かふんしょうじょ
花粉やだなあ……とか思って、そんな感じにできた。
少しイジメや暴行の描写がありますのでご注意を。
春。
まだ早朝は肌寒い。それでも活発に活動する鳥は、私の安眠を妨害する。
しかし妨害するものはそれだけではない。
ベットに仰向け、肩まで毛布に包まれた状態で、寝る前とは違う息のしやすさに訝しむ。
仕方なく目を開けて、カーテンが掛かった窓を見る。朝だ。
体が覚醒を自覚すると、途端に意識は鼻へと集中する。
「――ぶぇっくしゅ!!」
枕元に準備された紙箱が、待ってましたと役割を与えられる。鼻噛む。
「くそ……寝てる間にマスク取れたのか……」
寝相ごときに敗北する貧弱なマスクは、私には必要ないのだが、日常的に使用するので単価は安い方がいい。
つまり安さは譲れない。親にそこまで強請れないのもあるが。というかそこまで固定できるマスクは耳が痛い。
「ああ、とりあえずマスク……」
寝床で彷徨っていたマスクを救いあげて、再び装着。
噛んだ紙を捨てて、ベットから這い上がりカーテンを開く。今日も快晴。いい天気だ。
それ故に今日も憂鬱な登校が始まる。
制服の準備をしといて家の一階の洗面所に向かう。ついでにトイレ。
マスク外して、洗顔歯磨きを済ませリビングに。
既に父と母が起きていて、父が新聞、母は朝食を準備していた。
挨拶して、朝食の出来た物から父の前のテーブルに運んでいく。全員のを運び終えて席につき、頂きますして家族で食べる。
マスクを外し、美味しそうな香りを漂わせるベーコンエッグが私を誘う。父はケチャップ、母はポン酢。私もポン酢。
トッピング戦争は今は時間無いし不毛なので休戦状態である。だけど明らか父の分が悪い。
そんな優雅な食事時にも、奴らは私を追い詰める。むしろ無防備な今が攻められ時なのだろう。
「――ぶぇっくし!!」
「あー、あまね大丈夫?はいここにティッシュあるわよ」
「ありがとうお母さん」
「くしゃみ大変ね、ちゃんとマスクしときなさい」
「いつもしてるよー。出来ればゴーグルもしていきたい」
「それじゃあただの不審者でしょ。それで学校言っても取れって言われるだけじゃない」
「本当ならガスマスク着けていきたい……」
「それこそ無理に決まってるでしょうが。外は毒ガスまみれなの?」
「そのとおり」
「まったく……。ほら早く食べちゃいなさい。そろそろ支度しないとお迎えきちゃうわよ。お父さん珈琲は?」
「いる」
お母さんが席を立ち、キッチンから淹れたて珈琲を持ってくる。空になったお父さんのコップに注ぐ。
私は鼻水や目の痒みに耐えつつ食事をして、時計を見れば登校する時間が迫っていた。
ご馳走さまをし食器を片付け、急いで部屋に戻り制服に着替える。
黒髪のセミロングの寝癖を鏡見ながら直し、全体を整える。こんなもんでいいか。
制服姿軽くチェック。そして新しいマスクを着けて完了だ。
この家でマスクを使うのは私だけ。それは私だけがその症状に悩まされている事を意味する。親子なのに不公平。
着替えてた間もくしゃみして鼻かんでちり紙捨てる。ちりも積もれば山となる。ゴミ箱の中身は丸めたティッシュで埋め尽くされている。
ピンポーン。
家に訪問者を伝える高い音が響く。当然二階にいる私にも聞こえる。
時計を見れば出る時間丁度だ。昨日の時点で準備してた鞄を手に取り、一階へ。
玄関に向かおうとした途中で、リビングの扉からお母さんが顔を出していた。
