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ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
2章 水底にあるもの
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第8話 開戦と決着の矢

 翌日の深夜、タウルはドゥドゥと共に北東・ワルナカの村に向かって走った。

 目的は下見と偵察である。狙撃地点や村の外側をぐるりと回って分かったのが、想定されている以上に狙撃する隙間が狭いことだ。

 住民たちは普通に暮らしているらしく、唯一の“道筋”には桶などが積み上げられ、間隔がひときわ狭まっている。


(正面入り口はガッチガチに封鎖し、見張りは村の柵まで。通す隙間は矢四つ半か……それだけ分かったらいいだろう)


 周囲は雑木林に囲まれているため、潜める場所も多い。

 街に引き返そうとしたその時、タウルはふと〈灰色の世界〉の向こうがキラリと光る気付いた。

 何だと思い、目を凝らした瞬間――夜空に、白く眩い()()が跳ね上がった。


「まさか、あれが……!」

「うぉうっ!」ドゥドゥが興奮気味に吼えた。


 体長は二メートルほど、三角の尖った頭をしている。

 しかしそれは、魚とは形状が少し違う。函型の身体表面にある硬鱗、水平に伸びた胸びれ、尾の長さが上下違い――特徴としてはサメに近い、黄金の魚である。

 どこかで見た覚えがあり、タウルはこめかみに手をやって記憶の本をめくり続けた。


「あれって、まさか……チョウザメか?」

「うぉん、うぉん!」そうだと言わんばかりに、ドゥドゥがはしゃぐ。

「あれは食い物じゃないぞ。……しかし、ここに来てからと言うもの、やけに魚食いたがるな」


 ドゥドゥは基本的に草食であるが、ここ最近は魚を口にしたがっている。

 やけに鼻息を荒くしていることが気になりつつも、その正体が分かったところで、タウルはオーミの街へと戻っていった。


 それから兵の準備を進めること二日。最終確認のために一日を要し、三日後の深夜にオーミの街から兵が出立した。

 人数は百二十名程度。レイモンドを先頭とし、シィエル、タウルの隊が縦列に進んでゆく。

 竜が味方にいることで、シィエルの脇を固める兵たちは意気揚々としていた。ルトランも戦闘前の空気に興じているらしく、肩で風を切るように歩く。

 鳥のくちばしのような兜を揺らす彼女の後ろ姿を見ながら、ドゥドゥが引くタウルの弓手の隊列が続く。

 床子弩(しょうしど)は六台。カラカラと車輪が回る音がしている。


(いよいよか……死者が少なければいいけれど)


