公子
私達が休んでいる間、檄琅と恵玲が中心となり、章軌率いる狐狼達と連携しながら警備をしてくれていたらしい。
「幸い、距離が離れているお陰でこちらの現状は今のところ昏軍には漏れていないわ。多分、中軍が押さえてくれているのね」
昏軍にこちらの変化を知られて介入されると面倒なことになる。出来るだけ隙を見せないように片付けたい。
「中軍と左軍へ出した使者は、いずれも了承の返事を受け取って来た。明日にでも会談を行う」
一緒に焚き火を囲んで食事を摂りながら、報告と情報交換を行う。恵玲は狼達を連れて哨戒中らしいので、この場にいるのは蒼凌と私、檄琅、春覇と章軌、蒼凌の為に兵を出してくれた狛氏、そして頑なに席に着こうとせずに控えている漣瑛だ。
「棟将軍はともかく、敍将軍がよく素直に応じたな」
私は思わず呟いた。
「棟将軍あたりに比べると少々小物なのは否めないがそれなりの判断力は持っているし、何より身分に拘る分、王室への忠誠心は確かだ。この国の次代の為にどう動くべきか、己で考え始めたということだろう」
結構容赦ないことをさらりと口にしながら、春覇が私の疑問に答える。その傍らに座る章軌の瞳は、焚き火の光を受けて鮮やかな金色に輝いていた。
「うまくすれば左軍を昏軍に向かわせられる」
春覇が続けた一言に、私はちょっと苦笑した。
「甘いな、春覇は」
この一言を言ったのは、私ではない。
一番言いそうな蒼凌でもなかった。
「どういうことだ、章軌」
純粋にその言葉の意味を訝っている春覇とは違い、私達は別の意味で顔を見合わせた。
「珍しいな、章軌がそういう風に言うのは……」
蒼凌が皆の思いを代表する。
章軌は春覇の椀に茶を注いでやりながら事も無げに答えた。
「従者でいるのはやめにした」
私達はもう一度顔を見合わせる。
「その件はいい。それより、私が甘いとはどういう意味だ」
春覇が仕切り直す。
真面目な顔をしているのに、その耳がほんの少し赤いのに気がついて、私は少しにやけそうになった。すかさず春覇に睨まれたのですぐに表情を引き締めたけれど。
「……うまくすれば、などという甘いことを、蒼凌はしない」
章軌は淡々と答える。
「左軍は退く。中軍に右軍が加われば昏軍は押さえられる。もはや問題は都にしか無い」
そういうことだ。
会談に応じたということは、敍寧にはこちらの話を聞く気がある。
話を聞く気があるならば、必ず説得できる。中軍は言わずもがなだ。
都の情勢も急を要するようだし、左軍を退かせるだけの材料はある。蒼凌達への攻撃を止めた左軍は、昏軍へ向かうよりは引き上げる可能性が高いだろう。そろそろ都の高官も、誰かしら橙の不穏な動きに気付く筈だ。都が軍事的に空であるのを憂えて一軍を呼び戻す公算が高い。
中軍の棟将軍は最も手強い昏軍の前から動かせないから、呼び戻すとしたら左軍だろう。そして右軍は檄渓がどうにかするに違いない。
となれば、ここでの攻防は生き残った我々の勝利だ。
「そして、詠公子が都へお帰りになればひとまず王は落ち着くだろう」
できれば早い方がいいのだが、会談の時に詠翠もいた方が将軍達の説得が容易いだろうから、会談が終わり次第ということになる。
「危険ではありませんか」
詠翠の後ろに控えていた索興が、思わずといったふうに口を挟んだ。
詠翠の従者としてともに襲撃を受けた彼は、主君を守る力が不足していることを痛感したのだろう。実際、正直に言えば索興だけでは心もとない。
「それについては考えてあるよ。常時数匹の狼を声の届くところに待機させてくれるように頼んである。宮中に入ったら大柄な狼が潜むわけにはいかないけれど、子狼ならどこにでも潜り込める。すぐに助けを呼べるよう手配する」
それに、宮中で相手が仕掛けてくる可能性は低いだろうというのが私の見解だった。
詠翠に手を出すことは碧王の地雷を踏み抜くことに等しい。群臣を味方に付けてもいない者が宮中で詠翠を害するなんて自殺行為だ。
「但し、私も相手のことをよく知っているわけではない。気は抜かないでくれ」
そう言った私に、詠翠が遠慮がちに声をかける。
「その、新たに現れた公子というのは何者なのだ?用心の為にも、知っていることを少しでも教えて欲しい」
私は少し躊躇った。
けれども、詠翠の言うことも一理ある。
「それは……」
でも、それを説明するのに適任なのは私ではない。
私は頭を巡らせて、隣を見た。
「蒼凌の方が、よく知っている」




