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二将

夜が明ける。


朝食を終え、一通り属将と事務的なやりとりをした敍寧は、担当の官が刻限を告げるのを聞いて幕舎を出た。

佐将の騰藍と幾らかの護衛を連れ、馬に乗る。

馬を進めながらも、敍寧はどこか上の空だった。頭の中では、ひっきりなしに議論が繰り広げられている。


果たしてこの会合に応じるべきなのか、王に内通を疑われはしまいか、いやいやこれは状況を確認しに行くだけだ、そもそも太子と王に和解の余地があるならばそれに越したことはないのだから、太子と対話することは悪いことではない筈だ、しかし……。


思考はぐるぐるとめぐり、明確な答えは出ない。

敍寧が思わず溜め息を吐きそうになったとき、部下に声をかけられた。顔をあげると、部下の示す先に、自分達と同規模の騎兵が見える。

その先頭にいる人物を見て、敍寧は早足になった。

「これは棟将軍。あなたも太子との会合に」

「うむ。敍将軍、良いところで会いましたな」

棟凱はちらりと互いの供回りに視線を流すと、敍寧に目配せした。

敍寧は頷いて、供回りの者達にその場で待機するよう命じ、棟凱と二人だけでやや離れた場所に移動した。


「敍将軍、昨日左軍の前に鴻将軍が現れたという噂を耳にしたのですが……」

棟凱が低い声で切り出す。

「私は見ておりませんが、騰藍が見たと。恐らく、間違い無いでしょう」

騰藍は敍寧の佐将であるから、当然鴻宵と間近に顔を合わせる機会もそこそこ多かった。一般の兵士ならばいざ知らず、彼が見誤るとは考え難い。

「ふむ……」

棟凱は何やら考え込んでいるようだった。敍寧は続ける。

「何にせよ、一度この目で確かめてみようとこの会合に応じた次第で……棟将軍も同じでは?」

「うむ。わしも、この目で見てみぬことには何とも言えませぬからな」


一見敍寧に同意したように見えて、棟凱の回答は微妙にずれている。

この老将の目的は、単純に鴻宵生存の真偽を確かめる事のみではないようだった。


「敍将軍」

棟凱の目が、鋭く光る。

「蒼太子が逐われ、詠公子は行方不明……敍将軍は、これからどうすべきじゃと思われますかな?」


敍寧は息を呑んだ。棟凱は際どい問いを発してきている。

「……王の、ご意志に」

「真に従うのか?それで良いのか?」

棟凱の追究は厳しい。

それに対し、敍寧も表情に厳粛さを加えた。

「棟将軍は王命に逆らうおつもりか」

「我らのように前線に居る者にとって、王命が正しいとは限らぬ」

戦場においては、将は王命にも受けざるところありと言われる。

しかし問題が既にこの場に留まるものではないことは、二人とも承知していた。


「わしとて要らぬ波風は立てたくない」

しかし、と言葉を継いで、棟凱は腕を組む。

「我らが考えるべきは王の為なのか、国の為なのか……決めねばならぬ時にきているのやもしれぬ」


それは碧の良識ある大夫達が誰もが一度は考えたであろう問題だった。

敍寧もその一人であり、未だ答えは出せずにいる。

「……棟将軍は、どのようにお考えか」

よって、敍寧は反問することで答えを避けた。棟凱は苦い顔をする。

「国の次代を考えれば、蒼太子を立てるべきであろう。しかしその前に、太子ご本人の意図を確かめねばならん」

「意図?」

その言葉の示すところをつかみ損ねた敍寧が聞き返す。棟凱は思案げに髭を撫でた。

「王との軋轢にどう決着をつけるおつもりか、あのお方が真に国の為に動いてくださるのか」


蒼凌が父王から受けた仕打ちは、相当のものである。それにより蒼凌が復讐の念に駆られるようであれば、彼を立てることは考え直さなければならない。また、噂になっている鴻宵の件もある。


「何はともあれこの会合で、太子の意図と鴻宵生存の真偽を確かめねば始まらぬ。特に後者は、軽軽には明かされまい」

「危険が大きすぎますからな」

一つには、鴻宵が太子に付いたことが明らかになれば、太子に父王に逆らう意志があることが明確になってしまう。

またもう一つには、単純に鴻宵の存在を隠しておいた方が戦術上有利である為だ。


どれだけ手の内を引き出せるか。

それが肝要である。


頷き合って馬首を返した二人の将軍であったが、棟凱の頭は未だもう一つの問題をめぐって目まぐるしく回転していた。

彼は太子側の戦力を計算しているのだ。


元々太子に従って都を出た兵は狐狼が二百程度に人間が三百、計五百ほど。

主だった指揮官は太子蒼凌をはじめとして覇姫紀春覇、狐狼を率いる章軌、それに下大夫の狛氏。

これだけならば、到底都から差し向けられた兵力には対抗出来ない。


しかし、そこに鴻宵が加わるとなれば、どうか。

鴻宵が朱宿であるという情報が真実であれば、五国方士に勝るとも劣らない力を持っている可能性がある。

それでなくとも、彼は今は落魄の身とはいえ、元右軍の将である。最悪、右軍がそちらに付くこともあり得る。

そうなれば、兵力が逆転することこそないものの、かなり厄介な相手となることは間違いない。

何しろ、鴻宵は寡兵で以て大軍の急所を抉り出すことに長けている。我が弟子ながら油断のならない男だ。


そしてそうなった時、政府に対抗しうる力を持った太子を前に、自分達は果たしてどう出るべきなのか。


全く力の無いうちは、こちらが助力してもどうにもならないのだから、飽くまで王の側に立ちつつ最低限の手助けをするくらいしかできなかった。だがもしも太子の勢力がこれ以上増えれば、王権の転覆すら可能になるかも知れない。

国の為に、何を選択すべきか。

さしもの老将も、迷わざるを得なかった。


とはいえ、まず目前のなすべきことは、先程敍寧とともに確認した通りである。

太子の勢力と意図に関する情報を引き出し、隠匿されるであろう鴻宵生存の真偽を明らかにすること。


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