っ張り戻されるまで立ち尽くしていた。

 ようやく抱き合った二人を確認すると、タウルは近くにいた村人に声をかけた。


「伺いたいことがあるのですが、この付近に“生ける屍”が現れましたか?」

「えっ!?」


 村人はぎょっとした表情になった。

 それは、“生ける屍”ではなく、『どうして知っているのか』と言う風にもとれる。

 訊ねたのは念のためだ。賊のゾンビは山に囚われているようなものだが、それ以外・村の娘などが攫われたり、御者が襲われたりすれば別なのだ。

 まさかの反応に、タウルは眉を寄せた。


「まさか、ノスキー国にも……?」


 村人の言葉は、タウルに確信めかせた。


「いえ、ここに来る途中――シカズの森を根城にしていた賊がそうなっていまして」

「シカズまで!? いやまさか……」

「ご存じなのですね?」


 問い詰めるように覗き込むと、村人は顔を伏せ小さく「はい」と返事をした。


「遠い昔、ここにやって来た学者風の男がこう言ったそうです。『闇が目覚めし時、死者が蘇る。東の端にある洞窟には近づくな』と――しかし、行くなと言われたら行きたくなるのが人間。興味本位で近づいた者が帰って来ず、村にひょっこり現れた時は……」

「ゾンビになっていた、と?」


 村人は無言で頷いた。


「洞窟の中は光を喰らうような闇が広がり、壁が消えるそうです」

「それはその学者風の者が?」

「いえ。一人だけ洞窟を抜けた者がいました。まだ幼い男の子で、森の中で迷い彷徨っていた時にそこに入ったようです。そしてそこで“白い船”が暗闇の中を浮かび、追ってゆくと……」

「ゆくと……?」

「竜の遺骨と、不気味な森の向こうに屋敷らしきものが一つあった……と。幼子は怖くなって引き返すと、あっという間に洞窟の外に出ていたとか」


 タウルは息を呑んだ。

 以前にも竜がここにやって来ていた、と言うことだ。


(いや、もしかすれば……ルトランが言っていた、自然淘汰される前の……)


 屋敷と竜――ルトランやシィエルたち歴史を垣間見るための、貴重な遺物となるかもしれない。もしかすれば、天空に向かった者たちのルーツを知られる可能性もある。

 タウルは村人に礼を述べると、急いでマリアたちも羨望と怨恨の目を向けるシィエルの下へ向かった。


(しかし、闇が満ちる洞窟か……)


 マレーが言っていた“闇”と見ていいだろう。

 そこで息絶えればゾンビとなる――()()()から漏れ出た瘴気を浴びても似た現象を起こすそれと関連性が強いはずだ。

 タウルは難しい顔のまま歩き続けた。


「――考えすぎな顔してると思ったら、そういうことなのね」


 タウルがそんな顔をしていると鼻先を突いたりするシィエルであったが、今回に限っては、同様に眉間に皺を寄せている。

 一方、ルトランは唸るような声をあげるだけ。

 そんな姿にシィエルは訝な目で訊ねた。


「どうしたの、ルトラン」

「いや……」ルトランは重い口を開こうとしたが、すぐに口を閉じて頭を小さく振った。「ただの思い過ごしだろう」

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