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ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
2章 水底にあるもの
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第7話 敵の正体と次なる獲物は

 一つ売れたのを皮切りに、みかんは売れに売れ続けた。

 そして日暮れを迎えた頃、タウルは“あること”をまったく考えていなかったと気付く。


「な、何もしないから!」

「と、とと、当然よ!」


 それは――宿であった。

 窓から月明かりが差し込む中、二人は今、互いのベッドの上で向かい合っている。

 宿は二人部屋か四人部屋、もしくは一箇所の床の上で眠る雑魚寝のどれかしかない。この地域は天空の者に対する敵対心が薄いと言えど、見ず知らずの者と相部屋は危険である。

 なので二人部屋にしたのだが……そこは、互いの寝息が届きそうなほど狭い部屋であった。


「ま、窓は塞がなくていいから」

「え……? でも、タウルが眩しいんじゃないの?」

「そうすると、シィエルが見えなくなってしまうよ。これぐらいなら大丈夫だから」

「う、うーん……」シィエルは難しい顔で唸った。


 ここまで、タウルがあまり眠れていないことを知っている。

 日中は騒がしい中で眠らねばならないのだ。シィエルはしばらく思案し続け、やがて「よしっ」と顔を上げた。


「――じゃあ、寝るときになったら板置くよ!」

「だ、大丈夫だって」

「いいのっ、起きたくなったらタウル起こすから! それにタウルなら獣のようにならないし、なっても何とかなるしね!」


 男として情けなさを覚えたものの、これはシィエルなりの気づかいなのだろう。

 話に折り合いがついたところで、タウルはおもむろに硬貨が入った袋を持ち上げた。「今日の集計をしようか」


 逆さに向けると、硬く重い音が室内に鳴り響いた。


「みかん二百個くらいだっけ? それで銅貨二枚だから――」シィエルは目を輝かせながら指を折り、数え始める。「えぇっと、単純計算で……中判銅貨・四千枚くらい?」

「だいたいそれぐらいかな」


 タウルは言いながら、銅の山を手で()()()

 大判銅貨などがあるため、実際の枚数はもっと少なくなるが、達成感を得るには十分な量である。


「す、凄いね……こっちの貨幣とかあまり分からないけど、凄く儲かったのは分かる」

「ははっ。まぁ中流家庭が一ヶ月、少し贅沢に暮らせるぐらいかな?」

「えぇっと、それだと……うちの家みたいなものね。語彙少ないけど、一日でそれだけ稼げるって凄いとしか言えないわ」


 シィエルの“実演販売”の後、みかんは次々と売れ始め、あっという間に九割近く捌いてしまった。残りのみかんは一箱だけで、宿の裏にいるドゥドゥとルトランがそれを見張っている。

 タウルはお金を戻すと、入れ替えるようにカバンからみかんを二つ取り出した。


「え、これって……」

「多分、明日は口に入らないだろうからさ」

「ホントっ? 嬉しいーっ!」


 シィエルは満面の笑みで一つ取ると、タウルと一緒に皮をむき始める。


「だけど、お客さんの中に『飲み水にもお金かかり始めた』って言う人いたよね」

「ああ、確かに。さっき食べた食堂でも水代取られたし、やっぱ水門が封じられているのが響いてそうだ」

「食べた魚も干物がほとんどだったわね。あれも旨味が凝縮してて美味しかったけど、せっかくなら身がほろほろとした焼き魚も食べたいわ」


 焼き魚の口になるのを見たタウルは、「シィエルらしい」と笑みを浮かべたが、この街の状況はかなり切迫していることが気がかりであった。


「〈タスラム〉だっけ。門衛が言っていたやつが原因かしらね」

「多分そうだな……しかし、この国の軍まで退けるってどんな組織なんだ……?」


 そして、水門のあるワルナカの守りを任されていたであろうレイモンドは、タウルの兄・ザラムを頭目とした〈セカンズ〉のメンバーである。

 入り口でルトランにかけた言葉からして、やはり何らかの思惑がついて回っているようだ。


「もしかして、僕たちに解決させようとしている?」

「それって……ルトランを使って、それらを撃退しろってこと?」

「恐らく……」


 タウルは大きく頷いた。


「しかし、〈タスラム〉なんてバロールの目を射貫いた神の所持品――」


 突然あることに気づいたタウルは、みかんを持ったまま固まってしまった。

 それに気付いたシィエルは、慌てて顔を覗き込む。


「ど、どうしたの!」

「〈タスラム〉ってまさか、ドランドルの聖戦士部隊じゃ……」

「どらんど――の、聖戦士?」

「北の果てに、ドランドルってガッチガチの宗教国があるんだ。慈善活動や布教活動って形で部隊を派遣するんだけど、実態は信徒となった者たちで武装集団を結成させる乗っ取り集団だ」

