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ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
3章 闇のトンネルの向こうには
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第1話 次なる依頼

 のんびりとした帰還の旅は、約十日間におよんだ。

 街に近づくにつれ竜を恐れる者が増え、また住民が消えた城下街を見ると、やはり受け入れるのは並大抵のことではないな、とタウルは痛感させられる。

 一ヶ月近く離れていたのもあってか、故郷・ノスキー国が懐かしく思うと同時に、どこか異なる雰囲気を肌で感じていた。

 そしてその理由を、城に戻ってから知ることになる。


「あの、兄さん……。いったい、いつ挙式したの……?」


 帰還したことを報せにゆくと、兄・ザラムの席の横――王妃の席に、イリーナが座っていたのである。

 煌びやかな冠を頂きに、慣れぬ席にしゃちほこばっている。


「先週ぐらいか?」ザラムはニマニマと笑みを浮かべ、隣の王妃の席に目を向けた。「なぁ、イリーナ」

「ええ……。ああ夢のような時間でした……」


 重大な行事であるにも関わらず、まるでパーティーを催したかのように述べるザラム。

 そしてその横では、挙式時のことを思い出しているのか、惚けた表情で宙を見つめるイリーナが対照的だった。


「――で、首尾は?」


 世間話はそこそこに、議題はすぐに本題へと入った。


「えぇっと、利益は中判銅貨・三千と五百枚ほど。それと……これを」


 タウルは言いながら、懐から例の〈賢者の石〉を取り出す。


「何だァその、汚ねぇ石っころ」

「兄さんが欲しがってた獲物が持ってたんだ」


 興味がないのか石を手にしても、ふうんと片眉を上げながら、眺めるだけに留めた。


「浮遊大陸の人たちが、血眼になって探してるものらしい」


 聞くなりザラムの顔つきが変わった。「……何だと?」


「この石を捜索するため、戦争と略奪を繰り返していたのかも――と、ルトランが推察している。だからそれを使えば、相手との交渉のカードになるはずだよ」

「ふむ。なるほど、な」


 ザラムは口を結び、顎を揉んだ。

 しばらく石を観察しながら思案に耽り、「それを知る者は?」と、タウルを流し見た。


「所持していると知るのは、レイモンドさんと〈タスラム〉の人たち。空の者が欲していると知るのは、この場にいる僕たちとシィエル、そしてルトランのみだよ」

「レイモンドは、オレ様に渡ったことを知るだけ、か――まぁ好都合だ。()()が手に入らなかったのは残念だが、よくやった」


 そう言うと、ザラムは懐へ石を押し込んだ。

 これはシィエルやルトランと話し合って決めたことであり、一国の長であるザラムが所持していてもらう方がいいと踏んだのだ。


「じゃあ、僕は部屋に戻ります」


 タウルは恭しく頭を垂れ、離れる前にチラりと“兄夫妻”を見改めた。

 仕方なく結婚したにしては、イリーナに向ける顔は楽しそうだ、と感じていた――。


 兄への報告を終えれば、今度はシィエルたちにそれを報告しに向かう。

 居城の外はすっかりと日が暮れ、蒸し暑い夜の中で、植え替えられたばかりの芝生がさらさらと音を奏でていた。

 少女と竜はその上に座っていたが、タウルの〈灰色の世界〉には、もう一人立っている者がいることに気付いた。

 黒いワンピースに白いエプロンをかけた女性――ロザリーである。


「ロザリー、まだ仕事中なの?」


 突然のことに少し驚いた顔をしたが、すぐに表示を改めると恭しく頭を下げた。


「遠方でのお勤めご苦労様でした。私は先ほど上がらせて頂いたところです」

「ああ、そうなんだ」

「それで少し、タウル様に私用があって参りました」

「用?」タウルはチラりとシィエルに目を向けた。ロザリーはそれに気づいて「大丈夫です」と告げた。

「シィエルにも、恐らく同行していただくことになりますので」

「私も?」


 芝生に座っていたシィエルは、居住まいを正した。


「先日、私の友人が婚約し、相手方の実家で式を挙げることになったのですが……」

「それはめでたいことだ」

「しかし、その場所が少し厄介でして……」

「厄介ってことは、かなり遠方なの?」


 難しい顔を浮かべ目を下げたものの、すぐにタウルの方へ視線を戻した。


「はい。実は……ミルエの村なのです」

「ああ、なるほど……」


 タウルは納得して頷いた。

 ミルエの村は、ノスキー国から東に約百キロにある遠方の村だ。しかしロザリーが言いにくそうにしていたのは距離の問題ではなく、その道中にある。


「一般の御者だと、チカワの町を経由した迂回ルートを通らなきゃらないからね」


 ここから直線に向かうと、山賊の根城がある“シカズの森”を抜けてゆかねばならない。財を積み込んで向かうことは自殺行為なため、一度北に抜け、南東に進路を取るのが主なルートである。……しかしこれは、相応の料金と時間が要求されてしまう。