「はいこれ、お昼のお金。ごめんねお弁当準備出来なくって」
「ううん。昨日は旅行帰りで遅かったから仕方ないし。購買は購買で好きなの買えるから」
「お菓子はご飯じゃないわよ?」
「いってきまーす」
小言を出発の挨拶でかき消す。呆れた顔になるお母さん。そのまま私を玄関に行ったのを見送った後、キッチンに戻っていった。
お母さんから貰ったお昼代を制服のポケットにしまいこみ、靴を履いて玄関ドアを開ければ、一人の少年が待っていた。
お馴染みの顔で、いつも微笑み絶やさない此奴は私のお隣さんの男の子である。
私の姿を確認したら更に笑みを深めるところは、凄く私に懐いているのが分かる。まあいつもの事なので照れたりしませんが。
「おはよう、あまねちゃん」
「おはよう、ゆうちゃん」
親しみ篭った愛称だが私達が幼馴染の関係なので、幼少期での呼び名をまだ使っているのだ。
本名は風間雄二(かざまゆうじ)。イジメ現場で初めて会ったという過去があるが、私はあまり覚えていない。そんなこともあったかなー位の記憶しか残ってない。雄二のほうが割と覚えていたりする。
さて今日も、私の体は異物の摂取により、免疫が活発に働いてるぜ。
スギ花粉なんて、神のイカヅチにでも落ちてしまえばいい。ああ目が痒い。鼻痒い。
HAYASHIと書かれた我が家の表札を見送り、学校に幼馴染と向かう。
「ティッシュ欲しかったらいつでも言ってね」
「今んとこはまだ平気……――ぶぇっくしゅ!」
目元と鼻頭を軽く手で引っ掻く。むず痒さが少しは収まるが、鼻水は収まらない。
雄二がすかさず横からティッシュ箱を差し出す。ポケティではない、箱である。私はマスクをずらし、差し出された箱からティッシュを取り、鼻を噛む。
ゴミは持参したビニール袋に入れる。流石にゴミは自分で始末をつける。マスクを戻し次の刺客に備える。
「今日も大変だね花粉症」
「この時期が本当に地獄だよ」
「俺は割とこの時期好きだよ」
「そうか。花粉アレルギーが無いやつは幸せそうだ」
いい天気だ~とか能天気に空を見上げつつ背伸びする奴に、花粉症を持つ私の気持ちはわかるまい。
漂う草木の発情期に、なぜ私が過剰に翻弄されねばならないのだ。なぜ花粉がこんなにも蔓延してるのにマスクもせず深呼吸すら出来るのか。
お花見や散歩する気持ちいい時期とは、花粉症にとっては息さえしたくないデットフィールドだぞ。そんな、そんな環境に……。
花粉耐性の格差に対する憎悪が膨らんでくる。自然と睨みつける様な目線を雄二に送るが、そんな視線なんのその。奴の笑みは変わらなかった。
◆
学校に近づけば、まばらに登校してる生徒の数が段々と増えていき、校門に吸い込まれていく。
私達もその流れに乗って、昇降口に向かう。学校にくれば私と同じ花粉症に悩む子も見かけられる。憎悪感が大分和らぐ。
校舎に入って上履きに履き替え、二階に行けば二年生の教室が並ぶ廊下につく。2-B。それが目的の教室だ。
教室に入れば、少し背の高い私の友人が迎えてくれた。ボーイッシュな雰囲気を持つ彼女と、軽く挨拶を交わす。
一緒に居た雄二とも挨拶をして、それぞれの席につく。私の席は窓際の一番最後だ。友人の英子(えいこ)はその前。雄二は廊下側の最前席である。
誰かが開けたのか窓が全開で、桜の木がまばらに葉をつけてるのが見えた。
