智将の慨嘆
碧の大将軍である棟凱は、現在旧白領に腰を落ち着けて、新たに碧の国に組み込まれた土地の調査と戸籍作成、碧の法の周知と施行といった統治策を行い、これらの土地の安定を図っていた。漸く、旧白領も落ち着き、碧の統治に慣れてきた頃合いである。
そんな時だった。
都からの急使が、その報せをもたらしたのは。
報せを聞いた棟凱は、一声呻いて沈黙した。
長い間そのまま微動だにしなかった彼は、やがて深い溜息を吐く。そして、副官を呼んだ。
大司徒の副官は、棟凱の甥に当たる。
「都に使いを出し、贏に伝えよ」
贏とは、棟凱の長男の名である。棟家の次代当主となるべき彼は、現在司冦府で高い地位に就いている。
「わしは病に臥せる。棟家は門を閉じよ」
その言葉を聞いた副官は、一瞬ぽかんとした。それから、慌てて問い返す。
「や、病ですか?門を閉じよとは一体……」
「家を保つ為じゃ」
棟凱は幾分投げやりに言った。常に生気に満ち若々しく見えていた顔が、めっきり老け込んだようである。
「十数年前と同じ……粛清の嵐が吹き荒れる。巻き込まれてはならぬ」
「は……」
未だ納得できない様子の副官に、棟凱は手を振った。
「よいから行け。わからぬなら敏に訊くがよい。あれは心得ておる筈じゃ」
それだけ言って、横を向いてしまう。副官は仕方なく一礼して下がり、言われた通りに使いを送った。意味がわからなければ棟敏に問うようにという伝言も添えて。
「鴻宵誅殺、か……」
一人残った棟凱は、小さく呟いた。
「惜しい男を亡くした……碧の天下が、遠のいてしもうたのう」
その嘆きを、聞くものはいない。