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ドラゴン・フォール〈竜騎妃と弩砲の射手〉  作者: Biz
2章 水底にあるもの
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第5話 思わぬ遭遇

 タウルが危惧していたほどトラブルは起こらず、順風満帆に四日が過ぎた。

 その追い風を受けるかのように、ドゥドゥやルトランは快足に、オーミの街まで目と鼻の距離までやって来る。夜明けと共に街に入ることにし、日暮れと同時に移動を止め、川辺近くで焚き火を囲んでいた。

 揺らめく炎を眺めながら、何とか間に合いそうだと安堵の息を吐くタウルに、シィエルは不満げに唇を尖らせた。


「タウルは始める前から考えすぎなの」

「そ、そうかもしれないな……シィエルのことを甘く見ていたらしい」


 竜の適応力と同じように、彼女はすぐに地上での旅に適応したのである。

 とはいえ、賊や狼に関しては考えておいて正解と言えた。大半が竜に怖れをなしてしまうものの、中には不意打ちで矢を放つ者、夜襲を仕掛けようとした者がいたのである。

 これらはドゥドゥに襲われるか、ルトランに返り討ちにされるか、はたまたタウルが放った矢が頬を掠めるか――成功はおろか、近づけた者すらいない。

 ……ただ一人を除いては。


「フクロウがネズミを仕留められんとはな」


 荷台に広がるみかんの皮を見ながら、ルトランがわざとらしく悪態をついた。


「ま、まぁ数はたくさんあるから……」

「そ、そうよ! ケチケチしちゃだめよ!」


 みかんを気に入ったシィエルは、隙を見ては積み荷から拝借しているのだ。

 皮には油分が含まれており、乾燥させれば焚きつけにも利用できる。それ用に荷台の上に並べ、干してあるのだが……おそらく、二十個分はそこに広がっているだろう。


「食料の問題だけ、予想よりも上回っていたな」

「あ、あはは……それだけはもうちょっと考えるべきね……」


 タウルは鳥や野ウサギを狩ってくるのだが、シィエル一人で一匹丸々食べてしまうのである。

 火にかければ骨の髄までしゃぶるように、スープにすれば水のように呑む――。

 そんな気持ちのいい食べっぷりに、タウルもつい提供してしまうのも、消費が激しくなる理由の一つだった。


「でも、肉って全然味が違うのね。鹿……だっけ? あの肉は、茶色くて牙の生えた獣のと違って、柔らかくて食べやすかったわ」

「ああ、猪か。あれは確かにちょっと癖があるからね」

「次のオーミって街には、どんな食べ物があるの?」

「“水の街”って言われている街だけあって、魚が多いかな。街を横断する大水路に魚が泳いでゆき、そこから掬って料理するとか」

「へぇーっ、私、魚も好きよ!」


 目を輝かせるシィエルの横で、ルトランは「お前は口に入るなら何でも好きだろう」と呆れ返っていた。


 翌日。オーミの街が見えた頃、タウルはすれ違う商人たちの様子がおかしいと気づいた。

 その理由は分からなかったが、入り口・巨大な柵が下りるアーチ門の下、門衛に証明書を差し出した時に判明する。

 門衛たちは大きな獣と竜に立ち尽くしていたが、すぐに我に返ると、憤然と手にしていた槍を向けだし、


「お前たちは〈タスラム〉の仲間か!」


 と、しわがれた塩辛声で叫んだのである。

 これに周囲にいた者たちがざわめき始め、タウルは慌てて何のことかと訊ねた。


「我々は商売に来ただけです。えも知らぬことを揚言されては困ります!」

「やかましい! 竜や得体の知れないブサイクな獣を連れているのに、これを一介の商人だと思えというのが馬鹿な話! ワルナカとその水門を占領したと言えど、この商売街は絶対に陥落させんぞ!」