入学式の時期とかは、とても綺麗な桜が見放題で、この席になった当初は嬉しかった。けど散った今では、私が外気に最も触れやすい席と化している。
春の風が私の頬を撫でた。窓を閉めた。
くしゃみでた。持参のポケティを出そうとして、雄二が察知してティッシュ箱を差し出していた。
……席離れてるのにわざわざ悪いね。声には出さず、ティッシュを取り出しマスクずらし鼻をかむ。
「……ティッシュ係は大変だね」
「そうでもないよ。むしろ嬉しい。もっと忙しくなりたい」
「雄二、それは私がもっと重症になってほしいということか?」
雄二の迅速な行動に英子が突っ込んだが、雄二の余計な一言で私を怒らせた。
慌ててそんなことないよ、と弁解して、一緒にいられるからね、と甘い理由を奴は口にする。
その言葉に大げさに反応せず、端的に返事をして返す。マスクをし、それ以上の会話を拒絶した。そのやり取りを見てた英子は仕方ないとばかりの表情をして、そろそろホームルームだねと雄二を席に促した。
予鈴も鳴って、担当の先生がもうすぐの所で教室に男子生徒が飛び込んできた。
教室の中央の席に着くと、周りのクラスメイトに少しからかわれ、雄二もその様子に少し笑っていた。
彼は雄二の友人。運動部に入ってるのは知ってるので、多分朝練かなにかだったのだろうと推測する。
時を置かずして、先生が入ってきた。HRが始まり、特に注意事項はなく終わる。
そして最初の授業の先生が入ってきて、授業が始まる。相変わらず花粉症に悩まされつつ、黒板に集中する。
◆
午前の授業が終わり、お昼。
長時間の同じ姿勢に疲れて背伸びする。
今日のお昼は買い弁なので、早く購買所に向かわなければならない。
遅くなれば戦場が激化して、大した成果が残らなくなる。お惣菜系は激戦区だ。
「あれ?あまね今日は弁当じゃないんだ」
「今日は買い弁。はあー人混みは花粉が舞うなあ……」
「気にするのはそこか」
英子のツッコミに対して当然だと胸を張った。
そんなやり取りをしてると、私の隣の空席に雄二と今朝遅刻ギリギリだった友人がきた。
お昼は基本、この三人と一緒に取ることが多い。
「風間、俺今日は購買で買う」
「桐山(きりやま)は買い弁なんだ。俺は弁当だから待ってるわ」
「なんかいるか?」
「欲しかったら自分で行くよ。さんきゅ」
「おう。じゃあ行ってくる」
雄二の友人、桐山くんが購買所に向かうため教室を出た。
私も購買所にいくので、お金を確認し席を立つ。そこで雄二が、私の行動を悟る。
「あまねちゃ……林も、買い弁?」
「うん。今日はお母さんがお弁当作れなかったから」
「じゃあ俺が買いにいくよ。欲しいものはある?」
「メロンパン」
私の幼少期から変わらぬ好みに、雄二はにこやかな顔から更に目尻を下げた。
子供っぽいと思ってるんだろう。いいやメロンパンは究極な甘味だ。完成された甘味なのだ。
私からお金を受け取ると、雄二は教室を出ようとする。そこに――。
「雄二くん!お昼ご一緒してもいいですか?」
軽くウェーブが掛かった茶色に染まった髪が、肩に垂れている。
前髪をピンで止めた少女が、教室から出ようとした雄二の進行を遮る。
軽く化粧された顔は、なかなかの美少女と私でも思う。
「姫路(ひめじ)さん。ごめんね今は少し急いでいて」
「何処にいかれるんですか?」
「購買所。ごめんね早く行かないと、なくなっちゃうから」
「そうだったんですか。……あれ、でも――」