 ロザリーの口ぶりからして、料金を抑えるため一直線に向かって欲しいとのことだろう、とタウルは考えていた。


「ルトランやドゥドゥがいるなら大丈夫だろう。――それで、その運ぶものは嫁入り道具かな」

「それがその……花嫁を……」

「は、花嫁を!?」


 夫一人分の費用しか捻出できない、とロザリーは続ける。


「そうか――乗せるのは花嫁だけでいいの?」

「ええ。それとドレスだけです」

「なるほど。じゃあそれで準備しておくよ」

「よろしくお願い致します。彼女には私から伝えておきますので」


 身を翻してその場を去ったロザリーを見送ると、シィエルがどこか夢見るような顔を浮かべていた。「花嫁、か……」


「そう言えばルトラン、お父さんが決めた相手って誰なの?」


 タウルはこれに大きく動揺してしまう。

 真っ暗だったのでシィエルには気付かれなかったものの、正面にいるルトランは、口元に薄く笑みを浮かべた。


「――タイ家のエルブだ」

「うげッ!?」シィエルは身体を仰け反らせながら喫驚した。「し、死んでもお断りよッ!」

「あっちでは亡き者と思われているだろうな。弔慰金を積んでくれれば御の字だ」

「よりにもよって、あんなド底辺な奴を選ぶ? 娘が可愛くないのかしら」


 シィエルは星空を睨みつける

 ルトランが『結果的によかった』と言ったのと同様、シィエルもそうならなくてよかったと言った安堵の表情が入り交じっている――が、()()()()()()()()()()

 彼女も年頃の女であり、このままというわけにはゆかないだろう。

 タウルはずっとそれが気にかかっていた。


「タウル――」


 突然シィエルに呼ばれ、タウルは驚いて顔を上げた。


「何か分からないけど、いつもの考えすぎの顔してるよ?」


 そう言うと、〈灰色の世界〉の中でシィエルは柔らかな笑みを浮かべた。


◇ ◇ ◇


 その頃、リマ国・グレゴリーの寝室――うす藍色の闇が包む中で、一糸まとわぬ男女が二人、ベッドの上に横たわっていた。


「そ、それはまことかっ!」


 グレゴリーは上半身を飛び上がらせ、うつ伏せになった女を見下ろした。

 臀部には性奴隷を意味する“×”の焼き印が押された女・ピステは、白いシーツの上で妖しく微笑んだ。「ええ、本当です」


「ほ、本当に竜が――!」

「竜は死ぬと、数を埋めるようにできるのです」

「お、おぉぉ……」


 グレゴリーは湧き上がる喜びと興奮を抑えきれず、身体をわなわなと震わせた。

 竜は憎むべき対象であるが、自分のものになるのなら話は別だ。近隣諸国に対し、絶対的な権力と存在感を得ることができる――。


「で、で、い、いつだ! いつ産まれる!」

「まぁそんなに慌てないでください。産むまでに、やらなければならないことが多くあるのですから」

「おお、おお! 何でも言うがいいぞ!」

「では――まずは私を奴隷から解放し、安静にできる場所を用意してください」

「構わぬ! 今すぐに、お前を解放するとしよう!」

「いえ……ある儀式を済ませるまで、“奴隷”にしてください」


 そう言うと、ピステは身体を仰向けにかえした。

 毛を剃り上げられた、うら若き陰裂が闇の中でくっきりと浮かぶ。心なしか艶めかしい体つきとなり、下腹部が膨らんでいるように窺える。グレゴリーはそれに生唾をぐっと飲み込んだ。


「ここに焼き印を押して欲しいのです」


 下腹部を慈しむようにそっと撫でながら言う。


「な、何だとっ!?」

「円状に【D R K N S S ※ S ※ T Y ※ H R】の文字を焼き付けてください」


 これとない要望に、グレゴリーは身体をぶるぶると震わせ、真っ裸のまま部屋を飛び出す。


「DRK...CVRS...WRLD...TS ...LVNG...」


 残されたピステは腹を撫でながら、部屋の中で静かに微笑んだ――。

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