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ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
1章 空が落ちる日
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第2話 その一ヶ月前、地上では

 ノックの音がした。

 扉の向こうの者を気遣う、慎ましい音である。


『タウル様、陛下がお呼びです』一拍置いて、女の声が呼びかける。


 そこは、光一つない真っ暗な部屋であった。そんな中に青年が一人――タウルと呼ばれた者は、「すぐにゆく」と返し、手入れ中の弓を机に置き、すっくと立ち上がった。

 そして脇に置いてあった兜を目深に被ると、手探りをすることなく扉へと向かう。

 しかし、扉を開いた瞬間――差し込む光に顔をしかめた。


「だ、大丈夫ですか!」


 前で待機していた女は慌てて黒い布を取り出すが、タウルは右手を前に突き出し、それを抑した。


「心配いらないよ、ロザリー」

「で、ですが……」

「僕も少しは光に慣れていかなきゃ」

「分かりました。……ですが辛くなったら、近くの者を呼んで下さいね」


 ロザリーは「みな、布を持ってますから」と続けながら、恭しく頭を下げる。

 黒いワンピースに白いエプロン姿。長い髪を後ろに束ねる彼女は、タウルに従事するメイドであった。

 タウルは笑顔を向けると、桟板で窓を塞がれた、暗い廊下を歩き始める。

 ここは塔の中。煙水晶で目元を覆う奇妙な兜を揺らしながら、塔の外に出た。


(やはり、マスイル兄さんが死んでから、空気も灰色になってる気がするな……)


 ノスキーと呼ばれる国、中枢となるザナブ城の域内。その上空に広がる雲は夏の入りを告げている。

 タウルが小さくため息を吐いたその時、横から「うぉん」と獣が吼える声がした。


「お、ドゥドゥ!」

「わふっ!」


 そこにいたのは、白く巨大な獣であった。

 大きさは二メートルほどの、ずんぐりむっくりとした四足獣――この国で知らぬ者は()()()と呼ばれる。


 ――ブサイクな白狼

 ――ブサイクなサスカッチ

 ――ブサイクな白いオーク


 誰もが口を揃え、“白くてブサイクな生き物”と形容する。

 だがそれが逆に愛嬌がある――タウルのよき相棒・よき友であり、頭や喉元を撫でてやると、ドゥドゥは嬉しそうに目を細め、グルルと喉を鳴らした。


「ちょうどよかった。父さんのところまで用事があるから、乗せてくれないか」

「うぉん!」


 ドゥドゥは身を屈め、タウルはさっとその背に飛び乗った。

 丸太のように太い脚であるが、馬とは比べものにならないほど速く駆ける。――そのため、あっという間に父の待つ居城に到着した。

 そしてそのまま城内へ踏み入れる。謁見の間に差し掛かったところで降りると、タウルはドゥドゥの頭を撫で、そこで別れた。


「――タウル・マルジュ。ただいま参上いたしました」

『うむ。入れ』


 向こうからの厳格な声に応じ、タウルは質素な鉄扉をぐっと押し開く。

 しかし次の瞬間、


「え……っ」


 飛び込んで来た光景が信じられず、扉の取っ手を握ったまま立ち尽くしてしまう。

 タウルは国王の末子である。上には兄が二人おり、先の戦争で死んだ長男・マスイルと、五つ歳上の次男がいる。

 ……しかしこの次男は、十年ほど前に国を捨て、今は悪党組織の“頭”になっている。……はずであった。


「よぉ、元気そうだな」

「ざ、ザラム兄さん!?」


 目の前に立っているのは、紛れもなくその次男・ザラムなのである。

 浅黒い肌にがっしりとした筋肉質な身体。肩に真っ白な毛皮のコートを肩にかけ、首元には銀色の鎖を光らせている。レンズ代わりに煙水晶を使用したメガネをズラし、唖然としているタウルを覗き込んだ。


「残念ながら、お前は“次期国王”に選ばれねぇぞ」

「い、いや、それは別に……って、それってまさか……!」


 父であるザナブ王を伺うと、重たげに頷いてみせた。


「まだ正式ではないがな」

「来月、お空の連中とドンパチするんだとよ。そこで立場を示してからって段取りだ」

「ああ、なるほど」


 タウルは安心したように頷いた。

 この大陸は長く戦争状態に入っている。相手は何と空――太古に絶滅したはずの竜を有する、突如として現れた空に浮かぶ〈浮遊大陸〉と呼ばれる島であった。

 彼らは前触れなく短兵急に地上を襲い始め、ここ数年でいくつかの街や城が地図から消されてしまっている。

 それはノスキー国も例外ではなかった。既に漁村が一つ滅ぼされ、昨年には次期国王となるはずだった長男・マスイルが戦死している。父親も五十八の年を数え、跡継ぎは自分しか残されていないと思っていたが、戦にも長けたザラムが戻ってくるならば……と、考えていたのだ。


「――なに無関係な面してんだ。お前も同行すんだよ」

「えっ……?」

「俺は〈灰汁(アク)の世界〉、お前は〈灰色の世界〉、両方とも光から目を背けたクソみてぇな世界の住人だが、この二つなら、どっちがマシなのは判んだろ」


 自分しかいない――タウルはそう直感した。


「だから、俺がいつ刺されてもいいように備えとけよ」


 冗談に聞こえない言葉に、タウルは引きつった笑みを浮かべるしかできない。

 後継者の話はここで終わったらしく、次は“戦争”について話が始められた。


「――で、オヤジ。お空の連中は今、北西の空にいるらしいが。そこだと戦場は、ハタンジ平野か?」

「うむ。あそこは背の高い雑草が生い茂り、周囲を雑木が囲む。空から身を潜め、待ち受けるには最適の場所だろう。我々はそこの東側に陣を構えることになっている」

「肝心な、竜への対抗策はあんのかよ? 俺はマスイルみてえに、ただ突っ立ったまま死ぬのはゴメンだぜ」

「う、むう。それはまぁ、なんと言うか……」


 痛いところをつかれ、王・ザナムは口を開こうとしては閉じるのを繰り返す。


「ま、〈竜の牙〉や騎手の女が手に入るってんなら、喜んで突っ込んでやるがな」


 ザラムは肩を揺らし、くっくと笑った。

 甚大な犠牲の上における竜の死骸は“戦利品”となり、特に〈竜の牙〉と呼ばれる二本の犬歯は、一本で金貨の山ができるほどの価値が生じると言われている。


(竜が近くで見られるのか……。同時に『騎手は何故か女ばかり』って説も、本当か確かめてみたいな。ああでも竜の骨格とか、翼のつくりとかを先に――)


 タウルは武勲よりも学術的な方面に興味を抱き、顎に手をやって思案に耽っていた。

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