彼女の視線が一度私を見たと思えば、次に見たのが私の席の隣に置かれた、雄二のお弁当箱である。
雄二のお弁当箱は男の子らしく青い布で包まれている。彼と一緒にお昼を同伴したことある人なら、彼の物だと分かるはずだ。
姫路さんはそれを鋭く見て、雄二の行動の理由を聞いた。
「お弁当あるのに、さらに何か食べるんですか?凄いですね。私はそんなに入らないです」
「林さんのお昼を買いに行くんだよ。人混み苦手って知ってるから」
姫路さんへの答えを、笑み変わらず当然のように言い切った。
それを聞いた彼女は固まり、これ以上会話は続かない様なので、雄二は姫路さんの横を通り過ぎて教室を出た。
……雄二が自らパシリ発言して美少女を放置して出てった……。
そのやり取りを遠くから見ていた私と英子は、微妙な顔をするしかなかった。
いや確かにパシリをさせたのは私ですけど……。請け負ってくれた時は花粉に苦しまなくてすむ、という頭しかなかった。
やがて固まりから覚めた姫路さんはすぐさま私を睨みつけ、その感情を隠さないまま私に直前まで近づいてくる。
「林あまね!あなたは雄二くんを何だと思ってるの!」
「姫路さん、おちつい」
「あの雄二くんをパシリに使うなんてあなたくらいでしょ!!」
「すみません」
姫路さんの激情を正面から受ければ、怯むしかない。
マスクに顔が覆われていても、態度に反省が見えたのを認めたのか、私へのトゲが少し弱まる。
持参したお弁当箱を持ったまま、姫路さんは腕を組み、私を見据える。
「また私と戦いたいの?」
「いえ、滅相もありません」
「花粉症の時期は、雄二くんに頼まれたから仕方ないとはいえ、本来ならもっと距離作ってるはずでしょ?」
「仰る通りでございます」
「幼馴染というアドバンテージがあって、それでも貴方に周りにウロウロされたら、不公平よ」
「姫路様のお言葉を違える気はありません」
「ならあまり雄二くんの手を借りないようにして」
「かしこまりました」
「……それやめて、むかつくわ。というか何よ様って!」
私の懇切丁寧な受け答えは、お気に召して貰えず、姫路さんの感情を逆撫でしてしまった。
横からいた英子は、姫路さん用の椅子を借りてきていた。私の心配はしてくれないのか。少し不貞腐れて、自分の席に座った。
姫路さんも、英子が用意した椅子に座り、英子の机にお弁当箱を置いた。
その間でも私へのお怒りの言葉は止まらず、私がくしゃみするまでそれは続いた。
ああ、お昼のお供が一人増えた。
姫路優貴(ひめじゆき)さん。それはもう私の幼馴染に恋してる。学年では結構噂の美少女だ。
過去に雄二をめぐり争いが起こり、取っ組み合いの事態に発展したのだ。それはもう初対面の英子が仲裁に入る程。
ここはか弱く引き下がる所じゃないのか、なんてそれは何処の乙女の主人公なのか。
私は幼い頃より、主人公にはならないと決めて生きてきたのだ。そんなイジメ等に屈してたまるかと、負けん気だけは親から認められている。
そんな私がどうしても屈服するのは花粉である。勝てない。勝てない……!
さて彼女とのそんな恋のライバル――ではない。私は雄二を恋愛で好きとかでは、ない。
彼女が勝手に私を、雄二の幼馴染だからと目の敵にしているだけなのだ。
私が雄二を好きだと、彼女の目にはそう見えるらしい。誤解だと言っても信じてはくれない。そこでさっきのやり取りで。
じゃあ貴方、雄二くんの周りに居ないようにしてよ!
