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方士の推測

 重大事件の知らせは、発生地から各地への使者の派遣、人々の口伝え、そして報せ屋という飛脚の副業により、様々な速度で大陸全土へ伝わってゆく。


 碧都の南、旧紅領にほど近いその土地に情報が伝わったのは、事件発生から七日ほど経ってからであった。もしも彼らが報せ屋の情報伝達地点になっている店を選んで食事をとるようにしていなければ、情報に接するのは或いはもっと遅かったかもしれない。


「大変だ、大事件だ!」

 そう叫びながら報せ屋が駆けこんできたとき、沃縁(よくえん)は言い知れない不安を覚えた。

 ここ数日、何となく精霊たちが落ち着かないのも関係しているかもしれない。


 報せ屋は店に駆け込むと、店主の差し出した水も飲まずに、掠れ声のまま大声で叫んだ。

「王様が鴻将軍を殺した!あの鴻将軍が死んだんだ!!」

 誰かが動揺して落としたのか、皿の砕ける音が響くのを、沃縁は意識のどこか遠いところで聞いていた。周囲の客達が立ち騒ぐのも、耳に入らない。

 まるでその言葉を理解するのを拒んでいるかのように、沃縁は一時身じろぎひとつせずぼうっとしていた。


 そしてその言葉を理解した時。沃縁は立ち上がっていた。報せ屋の周りに群がる客達の間を縫い、前に出る。


「罪状は?」

 誰かが銭を放って報せ屋に訊いた。報せ屋が水を受け取って喉を潤しながら答える。

「王様の側仕えを謀殺した罪だそうだ。何でも朱宿がどうとかって噂もあったけど、俺にはよくわかんねえ」

「こいつは大変なことになった」

 客達が口々に議論を始める。

「鴻将軍無しで碧は昏に勝てるのか?」

「まだ棟将軍がいるさ」

「馬鹿お前、老将軍はもう御年七十を超えてるんだ。限界が近い」

 沃縁は片耳でそれらの議論を聞きながら、無造作に銭を放った。

「太子と覇姫様は?」

 沃縁のよく通る声が、周囲の議論を鎮静化させる。再び集まった視線の中で、報せ屋は首を振った。

「共犯の疑いをかけられて東宮に幽閉状態だったのが、脱走して行方知れずって話だ。覇姫様もいなくなっちまったんじゃ、碧軍に勝算は無さそうだな」

「鴻将軍の遺体は?」

 沃縁が更に銭を放る。

「どうやらさらされちゃいないようだが、どうなったかはよくわかんねえな」

「つまり確認されていない」

「まあ、何かの理由で城の中で処理されちまったのかも知れねえけどな」


 沃縁はその後の都の動静についてなおも質問を重ねてから、報せ屋に多めに銭を渡して席に戻った。その頃には、少なくとも表面上はすっかりいつもの調子を取り戻している。

 不安げに見上げてくる(せん)に向かって、にこりと笑った。


「大丈夫ですよ」

 多くは語らず、それだけを言う。何も説明は無いながらも、苫は何かを感じ取ったのかほっとしたように笑顔を浮かべた。沃縁は食事を再開しながら、苫に話しかけた。

「すみませんが、薬草探しは一旦中断しましょう。僕はこの辺りでどこかあなたを預けられる場所を探します」

 苫が弾かれたように沃縁を見た。その眉がすっかり下がっている。


 苫には沃縁の考えていることなどもちろん読めないが、これから何か新たに行動を起こすつもりであることはわかる。足手まといであると宣言されたようなものだ。

 暫時俯いていた苫は、懐から板を取り出して文字を書きつけた。

『どこへいくの』

 沃縁はゆるりと微笑む。

「まずは、都へ。情報を集めます」

『私が行くと、危険?』

 苫の問いに、沃縁は少し困ったように眉を下げた。

「安全は保障できません。何しろ今あそこは敵の巣窟と化しているわけですからね」

 苫は暫く考え込むようにして筆を彷徨わせた後、こう書いた。

『生きてるの』

 端的で、言葉足らずの問い。しかし、それは沃縁に対しては十分な言葉だった。

「そう思います」

 根拠は明言せずに、沃縁は中空に視線を彷徨わせた。


 鴻宵が囚われた時には泣いていた精霊達が、今は少々元気がないながらも落ち着いている。つまり、絶望的な状況にはまだ、至っていない。確信はなくとも、そう信じるしかなかった。


 そんな沃縁の表情を見ていた苫は、再び文字を綴った。

『連れてって』

「苫。それは……」

『独りにしないで』

 やや乱れた文字。そこに苫の想いを感じ取って、沃縁は沈黙した。


 ――ひとりにしないで。

 それは嘗て、当てもない彷徨の中で妹が沃縁に告げた言葉で。

 あの時の妹と同じ、縋るような目をした苫を一人で放り出すことは、沃縁にはできなかった。


「……わかりました」

 根負けした形で、沃縁が言う。

「但し、危険な立場にいるということを決して忘れないでください。できるだけ僕から離れないように」

 苫が頷く。沃縁は東の空へと視線を投げた。

 鴻宵の行方を何とかして探り出し、きっと傷ついているであろうその傍に一刻も早く駆けつけなければ。


「できれば、その前に碧王を殺しに行きたいところですが」

 ぼそりと小声で呟かれた言葉は、幸い誰にも聞きとがめられることなく虚空に散った。


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