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波紋

 その世界は、大地の女神と四方の守護神によって護られていた。

 その大陸に住まう人々を束ねるのは、建国の英雄にして女神の弟である初代の王の血を引く大陸王家。

 天地に災害なく、人々に戦禍なく、世界は穏やかに齢を重ねてきた。


 しかしその幸福な調和は破られる。他でもない、人の欲によって。


 突如巻き起こった混乱の引き金を誰が引いたのか、何が起こり何を壊したのか、歴史は黙して語らない。

 女神は霊山に隠れた。

 女神の守り手であった神獣は天の罰を受け、一族郎党子々孫々に至るまで、本来の姿も力も封じられ、虐げられるものとなった。

 王家は滅び、人の世は乱れに乱れた。

 戦を繰り返し、血で血を洗い、一寸の土地の為に何千もの屍を積み上げること、幾星霜。


 地上には、いつしか五つの国が残されていた。

 北の大地を統べる昏。

 東に領土を置く碧。

 中央に位置する橙。

 南の地を占める紅。

 西に陣取る白。


 動乱は加速する。欲望と策略、力と智謀が入り乱れ、紅と白が滅び、橙もまたその膝を碧の旗の下に屈した。

 残るは二大国。鼎立の時代は終わった。いずれかがいずれかを滅ぼすまで、熾烈な争いは止まらない。


 そしてその先に待ち受ける、女神を呼び戻せるのか否かという問題についても。


 じわりじわりと、彼らの知らない真相の欠片が姿を現そうとしていた。

 今、一つ、世界の常識を破って落とされた欠片。

 そのもたらした波紋は大きく、深く。



「君はどうするんだい、白虎」

 己の本拠である西霊山に戻り岩山に座している白虎に、訪問者が声をかける。白虎は振り向きもせず、静かに目を伏せた。

「己は見極めるのみ」

「関与しない気かい?世界を混迷に叩き込んだ大罪人がいるかも知れないのに?」

 詰問するような語調を以て、訪問者は白虎の言葉に返す。白虎は視線だけを背後に投げた。

「今はまだ、何もわからん」

「今はね」

 訪問者はゆるりと目を細める。

「だけど君がそんな消極的な態度でいいのかな。刑罰を司る神である君が」

 白虎は幽かに眉を寄せた。余計な世話だ、とでも言いたげである。

「そういう主はどうする」

「私はまだ傍観さ」

 白虎の傍観は咎めたくせに、訪問者はさらりと言ってのけた。その口元には、含むような笑みが刻まれている。

「何しろ介入するなと言われたしね。私にはまだ守護すべき国がある。人が私に望まない限り、手出しは控えるのが正解だろう」

 細められた瞳は光を通さぬ漆黒。北の守護神玄武は、早々に拱手傍観の態度を表明した。

「だけど君はそうはいかない――朱雀はもう、動いたようだよ」

 白虎は軽く目を閉じた。どこか迷っているようにも見える。

「青龍は」

「彼は立場を変えないよ」

 玄武は肩を竦めた。

「あれは想いを捨てられない男だからね」

 その意味するところを思い、白虎は沈黙した。ややあって、玄武が話題を変える。


「それはそうと、面白いことになっているね、あの国は」

 玄武の言うあの国、とは、無論彼の守護対象でない国を指す。すなわち現在昏以外に唯一なお独立を保っている国、碧である。

「件の男は、ここからどうするつもりかな」

 ふ、と玄武が手を翻すと、その場の水精霊たちが集まって水鏡を形成した。その中に、暗夜密かに遁走し、身を隠した先で密かに戦力を整える青年の姿が映る。

「この窮地にどう対応するつもりか、興味がある。まさか嘗てと同じことを繰り返すつもりではないだろうね」

「否」

 玄武の言葉に、白虎が短く反論する。問うような目をする玄武に、一言付け加えた。

「あの頃はまだ幼く、無力だった。今は違う」

「彼がどうあがこうと、国ごと潰れる可能性も有るけれどね」

 玄武が笑って言い放ったその言葉は、正しい。

 昏は今まさに内乱状態に陥った碧の隙に付け入るべく出兵準備を急いでいる筈だ。


「あの男が賭けに勝つか負けるか、己は知らん」

 白虎は冷たく言い放つ。どちらが勝とうと負けようと、己には何ら関係が無いと言わんばかりに。

「主の守護する国が圧倒的有利には違いないが」

「そうだね」

 頷いた玄武は、しかしどこか苦笑に似た表情を浮かべて肩を竦めた。

「その筈なのに、今一つ勝てるような気がしないのは、相手が『あの二人』だからかな」

「……あるいは、な」

 白虎が暫しの沈黙の後に、短くその可能性を肯定する。その瞳は、どこか遠くを見ているかのようだった。

「決して折れぬ者達だ……昔から」


 ゆっくりと目を閉じる。

 その膝下で、人の世はめまぐるしくその争いの炎を燃え盛らせていた。


 そして今度ばかりは、争うのは人間だけではない。



 碧の加護を捨て東霊山に戻っていた青龍は、突如背後に熱が膨れ上がるのを感じ、咄嗟に飛び退った。その残影を、覚えのある炎が焼き払う。

「……何のつもりだ、朱雀」

 中空に、炎の主たる同胞が立っている。一度は狂気に堕ちたものの鴻宵によって救われたはずの彼は今、同胞に攻撃を仕掛けたとは思えないほど静かな目をして青龍を見下ろしていた。


 以前の狂気とは、違う。


「青龍よ」

 少年の姿をしたまま、朱雀はゆっくりと口を開いた。

「お前は知っているか。あの時、王家滅亡のあの日に、真実何が起こったのか」

「どういうことだ」

 青龍は困惑に眉を寄せた。あの日の大まかな経緯は、自分たち皆共通して知っている筈である。


 大陸王家が宵藍誠藍の姉弟が女神と親しいのを見て欲を出し、女神を利用しようと画策した挙句、姉弟と諍いになって誠藍を死なせた上、その犯人を姉の宵藍であると偽って女神に知らせた。女神圭裳は最愛の者を失った悲しみに暮れ、女神の守護者、狐狼の頭領が王家の報告を信じ宵藍を殺害。その後王家の偽りが判明し、激昂した狐狼の一族は大陸王家を蹂躙、滅亡に追い込んだ。そしてその取り返しのつかない悲劇を前に、圭裳は霊山に籠って姿を見せなくなった。狐狼の頭領は自ら命を絶ち、彼の罪に対しては彼の一族が子々孫々に至るまで受け継いでゆく天からの罰が下された。


 そう、それが全てであったはずで。

 朱雀が何を言おうとしているのか、青龍にはわからなかった。


「我も全てを知ったわけではない。だが、一つだけわかってしまったのだ、青龍よ」

 朱雀が淡々と言葉を紡ぐ。それは何かと激昂しやすい彼には珍しい態度で、だからこそその口から語られることの重要さを嫌でも青龍に認識させた。

「圭裳は自ら山に籠ったわけではない」

 青龍は息を呑む。それはこれまで五百年、彼らが認識してきた事実を、根底から覆すものだった。


「選べ、青龍」

 そして朱雀は、残酷に突きつける。

「土地神としての務めを取るか、報われぬ恋慕の情を取るか。敵に回るのならば、我は容赦せん」

 朱雀の言葉に応えるように、炎が猛る。青龍は拳を握り締めた。


「――それでも、俺は」

 その決意は、霊山の空気を力強く震わせた。


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