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目的

黒零の乱入のお陰で、私と蕃旋は望まない殺し合いを演じることを免れた。しかし、何故ここに、というのが、私の正直な感想だ。


「黒零……どうして」

「こら待てお前!勝手に行動すんな!」

黒零の後ろから、誰かの怒鳴り声が聞こえる。兵士のものらしき怒号も聞こえた。

黒零は慌てず騒がず振り返り、背後に声をかける。


「済まぬ。火急の用であったのでな」

「よその軍のど真ん中で勝手に走り出す奴があるか!殺されても文句言えねえぞ!」


何だか聞き慣れた声のような気がするのだけれど。


「まあ、そう怒鳴るでない。それより、朗報があるぞ。見てみよ」

「あ?」

幕舎の入り口の布が、ややぞんざいに跳ね上げられる。胡乱げにこちらを覗き込んできた顔は、やはり声同様に見慣れたものだった。

鳶色の瞳が私を捉え、大きく見開かれる。


「っ……鴻宵!?」

驚きを顕に一歩踏み込んできたその背には、小柄な少年が背負われていた。


「函朔、無事だったか。秋伊は……なんだか、元気が無いな」

函朔の背でぐったりとしていた秋伊は、私を見て目を瞠り、それからふわりと暖かい笑みを見せた。


「大事ない。それより、よく生きていてくれた」

「うん、ありがとう。具合が悪いのか?」

私と言葉を交わしながらも、秋伊は函朔の肩に頬を預けたままだ。顔色も、お世辞にも良いとは言えない。

私の問いに、彼は少し苦笑した。


「少し、足を捻ったようなのだ。それより……」

秋伊は私の足元に目をやり、困ったように微笑んだ。


「そなたの方こそ、冷たくはないか」

「だいたい、なんでお前まで凍ってんだよ」


それだ。


函朔が口を挟んだ通り、地面に膝をついていた私は、両足を地面もろともに凍らされていた。


じっとりとした視線が、黒零に集まる。


「む?幕舎の中がどうなっておるのかわからなかったのでな。こうでもせねば止められなかった」

当の黒零は気にした風もなく、あっさりと言い放った。

私は何だか脱力しながら、その辺りでおどおどしていた炎精霊に頼んで氷を溶かしてもらう。

ほぼ時を同じくして、蕃旋も炎精霊の力を借りて氷を溶かした。黒零は、蕃旋がこれ以上凶行に走るとは思っていないのだろう。黙ってその様子を見ていた。


私も、特に心配はしていなかった。蕃旋は、決して本心から私を殺したいわけではない。黒零が止めに現れた今、少なくともこの場は退くだろうと思った。

思ってしまった。


氷から解放されて立ち上がろうとした瞬間、肩を掴まれて引き寄せられる。あっと思う間もなく、私はバランスを崩して後ろへ倒れ込んだ。しかし、すぐに背中に固いものがぶつかって、私を受け止める。それが蕃旋の胸板だと気づく頃には、私の首に腕が回され、白刃が首筋にひたりと押し付けられていた。


「蕃旋!」

黒零が咎めるように叫ぶ。

蕃旋は、低い声で言った。


「悪い……黒零、お前には俺と一緒に来て欲しい」

要求は、私の命と引き換えということだろう。刃の冷たさを感じながら、私はじっと様子を伺った。


「……蕃旋」

黒零が溜息をつく。

「そのようなことをせずとも、必要なのであれば吾はお前とともに行く。鴻宵を放すがよい」


確かに、黒零と蕃旋の関係性を考えれば、黒零に同行を求めるのに人質を取る必要など無いはずだ。実際、黒零は要求に応じると言っている。

しかし蕃旋が私を解放する気配はなく、却って私の首に回された腕に力がこもった。


「……黒零だけじゃ、ないんだ」

おとなしく動かずにいた私は、蕃旋の手が震えていることに気づいた。

「覇姫にも、来てもらう」


黒零と、春覇。

その二人を連れていくと、蕃旋は言う。


「覇姫……?」

黒零は訝しげに眉を寄せた。何故春覇の名が出るのかわからないのだろう。

確かに、蕃旋と春覇の間に、接点というほどのものはない。

だが。


「……五国方士、か?」

私がたどり着いたのと同じ推論を、函朔が口にした。


五国方士。

五国に一人ずつ現れた、傑出した力を持った方士達。

嘗てそこに数えられたのは、碧の覇姫、紅の炎狂、橙の轟狼、白の刃仙、昏の氷神の五人だった。そのうち、白の刃仙は逝去し、昏の氷神は守護神玄武であったことが暴かれた。代わって昏に現れた方士が黒零なのだ。