「ワルナカと水門……?」


 門衛は穂先を揺らし、『返答次第では』と言いたげに身がまえる。


「勝手なことを――!」事を荒立ててはならないとシィエルは口を閉じていたが、あまりに身勝手な言い草に口を歪めた。そして竜騎妃の感情に呼応するかのように、ルトランも頭をもたげる。一触即発の空気が漂い始めたその時――


『まぁ、待て待て』


 傍にある詰め所から、軽い男の声がした。

 そしてそこから、ゆらりと門衛と同じ黒い軍服を着た男が現れる。


「レ、レイモンド様っ!?」


 タウルたちは『レイモンドって確か……』と、覚えのある名前に目をパチパチさせている間に、その男は真っ直ぐこちらに向かい、門衛の前でピッと胸を張った。


「書類を見れば、我々の味方だと分かるはずだよ」


 わざとらしい口ぶりで言うと、やんわりとした笑みをタウルへと向けた。


「でしょう? ノスキー国・大公タウル・マルジュ殿下――」

「な、なんですと!?」それを聞いて門衛は飛び上がった。「まさか、ザラム様の……!」


 痩せ型の長身であるが筋肉がついた体躯、顔は一言で言えば色男である。……が、その雰囲気はただの男ではない。兄・ザラムに似た“悪のオーラ”をタウルは感じ取っていた。


「あなたが兄の言っていた……。いやしかし、ワルナカで会うようにと指示されたのですが……」

「それが少々難儀な話になっていてね……我々が守っていたワルナカは、数週間前、突如としてやって来た無頼漢に奪われてしまったのだよ」

「な、何ですって!?」


 軟派な口調に対し、内容はとんでもないものだった。

 ワルナカ・オーミ――この二つを所有するコネシー国は、豊かな水を活かした農業と漁業が盛んな地であるのと同時に、軍備の方も充実している国のはずである。

 一つの自慢としていた彼らの軍が、あっさりと陥落したと言うのだ。


「レイモンド様ッ! ノスキー国の大公殿下とは、ま、誠でございますかっ!?」

「だーから書類を見たまえ。――尤も、私は見ずとも“あるスジ”からの情報により、事前にキャッチしていたがね。『ウチのモンが邪魔者を始末しに行く』と」


 まさか竜だとは知り得もしなかったが、とルトランを見ながら肩をすくめる。

 これにルトランは目を据わらせ、頭部を高く持ち上げた。


「我は争いをしにきたわけではない」

「それは積み荷を見れば分かるさ。ああそうだ積み荷で思い出した――その塩塊は私ら宛てだから、ここで受け取ってゆくよ」


 レイモンドは門衛たちに命じ、白い塊を回収させてゆく。

 すべて運び込まれたのを確かめると、続けて通行と商いの許可証にサインをし、門の向こうへと導いてくれた――。


「……地上も天空も、男は同じなのかしら?」


 シィエルは後ろの門が閉じられたのを確認すると、鬱陶しげなため息を吐く。


「惚れたか?」ルトランが軽口を叩くと、シィエルは竜の背を殴った。「逆よ!」

「言い寄られてもお断り。あの手の男は、女を道具にしか見ないもの」

「ようやく人を見る目が養われてきたか。あれは特に人や女を(たぶら)かす。奴の言葉に、多く耳を貸すな」

「心配無用。一言も貸す気はないわ」

「タウルには素直なので心配していたが、それを聞いて安心した」

「た、タウルは関係ないでしょうっ!」


 ルトランが大きく笑うと、正面の人の壁が大きく左右に分かれた。

 タウルもこれには苦笑を浮かべたが、そのレイモンドや門衛たちの言葉が、妙に気にかかっている。


「ワルナカが陥落、水門が占領されたと言っていたけれど……。まさか街の水が支配されているのか?」

「え、そうなの?」シィエルは首を伸ばし、水路の方を見た。「確かに“水の街”と言うには水の量も、並ぶ店もチャチね」


 豊富に流れる水の路が、“水の街”と呼ばれる所以(ゆえん)でもある。しかし街中を駆け巡る水路の水位は今、異様に低く、商人たちが並べる品物も魚が少ないのである。

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