「え、えぇぇ!?」

「そこはどうしてか、水のある場所を狙って本部隊が駐留すると言うし――」


 タウルは背筋に冷たいものが走るのを覚えた。

 書物でしか見ていないが、相当に面倒な国であり、やって来たら、袖の下を渡して帰ってもらう方が無難だと言われているほどである。

 ぐっと顔を強張らせたその時……突然、頬がムニッと掴まれるのを覚えた。


「へ?」視線を上げると、そこには腕を伸ばしたシィエルが映っていた。

「始める前に考えすぎ」そう言って、ムニムニと頬を動かす。「やってから考えたらいいの」

「う、うぅむ……」

「それに、私やルトランがいるのよ。それにタウルには、百発百中の弓の腕がある――揉めごとが起こったら、敵を皆殺しにすればいいのよ」

「み、皆殺しって……」


 やはり竜の娘だ、と思える言葉だ。

 しかしそのおかげで、肩の力がふっと抜けた気がした。


「ありがとう、シィエル」

「どういたしまして」


 ふふっと微笑んだシィエルは、報酬として手にしているみかんを要求した――。



 翌日。昨日の話題が続いていたのか、残っていたみかんは取り合うようにして売れた。

 二人はその足で、街の門・門衛詰め所に駐在しているレイモンドを訊ねていた。


「おや、もうお帰りですかな? “竜の果実”は人気だったと耳にしていましたが」


 レイモンドは机に片足を乗せながら、優雅に紅茶を啜っているところであった。


「ええ、おかげさまで――しかし、我々が『満足した』と申し出ても、許可は頂けないでしょう?」

「おや、これは人聞きが悪い。ビジネスと言って頂きたいものですな。……まあその口ぶりからして、すべてを察して頂けたようですが」


 流石はお頭の弟、と笑みを浮かべ、机から足を降ろした。


「――ワルナカを奪還したいのですね」

「その通り。〈セカンズ〉としては強いて価値のない村でありますが、コネシー国からすれば価値のある村――私のような者は掃いて捨てるほど居れば、その首の価値も相応に低い。お頭とは考え方がまるで違う」

「そう言えば、兄はあまり人間を捨てませんね」

「人は糸の如く。組織は一反の布地の如く。一本でも綻びが生じれば、布を台無しにすると考えていますから」


 腐った場合も同様、とレイモンドは続ける。

 これにタウルは「確かに」と頷いた。ザラムは〈セカンズ〉の者を入城させているが、城の空気を悪くするようなことはしていない。それどころか、兵器開発や幹線の拡幅などの区画整備を行い、ノスキー国の弱かった部分の改善を行っているのである。