……とか、約束したのである。恋心無いのを証明するのは、難しい。
取っ組み合いのケンカの前に、その約束するべきだったなと、多少頬を叩かれた痛みで思った。
ちょっと思い込みが激しいけれど、雄二を通して彼女と一緒にいれば、わりかしいい子なのは分かってくる。
私より少し背が小さいからそれも含めて可愛いし、美少女は目の保養です。
少し過去を思い出してると、反応が鈍かった私を姫路さんが「聞いてるの!?」と問いてきた。
あまり聞いてなかったと正直に言うと、さらに感情がヒートアップしている。そこで少し、しおらしい反応をすれば落ち着いてくる。
そんな様子にマスク内で相手に分からぬよう、笑った。
「あまね、あまり遊ばない」
「はーい」
「え?日野さん?私遊んでるつもりはないです」
「早く風間のハートをキャッチ出来るといいね姫路さん」
「っんな!?急に何を言うの!そんなの当たり前よ。本当に、ほんとーに雄二くんに恋してないのなら、分かってるでしょ?」
言葉の途中で矛先を私に変えて睨みつけてくる。その目に深く深く何度も頷く。
話題が一段落した頃に、雄二が帰ってきた。途中で合流したのか桐山くんの姿もある。
労いの言葉をかけたあと、姫路さんからの視線を感じながら雄二から買い物した袋を渡される。
中身を確認すれば確かにメロンパン。後は割と競争率の高いコロッケパンと、飲み物に紙パックのコーヒー牛乳。
メロンパンは2つあるのがミソである。幼馴染は私が強欲なのをよく分かってらっしゃる。
「じゃあいただきます」
皆が席に座って、お弁当をひらく。私も最初はメロンパンの封を開け、マスクを取って口に運び咀嚼する。
一口目を味わいを尽くしたので、今度は食べながら周りのお弁当内容を盗み見る。
私と同じ買い弁だった桐山くんは、やきそばパンコロッケパンハムカツサンドツナマヨおにぎり鮭おにぎり……運動部員らしい素晴らしいラインナップであった。飲み物はお茶だったから甘味が一つもないのが私には信じられない。
次は雄二だが、特に変わったオカズはないようだ。雄二のお母さんは王道のお母さんだからな。完璧なあの黄色い卵焼きを見よ。焦げが見当たらない……。
私が物乞いしてるように見えたか、雄二は卵焼きを箸で摘んで「いる?」と聞いてきた。今メロンパンで忙しいの分かるだろ!と目線で示せば引き下がった。……おっと凄い熱い視線を感じる。
熱を感じた方に顔を向ければ、姫路さんらしい小さいお弁当が見えた。本人の顔はこの際見ない。
可愛らしいお弁当を覗けば、色鮮やかなオカズたち。ご飯もふりかけでオシャレされてて、女の子らしいお弁当だ。乙女の言葉は姫路さんの為にあるな。
そして残るは我が友人、英子。アルミのお弁当箱の中身は、お稲荷さん一色!
何も疑問持たずに口に運ぶ英子は、あっという間に平らげる。食べるのが男子並みに早い。
「お稲荷さんだけって斬新だね」
「昨日の夜の残りってだけだよ。あまねん家だって、たまに奇抜なお弁当持ってくるじゃん」
「あれはキャラ弁という、お母さん屈指の作品で。蓋に顔のパーツ引っ付いてた時は悲惨だったなあ……」
「アレはめっちゃ笑ったわー」
「あっははは――っくしょ!」
ちょっとカスが飛びそうになった。危ない。
机備え付けティッシュ箱からティッシュを取り、鼻をかむ。
目元と鼻のむず痒さを耐えメロンパンひとつ、コロッケパンを食べた。最後にコーヒー牛乳も飲みきってしまう。
ティッシュのゴミ入れ袋がある程度膨らんできた所で、パンの包装のゴミも入れて、教室のゴミ箱にシュート。午後のちりゴミ入れは買い物袋を再利用する。
まだ残ってるメロンパンは、家でまた食べようと鞄にしまう。
