第4話 聖戦士部隊
――絶対に連れ戻してやるからな
エルブはそう捨て台詞を吐き、逃げるように空へと戻って行った。
西の空。浮かぶ白い雲の中に消えたのを見届けると、タウルは腹から長い息を吐く。
そしてそれと同時に――
「タウルーっ!」
「わっ!?」
感極まったシィエルが、飛びつくように抱きついてきた。
「タウル、ありがとう……! あなたがいなかったら私……!」
「い、いや、さすがに見てられなくて……出すぎた真似かと思ったんだけど……」
「ううん、私すごく嬉しいっ!」
タウルの胸の中で、猫のように額を擦り付けるシィエル。
頬を染めながら上目づかいに見上げると、甘い声で「本気で惚れちゃったかも……」と、強く抱きしめる。
どうしていいかと分からなくなったタウルは、キョロキョロと目配せし、その様子に目を細めるルトランに気付いた。
「そ、そうだルトラン、さっきは助かった!」
「あの若造に灸を据えてやっただけだ」
いい加減叩いておかねばと思っていたしな、と素っ気ない態度で述べるが、どこか声が弾んでいるようでもあった。
竜同士が仲がいいとは限らない。シィエルがエルブを心良く思わないのと同時に、彼女らが乗るルトランとルカミヨンもまた、ソリが合わないようだ。
「しかし、ドゥドゥがいなくてよかったよ……」
「どうして?」タウルに抱きつきながら、シィエルは顔を見上げた。
「弱者を守ることになると容赦しなくなるんだ。特にあんな状況だと、エルブって男だけじゃなく竜まで殺しかねなかった」
「殺してくれてもいいのに」
平然と言うシィエルに、ルトランも同意して頷く。
タウルはしばらくシィエルに抱きつかれるままであったが、茂みに隠したマリアの方へ目を向け、「危害が及ばなくてよかった」と言ったが最後、シィエルの様子が急変してしまう。
「へぇー、心配なんだぁ?」
「え、いや、そりゃまぁ」
「へぇー……私がいるのに?」
「いや、それとこれとはまた別の――」
タウルはルトランに目を向け、助けを求めたが、
「女の面倒な部分まで強化されている、と話したはずだ。竜騎妃は嫉妬深い」
「失礼ね。私は嫉妬なんてしてないわ」
蒼い微笑みを浮かべるシィエルと、ニマニマと楽しげな笑みを浮かべる竜。
タウルは、『覚悟しておけ』との言葉の意味を、ようやく理解しつつあった――。
それから一週間――ドゥドゥは未だ戻ってきていなかった。
書簡を届けるだけなので五日もあれば到着すると考えていたため、タウルは次第に相棒の身を案じ始める。
マリアの方も慣れぬ野営に疲労の色が隠せない。しかしシィエルが綿密なケア……常に女同士の会話に花を咲かせているので、精神的な疲労は窺えなかった。
話題は専ら“結婚”についてである。特にマリアの婚礼衣装には興味が尽きないようだ。
(僕自身、白黒ハッキリさせるべきだろうな……)
シィエルその姿に、タウルは深いため息を吐いてしまう。
そう考えていた時――カヤ村の方角から、地鳴りのような音をたてながら駆けてくる、大きな獣の姿が見えた。
「ドゥドゥ!」
「うぉんっ!」
ドゥドゥは嬉しそうに目を細め、やって来るなりタウルに頭を擦りつけた。
「調子の方はどうだ?」
タウルが訊ねると、太い腕をヒラヒラと振る。
「まぁまぁ? そうか」
白い毛皮はじっとりとし、土埃で汚れている。
長く駆け続けてきた相棒を労い続けていたのもつかの間……やって来た方角から、馬に乗った一団が現れたのが分かった。
「あれって……〈タスラム〉の人たちじゃないの!?」
「〈タスラム〉って……お前まさか、直接連れてきたのか!?」
「うぉんっ!」
ドゥドゥが腕を組んで頷く。
リーダーであるシスター・マレーは一行の前で馬を降り、むすっとした表情のままタウルたちの下に向かってくる。
「――お久しぶりです。大公殿」
そう言って胸の前で手を組み、片膝を立てながら腰を一度落とした。
「え、遠路はるばるようこそ……?」
「まったく……急にベヒモスが訊ねたかと思えば、ゾンビが現れたから対処法を教えろと言う。ノスキー国には礼節と余裕というものがないのですか」
「急を要するものでしたから……しかしまた、どうして〈タスラム〉の一団が……?」
「さぁ? コネシー国では持て余すのでしょうね。私すら口説けぬキザ男では、ドランドルとの交渉も難しいでしょうし。私には分かりません」
タウルは無言で納得の表情を浮かべた。
人質交渉で相当にゴネたのだ。ドランドルの聖戦士部隊は、『神のために死ぬ』と教えられているので、人を簡単に切り捨てると言われている。
処刑するぞと脅しても『どうぞ』と返されるだけなので、交渉による戦争賠償を得る取っかかりが失われてしまう。
「……もしかして、ノスキー国に丸投げですか?」
「そちらの国王に『神のために死にたいのなら、お前の国にあのブサイク突っ込ませるぞ』と言われ、我々は追放という形で釈放されましてね。ええ」
地上に唯一残る神獣・ベヒモスである。
そう言われたら仕方ないのか、ドランドルは渋々賠償金を支払ったのだろう。
「そういうわけで、我々が“山狩り”して差し上げますが、その後の責任を取って頂きたい」
「こちらにも責任の一端がありますし、あなた方の住まう地は約束しましょう。……ですが、ドランドルに対して警戒を強める者もおりますので、居住地や処遇に関してはあまり期待しないで下さい」
「結構。我々は水さえあれば生きてゆけます」
マレーとの交渉を終えたところで、話題はすぐにゾンビの話に移った。
まず彼女が語ったのは、『珍しい話ではない』という驚くべき内容である。
「――死者の復活は、ドゥドゥがリヴァイアサンを食べたことが起因ではない?」
「ええ。大きく表沙汰になっていないだけで、昔からちょこちょこと出ています」
「原因は判明しているのですか?」
「闇の力が漏れ出るひずみを確認しています。カルマ――業の深い者がそれを浴びると、闇の力に取り込まれてしまうというのが我々の考えです」
しかし、人の身では耐えきれず、リビングデッドになってしまう。
驚かすようなマレーの口ぶりに、シィエルはタウルにしがみついた。
「彼らは生前の習慣から外れた行動ができない、と判明しております」
「ああなるほど。だから山から出られないのですね」
「掃討は我々が行います。この山なら、二日……いえ一日あれば終わるでしょう」
マレーはそう言うと、配下の者から見るからに重そうなカバンを受け取り、目の前で広げてみせた。
そこには鋲や投刃、爪……と言った、鈍色の刃物がぎっしり詰め込まれている。
タウルとシィエルはぎょっとすると、マレーは「あら?」と意外そうな顔を向けた。
「聖職者だって刃物は使いますよ。特に生前は人に迷惑をかけ、死してもなお人に迷惑をかけるような輩への慈悲なぞ、我々は持ち合わせておりませんので」