「五国方士……。そんなものを集めて、どうしようと言うのだ」

黒零が問う。蕃旋は苦々しげに答えた。

「俺も、詳しいことは知らない。でも、来てもらわなきゃならないんだ」

そう言って、見せつけるように私の首筋に刃を押し付ける。丹念に研がれた鋭い刀が、巻かれていた包帯をふつりと断ち切った。


「鴻宵!」

「大丈夫だ」

青ざめる秋伊を宥め、私はゆっくりと腕をあげて蕃旋の腕に添えた。


「蕃旋」

その腕は、微かに震えていて。

「姉さんは、どうした?」

私の問いに、あからさまな程に強張った。


「そういえば……」

私の言葉を聞いて、黒零も異常に気づいた。

いつも蕃旋の肩に止まっていた烏がいない。あれは蕃旋の姉で、蕃旋を時に叱り、時に導く家族だった筈だ。


「……覇姫を連れて来い」

蕃旋が、低い声で要求する。

「傷つけたくはないんだ。鴻宵も、……姉さんも」


蕃旋は追い詰められて私を人質に取るような真似をしたのだ。

大切な存在の命がかかっているから。


その事情を察した私たちの間に、重苦しい沈黙が降りる。脅しに屈したくはない、だが同情もするし、実際に人質に危害を加えられるのも困る。

誰もが決断できないまま、私の首に添えられた白刃を睨んでいた。


「……覇姫を呼んでくれ」

沈黙を破ったのは、黒零だった。背後で様子を窺っていた兵士を顧みて、簡潔に要求する。


「し、しかし……」

「吾が責任を取る。まずは本人に来てもらわねばどうにもなるまい」

渋る兵士を促して、黒零はこちらに視線を戻した。私は視線だけで頷いて見せる。


春覇が連れ去られるのをよしとするつもりはない。しかし、蕃旋を見捨てることもまた、私にはできなかった。

だから私は、春覇本人に選択を委ねる。

卑怯な逃げだと、承知しながらも。


私が同意したのを見てとって、兵士が駆け出す。

気まずい沈黙の中、私は秋伊に目を向けた。


「函朔、秋伊の顔色が悪い。そこの寝台を使っていいから、寝かせてやれ」

「おう、悪いな」

「い、いや、私は大丈夫だ!」

私の提案に函朔は素直に頷いたが、当の秋伊が異を唱えた。

「この状況で寝台を借りられるほど、私も厚顔ではない」

「でも、酷い顔色だ」


私は医者ではないから正確な見立てができるわけではないが、たぶん秋伊は熱を出している。それも、病気ではなく、怪我からくる熱だ。怪我に関しては無駄に経験があるので、想像がつく。


結局、軽い押し問答の末、函朔が幕舎の隅に備えてあった予備の敷布を地面に敷いて秋伊を座らせた。


ほどなく、幕舎の入口が開く。春覇を呼んできたにしてはやけに早いなと思ったら、入ってきたのは蒼凌だった。蕃旋に捕らえられたままの私を見ても特に驚かずに舌打ちしただけだったということは、状況については誰かから報告を受けているのだろう。

っていうか、舌打ち。

素が出てますけど!


「事のあらましは聞いた。完全にこいつの不手際だな」

ひょいと持ち上げられた片手には、子狼が首根っこを持って吊り下げられていた。宙吊りで俯いたまま、子狼がきゅぅんと鳴く。


「その持ち方はちょっとかわいそうなんじゃ……」

「あのな。こいつはお前の護衛も伝令も果たせずにそこで烏と戯れていたんだぞ。兵士なら極刑ものだ」

正論だけど!

絵面的にちょっとどうかと思うんだ。


吊り下げられたままの子狼に同情を禁じ得ずにいると、蒼凌の後ろからするりと幕舎に入り込んだ人影がその手から子狼を奪った。


「赦してあげて、とは言えないけど、ここは抑えてちょうだい。手が足りないからって、こんな幼い仔に任せた私達の責任でもあるんだから」

檄琅だ。子狼をちゃんと両手で抱いた彼女は、子狼と目を合わせた。口許は笑顔なのに、目が全く笑っていない。


「この子には後で、群の中で相応のお仕置きをするわ」

狼怖い。


何となく緊張感が不足しているが、私の身は未だ蕃旋に拘束されたままだし、白刃に触れた首筋からは血が滲み、ピリピリと痛む。蒼凌は不機嫌を隠そうともせずにその状況を一瞥すると、蕃旋を冷たい目で睨んだ。


「何が目的だ。春覇をどこへ連れて行く」

蕃旋の腕に力が籠る。

それは、私を拘束している筈なのに、まるですがるようですらあった。


「……詳しいことは、俺も知らない」

蕃旋は絞り出すように言った。

「ただ、五国方士を集めていて、俺はそのうち黒零と覇姫を連れてくるよう言われた。それだけだ」


五国方士。

やはり、目的はそれか。


「五国方士……そんなものを集めてなんとする」

黒零は訝しげだ。

五国方士は確かに普通の人間に比べれば、絶大な力を持っている。だが、彼らも万能ではない。数に圧されれば敗れることもある、同じ人間なのだ。黒零は当事者だけにそれをよくわかっている。方士を手に入れれば国の頽勢を覆すことができるなんて夢を見ている橙政府とは違う。


「……目的は、知らない」

事実、知らされていないのだろう。蕃旋の声が沈む。


そうしているうちに、報せを受けた春覇が駆け付ける。当たり前のように、その後ろには章軌が付き従っていた。

春覇は首筋に刃をつきつけられた私の姿を見て眉を寄せる。

檄琅がすぐに側に寄って、手短に事情を説明した。

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