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戦友の激昂

 鴻宵の身に変事が起こって、三日後。

 夜を日に継いで駆け続けてきた早馬が、蒼浪(そうろう)の邑に転がり込んだ。


「秋公子!」

 頼俸(らいほう)が顔色を変えて駆け込んできた時、函朔(かんさく)秋伊(しゅうい)に武芸の稽古をつけていた。

「どうした、頼俸。血相を変えて」

 秋伊が棒を置き、問いかける。函朔は訓練用の武器を纏め、片付けようと持ち上げた。


「鴻将軍が……鴻将軍が誅殺されました!」

 がらん、と乾いた音がした。函朔の腕から、棒が零れ落ちたのである。

「誅……殺……?」

 秋伊の唇から、細い声が漏れる。その言葉を正確に理解した瞬間、函朔は手にした武器を放り出して頼俸に詰め寄っていた。

「誅殺ってどういうことだ!罪状は……!」

「どうか落ち着いてくだされ!」

 そう言う頼俸の声も、半ば悲鳴に近い。

「罪状は絽涯両氏の殺害となっております」

「馬鹿な」

 秋伊が、低く呟いて首を振った。

「戦場で人を殺さぬ鴻宵に、そのようなことができる筈がない。陥れられたのだ」

 道理である。


 落ち込んだ様子の秋伊を見て少し冷静さを取り戻した函朔は、頼俸に問う。

「何で鴻宵が犯人だなんてことになったんだ?」

 頼俸は困惑げに手にした書簡を握り締めた。

「それが……涯氏の屋敷は異常に激しく燃えたらしく、犯人は方士であろうと」

 函朔と秋伊は思わず顔を見合わせる。この、流れは。

「そして……鴻将軍は朱宿である、と」

 頼俸が信じられないといった体で告げた言葉に、函朔は短く呻き、秋伊は俯いた。

「またか」

 函朔の口から呟きが零れる。

「またあの罪が、あいつを追い詰めたのか……」

 かつて、朱宿の名が原因で鴻宵は白の牢に囚われ、処刑されかけた。再び、その名によって罪されたのか。


 やや冷静さを取り戻した函朔は、素早く耳を澄まし周囲の精霊達の様子を窺った。言われてみれば、元気は無い。だが「あの時」のような号泣には至っていなかった。

「とにかく、お二人はどこかに身をお隠しくだされ」

 頼俸が二人を促す。

「将軍が誅殺された以上、この邑も他人のものとなりましょう。もはや秋公子の安全を保証しかねます。お逃げくだされ」

 彼の言葉に応えるように、何人かの役人が路銀と食料を運んできた。秋伊が頼俸を見上げる。

「邑宰どのは、どうなさるのか」

 問いを受けた頼俸は、にこりと笑った。

「私はこの邑を将軍よりお預かりしました。任を解かれるまでは、この邑と共に在るのが務め。その先のことは、わかりませぬ」

 秋伊と函朔は、黙って頼俸に頭を下げた。名残惜しげな秋伊を、函朔が促す。


「一つだけ、言っとく」

 去り際に、函朔は言葉を残した。

「鴻宵は、まだ死んだと決まったわけじゃない」

 目を見開く頼俸に別れを告げ、秋伊とともに馬に乗る。


 そう、まだ死んだと決まったわけではない。

 精霊達の嘆きは深くない。きっと、どこかで生きている筈だ。

 だからこそ、まだ冷静でいられる。それでも腹の底は、煮え返っているけれど。


「これからどうする」

 不安げな秋伊に、函朔は北を指差した。

「ひとまず、国境を越えるのが安全でしょう。人目につかない山中で様子を見ます」

 幸い、蒼浪は国境にほど近い邑だ。山の中を通れば、すぐに碧を出られる。


「函朔……平気か?」

 秋伊が気遣わしげに声をかけた。彼は、函朔が鴻宵と親しかったことを理解している。少しだけ怒りを見せてからすぐに冷静さを取り戻した函朔の様子に、却って不安を感じていた。

 函朔はそんな主君の問いに、やや表情を和らげた。

「ご心配なく。俺は鴻宵が死んだとは思っておりません」

 但し、と呟いて、拳を握り締める。

「あいつを追い詰めた連中を、赦しません……絶対に」

 それは静かな怒りだった。どちらかというと直情的な函朔には珍しい、内に秘められた怒りである。故にこそ秋伊は、その憤りの激しさを理解した。


「行きましょう」

 函朔が馬を進める。

 秋伊はそれに続きながら、蒼浪に向かってぺこりと頭を下げた。


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