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英主の変貌

 若い頃は、英主と呼ばれた。

 臣下達の意見をよく聞き、国政に取り入れた。ともすれば権勢を争いがちな大族の棟、叙両家を平等に取り立てて争いを防ぎ、和睦させた。軍事にも大過無く、紀春覇が活躍を始めてからは大国昏とすら互角に戦った。


 悔いがあるとすれば、前の太子が引き起こした乱に対して何もできなかった事だった。

 彼には太子の心情が理解できた。追い詰めてしまったことを申し訳無くも思った。

 だからこそ、わからなくなったのだ。自分は一体、どうするべきなのか。太子を支援すべきなのか、処罰すべきなのか。太子と、他の王族達と、一体どちらを生かせばよいのか。


 彼が迷っている間に、彼の血族は血みどろの争いを繰り広げた。突如吹き荒れた嵐に、殆どの者達は為す術もなく斃れた。

 最後に残ったのは、まだ成人もしていない蒼凌と幼い春覇。誰もが、この乱は太子の勝利で終結すると考えた。

 しかし全てが終わった後、王の前に立ったのは蒼凌だった。まだ幼い痩躯にべったりと血を帯びたまま、彼は王の前に現れたのである。


 そして彼は言った。

「お初にお目にかかります、父上」

 その瞬間に王が感じたのは、紛れもない恐怖だった。


 自分の子であるにも関わらず、王はこの子と直接顔を合わせたことがなかったのである。彼の母は棟氏の傍系に連なる中流の家系の出で、あまり重視される夫人ではなかったし、彼が幼い頃に亡くなっている。継承順位の低い彼に王は興味を示さず、ついに会うこともないままここまで来た。


 思えば、前太子もまた、父を信じられなかったが故にあの乱を起こしたと言えなくもない。

 自分の我が子に対する接し方は、不十分だったのではないか。


 負い目を感じた王は、蒼凌が落ち着いてくると彼に政務を任せるようになった。自分の体の弱さが不安でもあったし、これまで構わなかった償いとして信頼を見せたかったのだ。

 また、これまでの反省から、王は子を愛することを考え始めた。そしてその対象になったのが、乱が鎮静した後に生まれた公子詠翠なのである。


 結果は、王の子に対する偏愛となって顕れた。

 王は次第に、何を考えているのか今一読みにくい蒼凌よりも、率直な詠翠に親しみを覚え、可愛がるようになったのである。無論、詠翠の母である王妃が後押ししたのも大きいが、遠因はやはり前太子の乱にある。


 脳裏から離れないのだ。

 あの時、兄の血を纏ったまま眼前に現れた蒼凌の、感情を押し籠めたような冷たい瞳が。



「申し上げます」

 内宮の門番から注進が届く。

「詠公子が謁見をお望みです」

 碧王は眉を寄せた。詠翠は恐らく、王を諫めに来たのに違いない。彼は最近とみに兄である蒼凌や鴻宵に同情的である。

「会わぬ」

 王は不機嫌に言った。

「通すな。帰らせよ」

 兵士に言いつけて下がらせる。

 今は詠翠に会う気は無かった。侍臣が出て行って間もなく、宮の外から詠翠の声が響いてくる。今は詠翠も平静を欠いているのだ、と内心で呟いた。ほとぼりが冷めれば、詠翠も自分の為すべきことを理解するであろう。


 王はゆっくりと天を仰いだ。

 実のところ当初、太子側についているとはいえ鴻宵を殺すつもりなどなかった。太子に与し詠翠に余計な影響を与えることを不快に感じ、信任できなくなりこそすれ、国の為に戦うという一面においてはその価値を王も確かに認めていた。

 碧に仕えて三年、その功績は及ぶ者なく、またその人柄が本質的に誠実であることも、決して愚かではない碧王は感じ取っていたのである。


 しかしだからこそ、その裏切りが赦せなかった。国の為に真っ直ぐ前を見ているふりをして、政争の為に王の側近を焼き払うとは、なんという姑息、なんという奸悪であろう。

 故に碧王は鴻宵の誅殺に踏み切らずにいられなかった。そしてその与党である蒼凌と春覇も許すわけにはいかなくなった。

 たとえその行いが昏に付け入る隙を与えることになったとしても、である。


 そして今、国は揺らぎ始めた。あと数日もすれば鴻宵誅殺の報が国中に広まり、さらに大きな反響が訪れることだろう。蒼凌や春覇、鴻宵と懇意にしていた棟氏がどう出るか。鴻宵の指揮下にあった右軍が素直に従うか。そして、昏がどう出てくるか。


 ふう、と王は息を吐いた。

 嘗ての英主は、全身から疲労感を滲ませて、王座にただただ深く腰掛けていた。


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