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ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
2章 水底にあるもの
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第9話 獣の名は。

 シスターの左耳に下がっていたイヤリングが、石畳の上に落ちる。

 矢に射貫かれたヴェールが奥の壁に突き刺さっており、横目でそれを見たシスターは、シャギー状の長い髪を揺らしながら、へたっと座り込んだ。


(ふぅ……間に合ってよかった……)


 タウルは小さく安堵の息を吐いた。

 赤ん坊のお包みかと思いきや、何とそこに白光りするメイスを隠し、シィエルに不意打ちをかけようとしていたのだ。咄嗟に弓を構え、メイスを狙い落とす――完全に戦意を喪失させるため、彼女の耳からぶら下がっている目のようなイヤリングを射て、『いつでも仕留められるぞ』とのメッセージを送った。

 それが伝わったのか、シィエルの槍に押し伏せられるがままになっている。

 遠くの方から『マレー様が……!』と声がすると、これまでの気勢はたちまち意気阻喪し、水をうったかのように村は静まりかえった。


(あれが、敵側のリーダーなのか……?)


 マレーと呼ばれたシスターは、後ろ手に縛られたまま、噛みしめる歯を覗かせる。

 タウルは警戒を解かず、慎重にそこに向かってゆく――炎の灯りに〈灰色の世界〉は眩く揺れているが、マレーの視線がずっと水面に向かっていることに気付いた。

 そう言えば、“ご神体”と呼ばれた黄金の魚を捕らえた、との報告を聞いていない。

 ひょっとすると〈タスラム〉はそれを逃がすために、命を賭して戦っていたのかと、タウルは推察した。


「シィエル、大丈夫か」


 シィエルの下にゆくと、彼女は槍の切っ先を突きつけていた槍を離し、


「タウル……! ありがとうー……っ!」

「わっ!?」引き締めた表情を解き、飛びつくようにタウルに抱きついていた。


 ルトランも今回ばかりは肝を冷やしたのか、「今回ばかりは礼を言おう」と、言葉短く告げた。


「――しかし、シィエル。お前は後でお説教だ」

「え、えぇ~……!」

「当たり前だッ! 兇手のことも考えず、警戒を解きおってッ!」

「あ、あうぅぅ……タウル助けてぇー……」


 シィエルはタウルの胸の中で縮み上がった。

 しかし、ルトランの言い分が正しい。なので「まぁ、仕方ない……か?」と、くちばしのような兜をポンポンと叩くしかできないでいた。


「ところで、ドゥドゥ見なかったか?」


 竜と少女に顔を向けるも、どちらも首を左右に振るだけであった。


「ううん。見てない」

「そこの水の中に飛び込むのは見えたが、それ以降は見てないな」


 ルトランの言葉に頷いたその時、シスター・マレーは「……水の中に?」と、顔を持ち上げた。

 先ほどまでの強気な表情が一変、不安な面持ちで水面を見つめながら身をよじる。「いや……人になぞ討たれはしまい」


「ドゥドゥは人じゃないよ」

「え……?」マレーは肩越しにタウルを見上げた。「人、じゃない……?」

「僕の相棒の獣だよ」

「けも、の……」口の中で反芻するや、彼女は瞠目し、顔からみるみる血の気が引いゆくのが分かった。「いや、そんな、そんなことは……報告では、ここに来たのは竜だけのはず……!」

「ど、どうしたんだ!?」


 ガタガタを震え始めたマレーに、タウルはあたふたする。

 その傍らで、シィエルが「何でまた水に?」と首を傾げた。


「妙に魚を食したがっていたな。夜な夜な川に出向いては、流れゆく水を飲み干す勢いで漁っていた」


 ルトランが思い出すような口ぶりで言うと、タウルもそうだと頷く。


「急に駆け始めたんだよ。シィエルの援護に行けって言ったのに、聞かずに一目散に水路に飛び込んだ――」

「あ……あ……あぁぁぁぁッ!」


 急にマレーは叫び、肩と脚でずり這いを始めた。

 水の中に飛び込もうとしていたのを、タウルとシィエルに引き戻される。


「何をするんだ!」

「逃げようたってそうはいかないわよッ!」

「は、離せェッ! 止めねば、お守りせねば……お、お前たちも死ぬぞッ!」


 それでもなお振りほどこうと身体を揺らし、なりふり構わぬ取り乱した声を上げる。


「あんたたちの宗教部隊に? そんな脅しに屈すると思って!」

「違うッ! 会わせてはならないッ、奴とリヴァイアサン様を会わせはならないッ!」


 その叫びに、ルトランは絶句していた。「リヴァイアサン、だと……!」


「まさかお前らが守っていたのは……!」

「リヴァイアサン様の化身だッ! 奴と会わせぬため、貴様ら天空の者と会わせぬために我々はお守りしていたのだッ!」

「まさか、まさか……奴とは……」


 ルトランが声を震わせたその時――視線の向こう・四本目の水路に、白くぼんやりと光る影が映った。

 マレーはそれに「リヴァイアサン様……!」と、ほっと肩を落とす。……しかしタウルの〈灰色の世界〉には、魚の様子が変であることに気付いていた。


「何か、必死で逃げてる?」

「え……?」

「嫌がっているような、前に進もうとして進めないような……?」


 それに尾っぽが見えない。

 そう続けようとしたまさにその時――水面が膨れ上がり、全員が「あ!」と声をあげた。

 ザバッと巨大な灰色の輪郭が浮かび上がる。知る者にはそれが何であるか、すぐに分かっていた。


「ドゥドゥッ!」まず一番にシィエルが声を発した。「……と、おっきな魚?」

「リヴァイアサン!」夜空を飛び上がった魚に、ルトランは叫んだ。「タウルッ、奴は今何をしているッ!」

「え、えぇっと……ドゥドゥが魚の尾を握り締め、地面に叩きつけてから、宙に放り投げて……身体を沈み込ませてる」


 マレーは震えていた。唇の色がみるみる悪くなり、顔も青ざめてしまっている。

 呆然と夜空を見上げる人間たちを尻目に、ドゥドゥは大地を蹴り、大きな口を広げた。


「や……奴はやはり……どうして、どうしてこんなとこに……」


 マレーはガタガタと震え、喘ぐ。


「ベヒモスが来ているのだ――ッ!!」


 その言葉と同時に、ドゥドゥは巨大魚の腹に、がぶりと噛みついた。

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