食事時は油断ならん、全く。
◆
昼休みの雑談は、食事が終わっても続いた。
桐山くんは食事が終わった後の休み時間は、すべて睡眠に当てるので、自分の席で座ってうつ伏せていた。
雄二と姫路さんは、時折私と英子の会話に混じりつつ、仲よく話をしていた。
気持ち一歩遠ざかり二人を見てると、よくお似合いだと思う。
幼馴染目線だと、雄二の顔はどうも普通に見えるのだが、姫路さんや周りの女子は違うらしい。
いつも笑みを浮かべた顔は、女子の乙女心をくすぐるようで、学校での告白を数度経験している幼馴染はおモテになる。
……というのを英子から聞いた。皆は胡散臭くないのか、そうか。
一度どうして雄二を好きになったのか、姫路さんに聞いたことがある。
雄二の人気ぶりに、ひがんだ一部の男子が雄二を校舎裏に呼びつけた。
ちょっと調子乗ってんじゃね?みたいな展開である。
当時の雄二は一年生で、その男子達が上級生だったのも、イジメやすいきっかけだったのかも知れない。
姫路さんは偶然言い争いが聞こえて、その現場を目撃した。
複数の男子が、一人の男子を取り囲んで罵倒している。挑発して蔑む声もする。そんな中で異質と思われる事があった。
雄二の笑みが変わらなかったのだ。どれだけ口汚い事を言われても、彼は表情を変えなかった。
上級生の一人がそれにムカついて、雄二の顔を歪ませようと腹に膝打ちを食らわす。雄二の体は、くの字に曲がるが背後の校舎の壁に寄りかかって、倒れはしなかった。その様子をニヤついた顔で眺める。
隣にいた上級生が、土下座して許してって言えば許すかもよ?と横から雄二を蔑む。
雄二はふらついた体を足で踏ん張り、静かに立て直すと膝打ちした上級生に向かって、腹に膝打ち仕返した。
不意を突かれた上級生は衝撃で思わず尻もちをつく。
見ていた姫路さんも、周りの男子も驚いていた。まさか反撃してくるとは思っていなかったのだ。
その時の雄二の表情はもう笑みはなく、無表情に蹴った相手を見下ろしていた。
そこからもう今まで傍観していた一人も加わって、上級生三人が雄二に暴行し始める。
静観してた姫路さんは、急いで先生を呼びに行き、その場はおさまった。
上級生三人は連れて行かれ、姫路さんは雄二を保健室に連れて行く。
幸い先生が居て、見た目は派手だが特に重症な所はなかった様で、姫路さんは安心する。
その時初めて近くでまともに雄二の顔を見て、彼は既に標準の笑みを浮かべていた。
人に知らせてくれてありがとう。とお礼を言われ、その時雄二を意識し始めて―――。
魔性の笑み。
姫路さんは彼の微笑みをそう呼んだ。高説していた。
あの時学校の鐘が鳴ってなかったらきっと話終われなかっただろうなあ、と遠い目になった。
彼女はその出来事から雄二にアプローチしまくり、私という幼馴染の存在を知って嫉妬して、ケンカに発展し、なるべく一緒に居ないことを約束させたのだ。
モテる幼馴染を持つと辛いよ。本人じゃなくて周りからの人間関係が。
奴はきっと主人公の星の元にうまれてきたのだ。
昼休み終了の予鈴が鳴る。
姫路さんは名残惜しい顔で、椅子を片付けて自分の教室に帰っていった。
桐山くんは雄二に肩を揺すられ目覚める。
英子は午後の授業を面倒くさそうに言いながら背伸びしていた。
まばらだった教室の生徒も戻ってきて、再び予鈴が鳴る頃には全員が集まり先生も来る。
ここから、午後の授業だ。
◆
結論から言えば、眠気の戦い。
マスクしてるから余計に安心し、机に落ちそうになる頭を支え、重い瞼を無理やり開けて午後は耐え抜いた。
忍耐で過ごした最後の授業も終わり、HRも特に変わったことなく終了。
放課後になり部活に所属してる生徒は、そそくさとクラスメイトに別れを告げて、教室を出て行く。
