謀士の哄笑
碧王が鴻宵を誅殺した。
その報せを聞いた絡嬰は、声をあげて笑った。
「愚かなものだ、碧王よ。嘗ての英主が堕ちたものだな」
嘲笑いながら、その頭脳は既に次の段階を考えている。広げていた書類を畳み、立ち上がった。
「王に拝謁してくる」
部屋の長椅子に座っている束憐に声をかける。こちらはどこか不満そうに、手を頭の後ろで組んでいるが、絡嬰は構わず続けた。
「碧は混乱している。一気に叩く好機だ。貴様も心積もりをしておけ」
言い捨てて、立ち去る。残された束憐は舌打ちをして、窓の外を睨んだ。
「とんだ幕切れだ……つまんねえな」
一方の絡嬰は上機嫌である。上機嫌ながら、冷静さを失わないのがこの男だ。
「碧の太子の方はどうしている」
碧に遣わしていた部下に問う。部下は機敏に答えた。
「覇姫とともに東宮に幽閉されました。しかしその後脱出したとの話もあり、詳細は確認中です。少なくとも都を出てはおりません。都の城門は誅殺の直後より固く閉ざされております」
「確認でき次第知らせろ。もし討たれそうならそれとなく助けてやれ」
「御意」
碧の太子を助ける理由を、部下は訊かない。そのくらい心得ているようでなければ、絡嬰の部下は務まらない。
碧の内乱が長引けば長引くほど、絡嬰にとっては都合が良いのである。その為には、乱の種である太子を生かしておかねばならない。
「将軍の策が図に当たったようだね」
絡嬰を引見した昏王叡循貴は、開口一番そう言った。絡嬰は素直に頭を下げる。
「さすが、聡明な我が君にはお見通しで」
「わかるとも」
昏王は笑いながら言った。
「今この時期に、突然鴻宵が朱宿だと明らかになるなんて、我が国にはちょっと都合の良すぎる偶然だからね」
「好機を生み出したのは碧自身です。私はそれにほんの少し手を加えたに過ぎません」
碧王と太子、覇姫、鴻宵の間に溝があったのも、それを絽宙、涯仇が煽っていたのも、そして絽宙と涯仇が死んだのも、全て碧の事情である。絡嬰はそれらを結びつけて決定的な疑惑を生む手助けをしたに過ぎない。
昏王は目を細めた。笑みが深くなる。
「それこそ良策というものだよ」
碧はもはや、内側から瓦解しようとしている。脆くなったものを突き崩すのは容易い。
内部分裂を起こした紅を碧と白が容易に撃ち破ったように。
内訌により揺らぐ白の喉笛に、碧が噛みついて食い潰したように。
今度は碧が食らわれる番だ。王族同士が対立している今、碧は累卵の危うきにある。
「天下を取れるよ、我々は」
昏王は無邪気に笑った。
「長きに渡る人々の願いだ――大陸は再びひとつになる」