旅路
暫くは不審に思われないよう敢えて堂々と行動していた沃縁は、しかし徐々に進路を西へずらし、国境に近い街道を歩くようにした。苫を連れている為である。
女連れの旅人というのはそれだけで目立つことを避けられない。それに、沃縁一人ならば正体が露見しても逃げる手だてがあるが、苫がいては難しいという事情もある。
「一度橙へ抜けるのが無難でしょうが……」
苫と共に旅の兄妹を装いながら、沃縁はちらりと西へ目をやった。そちらには、橙との国境がある。
しかし、各街での取り調べが厳しくなるのに呼応して、国境の関所や通り抜け可能な要所に検問が置かれるようになった。その対象に自身が入っていることを、沃縁は既に承知していた。
他に、屋敷を脱して逃げたという鴻家の家臣達と、蒼浪にいた筈の秋伊と函朔も対象となっているようである。
「やはり、寝返った者がいるとしか考えられませんね」
沃縁は冷たい声で呟くと、ちらりと苫に視線をやった。苫は蒼白な顔色で、沃縁の袖をきゅっと握り締めている。
「……大丈夫ですよ」
沃縁は声音を和らげ、苫の頭に手を載せた。ほだされたわけではない。ただ保護者として、沃縁は苫を不安にさせておくわけにはいかなかった。その辺りの責任感は、人一倍強い男なのである。
「碧領内をうろうろするのは危険になってきました。都で情報を集めるのは無理そうですね」
だが、これまでに幾らか集まった情報が無いではない。鴻宵の罪状がどう発表されたか、太子と覇姫がどう動いたか、碧王の動向、といった基本的な情報は、既に手に入れている。
沃縁は頭の中で、それらの情報を整理した。苫と二人で行動するには限界があるので、誰かと合流したいところだが、内通者の存在が問題となる。ここで、沃縁は函朔とは正反対の考え方をした。
すなわち、函朔は信用できる者を探し、沃縁は裏切り者が誰かを考えたのである。
「火を使う方士、か……」
鴻宵に疑いがかけられた、王の側近の不審死。炎狂は神殿に居たのが確認されたとのことで、朱宿であったことが暴かれた鴻宵が怪しまれた。
だが、沃縁は知っている。五国方士に勝るとも劣らない炎を操ることのできる、鴻宵以外の方士を。
「何故、という疑問はありますが」
呟いて、沃縁は厳しい目で前方を見据えた。
「そんなもの、いずれ本人を捕まえて問い質せばいい」
そう割りきった沃縁の頭は、既に今後の行動に思考を移している。
「北を目指しましょう」
苫の背に掌を当て、前進を促す。
「橙に入っても捕まる恐れがあります。昏に逃れるのが一番確実でしょう。それに」
周囲の目に気を配りながら、二人は歩き続ける。思わぬ長旅となってしまい苫にとっては厳しい行程だろうが、自ら望んだのだから耐えて貰うしかない。実際、苫は弱音一つ吐かず、足を止めることもなく頑張っていた。
「皆北へ向かう筈です。特に北部の邑に居た函朔さん達は間違いなく昏を目指すでしょう」
恐らく政府に逃走先を読まれているだろう状況下で、国境を抜けられるかどうかはまた別の話ではあるが。
「うまくすると合流できるかも知れません。長旅になりますが、頑張れますね」
沃縁の問いに、苫はしっかりと頷くことで答えた。




