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再会

司冦は間に合わなかった。

厄介なものを取り逃がした。この後、どう動く?


「まずいな……」

何がまずいかと言うと、彼に表に出てこられると折角纏めた群臣達の意見がまた真っ二つに割れてしまうだろうことだ。それは、蒼凌の立場の回復が遠のくことを意味する。

蒼凌に怯えている王は、新たな公子の手をとる可能性が高い。

それを阻止できる要素はただひとつ。


「せめて詠翠の行方がわかれば……」

私は呻いた。

詠翠は襲撃を受けた後行方知れずだ。どうやら爾焔が命は助けてくれたようだが、朱雀の側に行ったのだろう彼が詠翠をどこへ連れていったか、判断する材料が無い。

まさか先に私が行方不明になる羽目になるとは思っていなかったから、詠翠に何かあって救出した場合どこに保護するか、私の邸以外の場所を想定していなかった。うちの邸は封鎖されているし、家臣達は身を隠しているし、王宮に戻ったという話も聞かないし……。


「悩んでいるところを邪魔して悪いが」

書簡を読んだ蒼凌が、私の肩を叩く。


「詠翠ならここに居る」

そうか、ここに……。


「え?」

「炎狂が居住区に連れてきたので、こちらで預かっている。藤備!」

蒼凌が章軌の周りに集まっている狐狼達に声をかけると、若い一頭が飛び出して、宿営地の中へと駆けていった。

すぐに小柄な人影を背に乗せて戻ってくる。


「わっ、藤備、先程からどうなっているのだ。いい加減私にも説明を……」

藤備の琥珀色の背中にしがみつくようにしてぶつぶつ言っている少年は、確かに今碧の情勢を左右しうる人物だった。


「詠公子!」

「む?」

私が声をかけると、詠翠はこちらを見て、目を見開いた。

「こ……鴻、将軍?」


驚愕に染まっていた顔が、じわじわと歪んでいく。

「鴻宵!」

「うわっ」

いきなり藤備の背中から飛び降りざまに抱きつかれて、私は体勢を崩しかけた。

後ろから蒼凌が支えてくれなかったらこけていたかも知れない。助かった。

「鴻宵……生きて……!」

「……はい、この通り」

苦笑ぎみに、私は詠翠の頭を撫でる。


「爾焔がここまで気をきかせてくれるとは思わなかった」

正直、道端に放り出していなければ御の字だと思っていた、と呟くと、蒼凌に頭を小突かれた。

「それだけ気に入られていたんだろう。……敵対する前に、警告じみた事を言っていくくらいには」

その表情は、少し苦い。

朱雀玉の脅威を思い出しているのかも知れない。たったひと欠片の力の片鱗でも、あれほどの力を持つ。そんな朱雀を、私達は敵に回しているのだ。


「……ともあれ、中軍と左軍を説得したらすぐに、詠公子には都までお戻り頂く」

彼には王宮に戻って貰わなければならない。

「公子、都もきな臭くなっております。危険を承知でお戻り頂くのは心苦しいのですが……よろしいですか?」

「えっ?あ、うむ」

急に話しかけたせいか、詠翠の反応がやけにしどろもどろだ。

首を傾げる私に、抱きついたままの体勢でいた詠翠は更に何やら慌てふためいている。


「公子?如何なさいました」

「い、いや、その、そなた、鴻宵……だよな?」

「はい?」

おろおろする詠翠。理由のわからない私。そんな状態を傍で見ていた蒼凌が、片眉を上げて詠翠の首根っこを掴んだ。

「わっ」

いきなり私から引き剥がされて目を白黒させる詠翠。

いや蒼凌、その扱いはちょっと酷いと思うぞ。猫じゃないんだから。


「で、どうしたんだ蒼凌」

「……一つ訊きたい」

蒼凌がちょっと渋い顔で、私に言った。


「何故女物の鎧を着ている?」


何で今更その質問?


あ、そうか。ここまでずっと風避けの布を被ったままだったから、詠翠に抱きつかれて中身の線がはっきりするまでわからなかったのか。


「変?」

「……いや」

蒼凌は首を振るが、まあ冷静に考えて、男だと思っていた相手が女物を着て現れたらぎょっとするか。事情を知っている蒼凌や春覇達はともかく。


「こ、鴻宵、そなた……」

「あっ、言っておきますが女装癖じゃないですからね!?」

詠翠にそんな趣味があると誤解されたら凹む。必死で弁明した私の頭を、呆れ顔の蒼凌が叩いた。

「いたっ」

「誰がそんな誤解をするか。とりあえず棟将軍や敍将軍との会談にその格好で出すわけにもいかないからな。狐狼達に鎧を出して貰え」

まあ、ここになら私の着られる鎧もあるだろう。でも……。

「この際もういいかなと思ったんだけど、駄目かな」

「ややこしい時に混乱の種を持ち込むな」

それもそうか。

「わかった。じゃあ格好は見繕うよ。それはそうと、ちゃんと休めよ。私と狼達が見ておくから」

「わかった。詠翠に言い聞かせたら休憩させて貰う」

何を言い聞かせるんだ?私の女装は黙っていろとかか。


「それと……」

何だかまだ呆然としている詠翠を藤備に預けて、蒼凌は私の頬に手を触れた。

「人の心配ばかりしていないで、お前も休め。手負いの身で無理をし過ぎだ。顔色が悪い」

「……大丈夫だよ」

安心させるように微笑んだつもりが、却って顔をしかめられた。

「休め。暫くは檄琅に任せておけば事足りる」

「でも……」

反論しようとした私に、蒼凌がふっと顔を寄せる。

こつん、と額がぶつかって、心臓が跳ねた。

「なっ……」

「あまり、無茶をしてくれるな」

囁くように、蒼凌が言う。

「お前が誅殺されたという報せを受け取った時、俺がどんな気持ちになったと思う……もう、あんなのはごめんだ」


私は、何も言えなくなった。ただ、目を伏せて頷く。

私も、朱雀玉の件を聞いたとき、最悪の事態を考えて胆が冷えた。そんな思い、もうさせたくないし、したくない。

「……よく、生きていてくれた」

ふ、と蒼凌の目元が緩んで、強く抱き締められる。私も彼の背に腕を回す。


生きて再び、こうして会えた。

そんな奇跡が、どうしようもなく嬉しい。


お互いの体温を確かめあってから蒼凌から離れた私が、律儀に後ろを向いている藤備と詠翠に気付いて赤面したのは、もう暫く経ってからだった。

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