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ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
2章 水底にあるもの
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第6話 初成果と理不尽

 商売街・オーミは、許可さえあれば身分の隔てなく自由な商売することが許されている。

 タウルたちは中央広場から西出口に続く広い道の端で足を止め、荷車からみかんが入った箱を降ろした。初夏の強い日差しを避けた日陰である。

 街の西側は誰でも好きに商売ができる区であり、地べたに敷物を敷いた露店がずらりと並ぶ。また反対側の東区は国から店舗を賃借した者だけに限られるため、二人がいる場所に比べれば随分と大人しい光景が広がっていた。


「――ねぇっ、ねぇっ、これいくらで売るの!」


 初めての商いを前に、シィエルは勢い込んでタウルに訊ねる。

 天空ではすべて貴族が統括しており、露店商のような個人の商いはないようだ。


「そうだな……とりあえず、一つ中判銅貨二枚にしておこうか」


 小判銅貨十枚で大判銅貨一枚。中判銅貨十枚で大判銅貨が一枚。

 大判銅貨十枚で銀貨が一枚。銀貨十枚で金貨一枚の価値があった。

 サイズや、硬貨の質によって価値が変わってくるので一概には言えないものの、一般的には金貨三枚で中流家庭が不自由なく暮らすことができると言われている。


「よーっし、じゃんじゃん売るわよーっ!」


 看板を立て、シィエルは手を擦り合わせながら意気込んだ。


 が……十分、二十分と過ぎても、時間と人が過ぎてゆくばかりだった。

 最初は『仕方ないよね』と、笑っていたシィエルであったが、次第にその目つきが険しく、口調も荒くなってゆく――。


「ちょっと、なんで売れないのよ!」


 そしてついに、シィエルは地団駄を踏み始める。


「まぁ、一瞥すらしなければね……」

「こんないいものなのに、何で見ようともしないの!」


 その横でルトランは大あくびをした。「当然だろう」


「ここは売るに適さぬ場所だ」

「場所……?」シィエルはキョロキョロを周りを見渡した。「確かに日陰で目立ちにくいけれど、この通り全体がそうじゃない」

「品物を見るがいい。この周りで売られている物は、日用品やなどが多く食い物が少ない――あったとしても、この街の主食となっている魚や香草、香辛料などだ」


 みなはそれを求めて足を運ぶ、と続けた。


「うーん……でも、このみかんは美味しいのよ?」


 納得のゆかないシィエルに、ルトランは「見るだけでは伝わらん」と答える。


「外見が同じであれば、実際に食わねば分からん。特にこの地域の果樹は不味いとなると、果樹を見ても“そういうもの”だと考え、手をつけんだろう。美味い物を知らないのだからな」

「――この街の人は、頭と舌が悪いってこと?」

「真っ平らにして言うでない……。それに頭が悪いのは我々の方だ」

「え?」


 タウルはこれに同意するように頷いた。


「竜と獣がいる所に、近づこうとする者はいないよ」

「そういうことだ」


 ルトランが頷く。

 見ようとはするが、誰もがそそくさと、逃げるように離れてゆくのである。

 シィエルはぐるりと見渡し、やがてルトランとドゥドゥに目を向けた。


「――あなたたち、帰って」

「なんだと!?」「うぉうっ!?」

「客遠のけてるんだから、当然でしょうッ!」


 眉を吊り上げるシィエルの前で、竜と獣は互いに眉を落とした。


「竜はブレスを吐くが、竜騎妃は暴論を吐く……」

「うぉん……」

「ま、まぁまぁ……売れるか売れないかは、兄さん的にはどうでもいいからさ……」


 シィエルは鼻息を荒くし、その場にどっかりと座り込む。

 売り物のみかんに手を伸ばすと、「売らないのなら、私のものよ!」と、皮をむいてそれを口にし始めた。


「竜って強欲とか色々あるけど、その血を継ぐ竜騎妃も同様だったりする……?」

「強欲・高慢・暴虐――すべて高水準で備えているぞ」


 覚悟しておけ、と語るルトランの横で、シィエルはみかんに舌鼓を打ち続ける。

 その皮はみるみると増えてゆく。“暴食”との言葉を連想したタウルは、小さく息を吐きながら、周囲を見渡した。


(まるで売れないのもダメだし、夕方になったら人通りの多い中央付近に移動して――ん?)


 タウルは街ゆく者の何人かが、こちらを見ていることに気がついた。

 そしてその視線は、すべてある一点に集中している。


「んんーっ、やっぱり美味しいー!」


 可愛らしい仕草で唸り、美味そうにみかんを食べている――ただそれだけだ。

 しかしそれが、タウルが彼女の盗み食いを見逃していた理由でもあった。


「そ、そうか! シィエル、ちょっと耳を貸して――」


 タウルはシィエルの耳元で、こそこそと“ある提案”をした。


『ええー、売るのー……?』

『そのために持ってきたんだから……』

『んもうー……』


 シィエルは不承不承に立ち上がる。

 そして、目を向けている人の中から一人、買い物カゴを手にした少女を指さすと、


「そこのお嬢さん、よかったら一個食べてみませんかー?」


 と言って、みかんを差し出す。


「え? わ、私!?」

「そうそう! タダですので、是非どうぞー」


 背中から嫌々オーラを放ちながら、みかんを差し出した。表はそれを上手く隠している。

 少女は竜を警戒するように近づき、シィエルからみかん一房を受け取り、薄皮をむいて口に放り込んだ。

 するとたちまち、「ん!」と短い唸りと共に、少女の目が大きく見開かれた。


「美味しいっ! 夏みかんがこんな甘いなんて!」


 タウルがすかさず「そうでしょう!」と声をかける。


「何たってこれは 竜が 独 り 占 め したくなる、ノスキー国の名産品ですから!」

「ノスキー……って、あんな遠くから!? 嘘でしょうー!?」

「いいえ、本当です。この竜を使って運んできましたので」

「は、はえー……。これいくら……中判銅二枚ね、ちょっと高いけど十個頂くわ」


 銀貨二枚で支払われたそれを受け取る。

 頭を下げて少女を見送り終えるや、


「やったぁ! 売れた売れたーっ!」


 シィエルは満面の笑みを浮かべてタウルに飛びついた。


「ちょ、ちょっと、シィエル!?」

「え……あ、ご、ごめん」


 シィエルは顔を赤くして、あはは……と、ばつが悪そうに笑った。


「でも売れたね! 竜が 独 り 占 め したくなるみかんが!」

「う……で、でも、事実――むがっ!?」タウルは言い切るよりも前に、両頬をぎゅっとつねられる。

「竜は恨み深いんだよー? 特に食べ物に関してはー」

「そ、そりぇは、おうぎょんでは……?」

「色が近いからー」


 ギリギリとつねられる理不尽な痛みを感じながら、タウルは『これが竜の血か』と、考えていた。

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