「人を裏切らせない絶対的なカリスマ……あれこそが王に相応しい」


 レイモンドは心酔した様子で語る。

 兄・ザラムへの忠誠心こそ、〈セカンズ〉が恐ろしがられる理由である。

 そこで、ずっと黙っていたシィエルが口を開いた。


「――あなたたちのご主人様の話はいいわ。うちのルトランを、あなたの尻拭いに使うつもりなんでしょ」

「まぁ、結論からすればそうなりますな」

「呆れた」


 シィエルは肩をすくめた。「そんな話ならお断りよ」


「まぁ、最後まで話を聞いて下さい。表向きはそうでありますが、その中に〈セカンズ〉としての目的がある」

「目的? 悪人なら、その占領している奴らからお宝を奪うってとこかしら」

「ご名答。――連中はどうしてか、泉や湖を持つ地を占領する。そして襲撃の折にそれが判明したのだ。奴らは水が必要な“お宝”を常に持って歩いているからだ、とね」

「水が必要な“お宝”……?」タウルが首を傾げて訊き返した。「空気に触れると崩れる類のものですか?」

「言いようによってはそうなるね。崩れるのは“命”となるが」

「命……ま、まさか生き物なのですか!?」


 レイモンドは「ビンゴ」と、人差し指と親指を立てて指さした。


「奴らは“黄金の魚”を所持し、運搬しているんだ。二メートルほどのデカいのをね」


 黄金、と聞いてシィエルの目が変わった。


「そんな大きなのが、あると言うの?」

「ああ。村を奪還する名目で、連中から奪ってしまおうと思ってね」


 思わぬ計画(あくじ)を明かされ、タウルはたじろいでしまった。

 いかに竜があると言えど、ドランドルの聖戦士部隊は一騎当千の兵士たちだ。しかも彼らの財宝を運んでいるとなれば、相当な数と実力者が集まっているに違いない。


「そ、そんな所を真っ向から襲撃するのは無謀すぎます……!」

「ワルナカはここから北西に十キロ程度の場所。竜がきてることも察知し、防衛を整えているだろうし、普通に行けば、犬死にするのがオチだろうね」

「それならば――」

「そこで君の力が必要になる」


 指さされ、タウルは「え?」と目をぱちくりさせた。


「連中の主目的は、“宝を守ること”にある」


 レイモンドはそう言いながら、大きな紙を机に広げた。

 そこには門の図が描かれており、タウルにはそれが“水門の図面”であるとすぐに気付く。


「水門、ですよね?」

「ワルナカの水門は結構老朽化していてね、擁壁のひび割れや、止水用の木板の腐食が酷いんだよ」

「それ、増水したりしたらマズいんじゃ……」

「そ、激マズ。削っちゃいけない経費削り、何か起これば現場の管理責任を問う。悪いことでもしなきゃ、やってらんないね」


 やれやれと首を振るレイモンドは、すっと顔を引き締めてタウルを覗き込んだ。


「もし水門が壊れでもしたら、流れ出てゆくお魚を守るので精一杯になるね」

「ま、まさか……!?」

「殿下の弓の腕で、水門をぶち抜いて欲しい。そうすれば――」

「そんなことしたら、この街にも大量の水が流れ込むのでは!」

「あちこちに堰があるから大丈夫さ。それに責任は全部、〈タスラム〉に押しつければいい。『改修しようとしていたら、あいつらが乗っ取った』とでも言ってね。修繕費用も請求できる」


 そのためにオーミの街にやられたのか、と納得したものの、次はその術がない。

 いくら老朽化しているとは言え、この地域の水瓶と呼ばれている湖を支えている水門だ。並大抵の厚さではないだろう。

 分厚い水門の板を射抜くには、それこそ竜を射抜いた床子弩(しょうしど)レベルの弩が必要となる。


「蟻の穴から堤も崩れる、とは言いますが……」

「得物は〈セカンズ〉が開発した床子弩がある。威力は問題ないのだが――」


 レイモンドはもう一枚、設計図の上に地図を広げた。

 ワルナカの水路と建物の並びを印した地図のようだ。

 北は下弦の弧を描く池であり、そこから“こぶ”のような丸いものが四つ。それを源とした四つの川が放射線状に広がり、そしてそれに沿うように、南側に灰色の四角が連なっている。


「三本目の本川に、赤い丸印がついているのがターゲット、ってことですか?」

「そう。湖から直接川を伸ばしているのではなく、一度ため池を作って、そこから水の量を調整しているのだ」

「つまり、そこに魚がいると?」


 レイモンドは頷く。


「今が旬の、アユやモロコなども流れてくるだろうね。しかし射撃ポイントが厄介だ」


 そこからある一点に向かって、節くれ立った指を差し動かしてゆく。

 村の外周にある森の位置の中だ。縮尺的に距離は四百メートル程度ではあるが――


「あら、随分と短いのね。簡単そうじゃない」

「天上人的思考で言うのやめて……」


 シィエルの目には、ただ上空から見た直線距離ではあるが、その途中に建物が遮るように建っているのだ。

 いや、完全には遮ってはいない。地図が正確であれば、細い“筋道”がそこに繋がっている。


「こんな針の穴を通すような……」


 場所を変えて欲しい、そう言おうとした時――


「できるわ!」


 シィエルは両手でしっかりと、タウルの肩を握り締めた。


「あなたならできるわ! 何たって、地上からこの倍の高さを飛んでる竜の頭を射貫いて墜としたのよ! それに比べたら、固定物・無機物を狙うなんて何てことないじゃない!」


 その目には熱い、炎のような熱が籠もっている。

 シィエルの言葉には水を向けられるようなものがあり、あらゆるネガティブな考えを押し流し、最後には『やれる』との闘志だけが立ち残らせてくれる。

 建物の形状や角度からして、矢一本分の隙間しかないかもしれないのに、タウルは不思議とやれそうな気がし、早く射たくて堪らなくなってきていた。


「レイモンドさん――」

「な、何かね?」レイモンドは僅かに顎を引いていた。

「床子弩の整備、精度は完璧ですか?」

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