表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/71

覇姫の逆鱗

 宗伯府の執務室にて。

 ()春覇(しゅんは)は王命に従って、宗伯の職務を行いつつ待機していた。


 扉の外には衛兵が控えている。彼女を守る為ではない。見張る為である。

 それを理解している春覇は、敢えて個人の執務室ではなく、部下達も働いている宗伯府全体の執務室に居ることを選んだ。逃走の意思の無いことを明示する為である。


 現状、自分にできる事は無い。太子も動けない今、頼みの綱は彼らに同情的な詠翠と、未だ拘束を受けていない鴻宵だ。

 そう割り切っているつもりでも、時に歯痒さに耐えきれなくなりそうだった。

 そんな時、章軌(しょうき)はいつも静かに彼女の肩に手を置く。それだけで、春覇は冷静な自分を取り戻すことができた。


暦監(れきかん)、次の祭祀の――」

 やる方無い思いを抑えて、春覇が職務に集中しようとした時。


 神殿が、鳴動した。


「なん――」

 かつてない異変に宗伯府の者達が立ち騒ぎ、春覇も立ち上がる。

「落ち着け!暦監、私は動けない。代わりに様子を……」


「それには及ばない」

 春覇の指示を遮って、温度の無い声が響く。はっと顔を上げた春覇の前に、燐光が蟠り、砕けた。

 宗伯府の役人達が、或いは目を見開いたまま硬直し、或いはへたり込んで慌てて平伏する。

 彼らの祀るべき神、青龍がそこに居た。人の姿を取り、中空に立っている。

「青龍……」

「何が起こったか教えよう、大宗伯紀春覇よ」

 青龍が口を開く。春覇はさっと片膝をつき、託宣を聞く姿勢を取った。

「この国は過ちを犯した。俺はこの国の加護を放棄する」

「なっ……」

 役人達が騒ぎかけるのを制して、春覇が青龍に理由を問う。しかし青龍は静かに首を振るだけだった。

「土地の守護は続ける。民を傷つけるのはあいつの本意ではないからな」

 青龍は半ば一方的にそう告げると、春覇に背を向けた。温厚な彼のぞんざいな所作に、抑えきれない激情が覗いていることを知る者は少ない。

「朱雀は怒るだろう。白虎もこの国を離れる。……この国に、もはや神の加護は無い」

 そう言い残して、青龍は姿を消した。春覇は半ば呆然と、彼の言ったことを反芻する。


 この国の過ち。

 一体、何が起こったのか。


 宗伯府の驚惑の冷めやらぬ間に、次の来客が扉を叩いた。

「覇姫様」

 武器を携えた衛兵が数人、隊長らしき武人に率いられて入ってくる。

「王命にございます。東宮にお移り願いたい」

「……わかった」

 頷いた春覇は、暦監に目礼して後を託してから、衛兵の長に申し出た。

「ただ、つい先程神殿に異常があった。深刻な事態なので、前宗伯である鴻将軍に処置をお願いしたいのだが」

 春覇の申し出に対する衛兵の反応は、彼女の想像を絶するものだった。


 鼻で笑ったのである。


「生憎、それは叶いませんな」

 さも愉快そうに、その男は言った。

「何しろ鴻将軍、否、鴻宵(こうしょう)は、絽涯二氏殺害の罪により既に誅殺されておるのだから」

 春覇は耳を疑った。

 普段冷静な彼女には珍しく、頭の中が真っ白になる。

「誅、殺……?」

「いかにも。妻である覇姫様にとっては、お気の毒でしたな」

 嫌味ったらしく言い放ち、にやにやと笑っていた衛兵の長は、次の瞬間横ざまに吹き飛んでいた。


「春覇!」

 章軌が即座に春覇の腕を掴んで二撃目を止める。春覇は拳を振り上げたまま、肩を震わせていた。

「ふざけるな!」

 それは春覇が感情のままに発した、その場の誰もが聞いたこともない悲痛な声だった。

「あやつが何を望んで戦い続けてきたか、貴様は知っているのか!どんな思いで、どれほどの無茶をして……!」


 どんな難局も乗り越えて、生き残ってきたのに。


「それを……殺したというのか。鴻宵に救われてきた、この国が……」

 春覇は理解した。

 青龍の言っていた、この国の過ちを。

 朱雀を救い、白虎の要請に応えた鴻宵を殺したとあれば、守護神達が離れるのも当然である。

 春覇自身、絶望したくなった。この国は、どこまで堕ちてゆくのか。


「っ……いかに覇姫様といえど、近衛への攻撃は謀反と見なしますぞ!」

 春覇に殴り飛ばされた衛兵の長が怒鳴る。なおも怒りの冷めない様子の春覇に、章軌がそっと囁いた。

「落ち着け。今感情に飲まれればあちらの思う壺だ。東宮には蒼凌が居る。合流しておいた方が良い」

 春覇は拳を下げ、力無く頷いた。そのまま、衛兵達に囲まれて宗伯府を後にする。


 後に残された暦監は、慌てて役人の一人の背中を押した。

「大変なことになった……将軍のお屋敷へお知らせするのじゃ。急げ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