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暗中

 夜闇に紛れて王城を出、哨戒兵の目に留まらぬよう予定の場所に逃げ込んだ紀蒼凌と紀春覇、そして章軌は、都の情勢に耳を澄ませながら身を潜めていた。


 雪鴛は連れてきていない。

 蒼凌は王城を抜け出す前に彼を解雇し、雪氏の屋敷に帰らせていた。それがまだ年若い彼をこの死闘に巻き込むに忍びないという感情によるものなのか、今一つ心の底からは信用しきれないという判断によるものなのか、蒼凌は口にせず、ただ指示を出しただけだった。雪鴛も特に反対はせず、黙って一礼して去って行った。


「王の思惑とは別に、誰かが暗躍しているみたい」

 さりげなく街へ紛れ込み、情報を収集してきたらしい総華が報告する。

「詠公子が襲撃されたそうよ。王と王妃が必死に犯人を探しているらしいけど、詳しいことはまだ」

 その知らせに、蒼凌も春覇も思わず眉を顰める。


 蒼凌が廃された今、詠翠まで失えばこの国の次代は絶望的である。王の後を継ぐ血縁者がいないとなれば、国中の混乱を引き起こすのは必至。誰が何のためにそんなことをしたのか、わからないのも気味が悪い。

 誰もが思案する中、蒼凌は何か思うところがあるのか表情に険しさを加えた。

「詠翠の安否は」

「情報が混乱してて、そこまでは」

 総華が首を横に振る。

 彼女には狐狼という制約があるため、情報収集の際にあまり深入りすることはできない。集められるのは市井の情報に限られていた。


 そして口には出さないが、誰もがその答えを半ば絶望視している。

 複数による襲撃を受けて、武芸に励んでいるとはいえ十代前半の公子が逃げ切れる可能性は極めて低い。ましてや、今詠翠を救いに駆けつけてくれる存在にも心当たりなど無かった。


 だが数刻後に、彼らの予想は裏切られることになる。

 彼らの隠れている場所の裏門に、詠翠を担ぎ、傷を負った従者を馬に載せた男が姿を現したのである。


「やあ、覇姫。ご機嫌如何かな。この状況では麗しくはないだろうけれど」

 人を食った挨拶に、春覇は罵声を返すべきか否か、一瞬本気で迷った。

「炎狂……何故、貴様がここに……」

「安心しておくれ。この場所は誰にも知られていないし、追っ手はちゃんと撒いてきた。私がこの場所に気づいたのは、偶然かな。この隣に届けようと思って来たものでね」


 隣。

 その言葉に、春覇ははっと居住区に隣接する屋敷の方へ視線を流した。

 そこにあるのは、今や主を失い、守る者も無くひっそりと静まり返る鴻氏邸である。


「君の旦那に頼まれていたものなのでね、代わりに君の所へ届けに来た」

 そう言って、爾焔は担いでいた少年の体躯を地面に下ろした。一瞬ふらついた詠翠は、春覇の困惑した顔を見て、瞳を潤ませる。

「……鴻将軍が、炎狂に依頼しておられたようだ。何か事が起こった時、私を死なせるなと」

 詠翠の言葉を聞いた春覇は、額を押さえた。

「相変わらずあやつは……他人の事ばかり」

「まったく、希代のお人よしだね」

 呆れ交じりに笑う爾焔の後ろから音も無く現れた錫雛が、負傷した索興を馬から下ろし、手近な地面に筵を敷いて横たえる。それを横目に見ながら、爾焔はすっと笑みを消した。

「あのお人よしが私利私欲で人を殺したと思えるのだから、碧王の目は相当の節穴だね」

 春覇も詠翠も、返す言葉を見つけられずに押し黙った。

 爾焔はゆるりと目を細めると、ぱんとひとつ手を叩く。


「さて、これで義理は果たしたし、私が碧に留まる理由も無くなった。次に会う時は敵か味方か、私は保証しかねるね」

 春覇は黙って頷いた。

 鴻宵への義理を果たした以上、爾焔が彼らの味方でいる謂われはない。爾焔が従う相手がいるとすれば、それは朱雀のみ。人の世において、彼はもはや自由なのである。


「では、私はこれで。武運を祈るよ」

 どこか意味ありげに目を細めて、爾焔が立ち去る。


 それを見送り、考え込む春覇の隣に、蒼凌が立った。

「どうやら、敵に回りそうだな」

「やはり、そう思われますか」

 蒼凌の言葉に、春覇も同意を示す。

 去り際に見せた表情と、あの言い回しからして、どうやら爾焔は今後敵に回るつもりでいるらしいことが感じ取れた。

 だが、故にこそ釈然としないのである。相手はあの炎狂依爾焔だ。もしも本気で敵対するつもりでいるなら、あんな風にそれを匂わせることなどしそうにない。敵に塩を送るほど、甘い男ではないのだ。


「己の意思ではないのかもしれません」

 何かの理由があって、敵対する。そんな経緯を、春覇は想定した。蒼凌がほんの少し苦い顔をする。

「だとすれば、なお厄介だ」

 その理由は、すぐに知れた。


 爾焔が敵対する「何かの理由」があるとすれば、朱雀がらみの事しか考えられない。すなわち、朱雀が敵に回るという可能性を想定しなければならないのである。


「一体どういうことなのでしょう」

「わからん。我々には踏み込めない部分だ」

 今度ははっきりと苦い顔をしてそう言うと、蒼凌は踵を返した。

「とにかく、我々は我々のすべきことをしなければならない。詠翠、怪我人を屋内へ運ぶぞ」

「あ、はい!」

 詠翠が慌てて兄の後を追う。春覇は腕を組み、未だ静まり返っている都の空気に耳を澄ませた。


 夜闇の底で何がうごめいているのか、まだ知る者はいない。


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