 村の奪還は表向きの理由、と知る者は一部のみ。

 欲が交差する戦争の犠牲者を、タウルはあまり見たくなかった。


『確かに天空にあるんだよね。人さらいや虐殺とか、主に汚れ仕事を専門にしてきた家が……』


 出立前、シィエルは重い表情でそう話した。

 自分たちも程度の差に過ぎなかったことを悔いていたが、そこには疑問も入り混じっていた。


 ――天空の者たちは、何のために略奪するのか


 金銀財宝を多く集めることが、竜騎妃の殊勲とされている。

 その頃は深く考えなかったものの、奪還作戦しか知らないオーミの兵たちを見、自分もそうなのではと考えたようだ。


 行軍を進めること一時間弱。夜のピークを迎え、薄ぼんやりとした火の灯りが望める位置までやってきた。

 空気が一段と冷たく感じ、手をこすり合わせる兵士の姿も見受けられる。

 タウルとそれに従う兵たちは、静かに狙撃ポイントまで床子弩を移動させる。細かな位置は先日の偵察で決めてあった。


「よし、ここだな」


 矢が射出され、水門に命中した音が攻撃開始の合図となる。

 タウルの〈灰色の世界〉には建物の群れが広がり、その僅かな隙間から水門の上端が僅かに見えている。

 湖から向いくる風が止むのを感じ、レバーにかけた手に力を込めたその時、


「――待って、タウル」


 突然、シィエルが後ろから声をかけてきた。


「え、ど、どうしたんだ?」

「また風が吹くわ――」


 その言葉の直後、やわらかな風が周囲の木々をざわめかせた。

 髪や頬を撫でる程度であるが、今の状況では致命傷になりかねない風だ。タウルは小さく息を吐いた。


「す、すごいな……」

「風を読めなきゃ竜には乗れないわ」得意げに微笑み、そして「完全に止むまでしばらくかかるわ」と続けた。

「さすが竜騎妃だ」

「私からすれば、タウルの方が凄いわよ。真っ黒にしか見えないけれど、本当にタウルは見えているの?」

「うん。二センチぐらい、水門の壁が見えてるよ」


 白壁の建物と建物の間から、僅かに黒ずみが目立つ石の壁が望めている。

 シィエルは目を細め、頭を前に突き出すも、何も見えないのか眉間に皺が寄ったままであった。


「ホント、凄い世界よね……想像できないわ」

「色のない世界は味気ないよ」


 タウルは自傷気味に述べ、肩をすくめた。


「私は明るい昼間、タウルは真っ暗な夜――光と闇みたいに対照的なのね」

「確かにそうかもしれない。とは言っても僕の目は、完全な暗黒だと見えないんだけど」


 シィエルは耳を疑うように、タウルを見た。


「え、そうなの?」

「星とか僅かな光がなきゃ、暗闇が見えないんだ」

「ふぅん。確かに、光の傍には闇があるって言うけど――ん?」


 言葉を遮ったかと思うと、急に「……そ、そうね! うん!」と自己解決して頷いた。


「ど、どうしたの?」

「な、なんでもないわ! ささ、あと二十秒くらいで風が止むから。ほらほら!」

「え、えぇ!?」

「はやくはやく! ちょっとの間しか風止まないから」


 首を傾げるタウルは、シィエルに押されるまま再びレバーに手をかけた。

 彼女の言葉の通り、風はピタリと止まる。タウルは息を止め、月夜の雫のようにそっと床子弩のレバーを下げ――


「わッ!?」


 ビィンッと跳ねるような音と共に、長い矢が身をくねらせながら夜空を泳ぐ。

 風切り音がしたのは分かるが、何かに当たった音は聞こえない。反射的に身を縮めたシィエルであったが、一メートル先も見えないような真っ暗闇を見つめた後、不安げな目をタウルを向けた。


「――大丈夫、()()()よ」


 タウルは矢が消えた方を見ながら、静かな声でそう告げた。

 補助に回っている兵士たちも騒然としているが、自身が見ている〈灰色の世界〉には、建物の隙間をすり抜け真っ直ぐに水門の板へと向かっている矢が見えている。……そして近くにいた見張りが何かに気付いたように、忙しく頭を動かし始めた。

 しかし矢はそれを嘲笑うかのように、見張りの頭上を越え――真後ろの石壁にズンッと深く突き刺さった。


「よし! シィエル準備を」

「……」だがシィエルは、タウルに目を向けたまま固まっていた。「シィエル?」

「え、あ、ああっ、な、何?」

「何って、水門に刺さって、ヒビが走ってるから――」

「ええっ!? い、言ってよーっ!?」


 突風のように駆けてゆくシィエルの背中を見ながら、タウルは苦々しく「言ったよ……」と続けた。


 それから間もなくして、村の方から『水門が……!』と、風雲急を告げる声がし始め、これを聞き取ったルトランの猛々しい咆哮と雄叫びが夜空に響き渡った。


「ゆくぞ地上の者どもッ!」


 もたげた頭を突き出すと同時に、竜の嘴が大きく開かれる。

 刹那、ごうと白く()()()円錐状の塊が吐き出されるや、強く短い破壊音と共に閉ざされた村の門が吹き飛ばされた。


「オーミの兵よッ、我らの地を奪還するのだッ」


 レイモンドの指示が飛ぶと、軍馬に乗ったオーミの兵たちが猛然と駆け向かってゆく。

 それと同時に水門が音を立てて壊れ、膨れ上がった水が水路を走り始めた。


「よし――火をッ!」


 タウルは他の床子弩の矢尻に火をつけ、村の中に向かって撃ち込む。矢は適当な建物の屋根に突き刺さり、たちまち炎が熾り始め広がりを見せる。

 炎の灯りは眩むほどではないが、揺らぐ白い光はあまり直視できない。

 なので、タウルのできることはここまでである。


(相手の指示が錯綜してるようだな。シィエルは大丈夫だろうか)


