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尋問

至鶯と荏規は、そのまま宰相府で二人の責任に於いて橙の姫、牧燕玉を審問することにした。

異国の姫に対して通常取るべき態度ではないが、相手は国家間の取り決めを踏みにじって無断帰国しようとした逃亡者である。理は碧の側にあった。


縄こそかけられていないものの、左右を兵士に固められた牧燕玉が現れる。

二人は立ち上がって失礼にならない程度の礼をすると、すぐに厳格な裁判官の顔になった。


「和姫殿。貴女が今この状況で、我々に通知も無くご帰国なさるというのがどういうことか、わかっておられるかな?」

まずは碧の最高責任者として、荏規が口を開く。

燕玉はびくりと肩を震わせると、いかにも哀れな様子で項垂れた。

「浅慮をお許しくださいませ。母の具合が悪いと聞いて居ても立ってもいられず……」


目元を押さえるその仕草は儚げで、並の男ならば多少なりとも憐れみを覚え、無意識に手心を加えてしまったかもしれない。しかし相手は老獪な宰相と、公正の権化と言われる司冦である。二十歳やそこらの女子の涙に揺らぐような柔な心は持っていなかった。


「問う」

至鶯が徐に審問を開始する。

その思惑を把握しきれていない荏規は、ひとまず彼に場を任せて口をつぐんだ。

「橙の都から兵が出た。目的は何か」

ほとんど直球である。

荏規は思わず肩を震わせたが、幸いにして燕玉には気付かれなかった。


「それは、碧軍の救援の為と聞いておりますわ」

燕玉はあっさりと答えた。

「昏の侵略に晒された同盟国を、助けるのは当たり前ですもの」

明らかな建前を、燕玉は事も無げに口にする。

彼女は実状を理解していないのか、それとも案外胆が太いのか。


「我が国は要請の使者を出してはいない。また橙軍は北ではなく東へ向かっている」

「こちらの善意ですわ。まっすぐ戦場に赴く前に、貴国の都へご挨拶に伺うのは筋ではなくて?」

どうやら後者らしい、と荏規は気を引き締めた。何も知らないような顔をしつつ、彼女は最低限のことは理解しているし、祖国を弁護する機転もある。


「出兵も貴殿の帰国も、我々の了解無しに行われた。これは取り決めに反する。橙軍の撤退を要求する」

「申し訳ありません。私に軍事に関する権限はございませんの」

燕玉は平然と言う。


「でしょうな」

至鶯もまた、あっさり引き下がった、かに見えた。


「では貴殿に可能な事を要請しよう」

燕玉の眉が、ほんの少し動いた。至鶯がどう切り返してくるか、ここで初めて彼女は読めなくなったのである。

「貴殿は取り決めに背いた。ここで処刑しても我らに罪は無い」

いかに丁重な待遇を受けていても、燕玉は和平の人質なのだ。彼女の勝手な行動は、和平の崩壊を意味する。そうなれば、碧に彼女を保護する理由は無くなる。


「どうか、御慈悲を……」

「貴国に誠意があるならば、貴殿をお返ししてもよろしい」

燕玉に皆まで言わせず、至鶯は淡々と通告した。


「信頼に傷を付けた貴殿に、もはや質は勤まらない。――代わりに、戦姫をこちらへ」


さっと燕玉の顔から血の気が引いた。

「それは――」

「これは我が国として最大の譲歩である。果たされないならば、我が国は貴殿を処刑する」


荏規は、そういうことか、と内心膝を叩きながら、しかつめらしい顔を保っていた。

至鶯の強硬な物言いは、一歩間違えれば橙との全面闘争を招いてしまう。兵を出した時点で橙は碧との和平を破棄したのだから、当然人質を失うことは覚悟の上の筈なのだ。

そう、通常ならば。


しかし、現在の橙王室には今まさに碧に内乱をもたらしているのと同様の問題が存在している。

王の偏愛。橙王は燕玉を溺愛していると聞く。燕玉を逃がそうとしたということは、まだ見棄てきれていないと見ていい。

一方で橙王は、黎翡に対して冷淡であり、彼女が橙軍にとっていかに重要な存在であるか理解しきれていない部分がある。そんな橙王が、愛娘の処刑と人質の交替という二択を突きつけられた時、どちらを選ぶか。


まず間違いなく、橙王はこの取引に応じる。そして戦姫という要を失えば、橙軍に碧を急襲するような力は無くなるだろう。仮に他の誰かが指揮を引き継いだとしても、それまでの交渉で碧にとっては十分な時間が稼げる。すぐに左軍を呼び戻せば橙軍を迎え撃てるし、戦姫のいない橙軍など敵ではない。


皮肉にも、燕玉が逃げてくれたことで碧の活路が拓けたのである。


「そんな……」

「話は以上だ」

至鶯が終了を言い渡し、立ち上がる。荏規もそれに続きながら、燕玉を見下ろす。


「十日、お待ちしよう」

使者を走らせれば、なんとか橙の都まで往復可能な時間である。重大な決定をさせるには、到底十分な日数とは言えなかった。

荏規には、橙王にじっくりと考えさせるつもりなど無い。寧ろ圧力をかけ、交渉の種など思い浮かぶ暇も与えずにこちらの思う通りに動かすつもりでいた。

悠長に構えていて昏に相談でもされたらことである。


「それまでに橙の返答が無ければ、貴殿には気の毒なことだが」

「そんな、短すぎますわ。せめてあと三日ほどは……!」

「これでも当方はこれ以上無く譲歩しているのだ。もう譲れることは無い」

青ざめる燕玉ににべもなく言い渡して、荏規は背を向けた。至鶯に至っては、とうに歩き始めている。

荏規はその後を追いながら、左軍が帰還するまでに要する日数を計算していた。


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