 村を占領している〈タスラム〉の兵たちは完全に統率を失っているのか、湖の方と向かってくる敵兵をどちらを取るべきか判断に迷っているようだ。

 敵襲を告げる声と、奥から『ご神体を守れッ』との怒号と飛び交う

 柵付近の兵は迷わず弓を構えるが、暗闇の中から浮かび上がった竜の姿に愕然と立ち尽くした。


「踏み潰されぬように注意せよッ!」


 竜の正面に立っていた者は、そこから飛来してきた長槍に胸に貫かれ、仰向けに倒れた。

 シィエルの投槍だ。鎖帷子に十字架が描かれたサーコートの兵が串刺しになったのを脇目に、彼女は次の槍を手に取り、構える。


『竜だ!?』

『竜がいる――じ、地面を駆けているぞ!?』

『ご、ご神体を連れ、逃れるのだ!』


 村人やシスターが悲鳴をあげ、逃げ惑う。

 一騎当千の〈タスラム〉兵士とはいえ、浮き足立ったそれでは地面を踏み込めず、オーミの兵たちに一気に飲み込まれてゆく。


「うぉん、うぉうぉん」

「なに、行きたい?」


 ドゥドゥは頭を上下に揺らした。


「まぁ、そうだな……シィエルだけじゃ不安だし、頼むぞ」

「うぉんっ!」


 ハーネスを解いたドゥドゥは、地響きを立てて向かってゆく。

 しかし、それはシィエルとルトランがいる水門付近ではなく、


「ドゥドゥ、違うッ!? シィエルの方だッ!」


 何と本流の方に向かってゆくではないか。

 目的はすぐに分かる。黄金の魚だ。


「あいつ、もう魚しか見えてないな……」


 台無しにしないことを祈りながら、シィエルの方に目を向けた。

 ルトランは旋回して尾で薙ぎ払い、ブレスで吹き飛ばす。シィエルは最後の一本となった長槍を縦に横に振り回し、敵を薙いでいる。

 その姿は天の戦乙女と呼ぶに相応しく、水を得た魚のように活き活きとして見えた。


「こっちはこっちで凄いな……」


 初陣では腕が揮えなかったため、今回が初の実戦と言える。

 なのに、まるで物怖じせず戦うさまは、やはり竜の血が関係しているのだろうか。タウルは血肉湧き踊るのを覚えながら、じっとシィエルを見入ってしまっていた。

 するとその時――


「ん? あれは、シスターか……?」


 戦うのはあくまで兵士だけ。逃げ惑うシスターなどには手を出していない。

 その中の一人だけ、足取りがまるで慌てず真っ直ぐシィエルに向かっていることに気づいた。左腕には“お(くる)み”を抱いており、右腕がだらりと垂れている。


「あ、あれは――!」


 タウルは戦車に乗せていた弓を取り、駆け出していた。

 炎の明かりを受けた修道服の袖口が、ギラリと輝いていたのである――。


◇ ◇ ◇


 周辺の敵を一掃し終えたシィエルは、ルトランの上で一つ息を吐く。

 居住まいを正すように、大きめの尻を浮かせ身じろぎをするが、座りが悪いのか降りようとした。


「シィエル。油断するな、まだ敵の殺気が消えておらん」

「分かっているわ。だけどこの程度なら歩兵戦でも問題ないわ」


 地に降り立つと、煌々と輝く村を一望した。

 家屋は焼け、敵の三分の一は他に伏せている。住民を連れて逃げる兵士を除けば、立ち向かった者は殆どやられたのだろう。――尤も、こちら側も相応の数が倒されている。


「惨劇、とはこういうことを言うのかしら」


 シィエルは物憂げな顔をして訊ねた。


「まだ序の口ではあるがな」

「そう……。私はやはり“空の女”なのね……」


 そこには悟りに近い音が含まれていた。

 赤い世界が心地よくさえ思える。家が焼ける匂い、命が燃えてゆく音が“自分”を与えてくれる気さえした。


「まあ、そうとも言える」ルトランは淡々と答えた。「しかし、今のお前は中途半端だ」

「え……?」

「竜騎妃は血の味と支配を求め、敵という敵を、また逃げ惑う無抵抗の者までも刺し貫いてゆく。なのにお前は必要最低限の数しか殺しておらぬ」


 それが普通ではないか、とシィエルは思った。


「人による、と言えばそうだが、竜騎妃は感情に支配されがちだ。強欲、憤怒、残虐――自身で渇望を制御していることは、大きな変化とも言えよう」


 するとルトランはシィエルの後ろへ目を向け、眉をひそめた。

 シィエルも振り返って見ると、一人のシスターが歩み寄ってくるところであった。

 赤ん坊を抱いているのか、白いお(くる)みを左腕に抱き、頬骨のあたりが煤で汚れている。逃げ遅れたのか、シィエルは火の手が上がっていない所へ誘導しようと、そちらに目を向けたその時――


「シィエルッ!」


 ルトランの声に「えっ」と振り返るとそこに、先のシスターがメイスを振り上げていたのである。

 何が起こっているのかシィエルは理解が追いつかなかった。

 唯一分かったのは、勝利を確信した金髪の女が、艶めかしくて冷たい笑みを浮かべていることだけ。


 ――敵は男だけではない


 それに気づいた時はもう遅く、鋭い刃が光るメイスを振り下ろした所であった。

 槍で(しの)ぐには遅すぎる。ルトランのブレスも間に合わない。ここはタウルの城の者に誂えさせた兜を信じるか、と諦めに近い考えが頭をよぎったその時――突然、メイスがひとりでに宙を舞った。


「え……」


 シスターは唖然として、静かに空を掴む手を確かめた。

 握っていたメイスは弧を描き、ややあって石畳の上で鈍い音を立てる。


「矢……?」


 シィエルは目を瞠ったまま、落ちたメイスに目を向けた。

 鋭い刃が付いた先端部分に、一本の矢が突き刺さっている。

 流れ矢などではない。ゆっくりと矢が飛んできた方向・村の入り口に目を向けた。


「た、タウル――ッ!?」


 煌々と燃えさかる炎を背に、弓を構えたタウルが立っていた。

 ちょうど次の矢を放ち終えた後で、その矢はシスターのヴェールを射抜いていた――。

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