私は部活は入っていないので、真っ直ぐお家に帰る。
「じゃあ私バイトだから。お先に」
「うん。頑張ってねー」
帰り支度をしてれば、英子がそう言って先に帰った。
私もいざ帰ろうとなった時、雄二が側で待っていた。
「あまねちゃん帰ろ」
「……まだ学校の中だよ。風間くん」
「林さん、帰ろう?」
少し追い立てる様に、雄二は迫る。
迫ると言っても、その笑みに多少威圧を感じる程度だが。……そもそも昔は、そんなに笑ってなかったけどな。
いつからかその顔には常に笑みが浮かんでいて。中学の時はもう、今の感じだっただろうか。
ひとつため息をついて、一緒に帰るのを了承する。すると途端に笑みが深くなって、奴の顔の周りに花が幻覚で見えるのだ。
それ、姫路さんに見せたら狂乱しそう。
教室を出ると、廊下で姫路さんが待っていた。
私が一緒だと分かると鋭い視線が向けられるが、直ぐに雄二に向き合う。
「私も途中まで一緒に帰っていいでしょうか」
美少女の微笑みは、どこか拒否権を封じさせる意思も感じられた。
雄二相手に攻めてるな姫路さん。笑み浮かべた同士ってなんか近寄り難い。少しだけ離れる。
「林さんが大丈夫なら、俺はいいけど」
「分かりました」
その表情のまま、返事を求める顔を向けてきた彼女に、断る理由がないので全然いいよ!と伝えながら何度か頷いた。。
一緒に、とは言っても姫路さんはバス通学なので、校門で別れてしまう。
丁度私と雄二の家の方向と逆方向に、バス乗り場がある為だ。
なので私は気持ちゆっくり目で歩いていき、多少のアシストをする。
本当は直ぐにでも家に帰って、花粉から逃れたいです。雄二を置いていけばいいと思うけど、前にそれしたら有無言わさずの側近と化した。
アレには懲りたので、なるべく荒波が少ない選択をするようにした。
私が先頭を歩き、その斜め後ろに雄二が続いて、その隣で姫路さんが話しかけている。
周りの生徒が、少し気になる程度に二人を見ていく。側に居る私は、なるべく影薄く忍者の様に黒衣のように。
校舎から出たら、軽くくしゃみが出る。
ティッシュ箱を持っていた雄二が差し出してくる。
会話を中断してまで差し出さなくていいんですよ。自分のポケティもあるし。
そう思ってても、緩む鼻の不快感に勝てず素直にもらう。ああ、刺すような視線が……。
校門を出れば、一度立ち止まり別れの挨拶をする。
「それではまた明日、雄二くん、林さん」
「うん。ええっと……優貴さん、また明日ね」
「またね姫路さん」
綺麗なお辞儀をして、下の名前で雄二に呼ばれていた彼女は、ご機嫌に帰路に着いた。
少し驚いたが、お昼はまだ名字呼びだったよね?
あの短い時間で名前で呼ばせたのだろうか。おー姫路さん一歩前進か……。
当の雄二は、名前呼びの時は戸惑っていたけど、今はもういつもの顔になっていた。
「どうしたの?」
「いいや何でもない。早く帰ろ」
私の言葉に雄二は頷き、横並びになって朝登校してきた道を歩く。
「あまねちゃん。今日はあんまくしゃみしなかったね」
「あー、多分ピークを過ぎたか、慣れたか……」
「もうすぐティッシュ係の役目なくなっちゃうかな?」
「そもそも私のティッシュ準備不足で一時的にそう呼ばれただけなんだから、しなくていいんだよ。もう忘れないし」
「それはヤダ。そうでもしないと避けられるし」
――姫路さんとの約束の件を言ってるんだろうか。
それについてはよく説明したし、雄二も納得してくれたと思ったんだけど。あまり蒸し返したくはない。
「私の花粉症はこの時期だけだから。どちらにしろ終われば、また来年までティッシュ係はないよ」
「そっか、残念。学校でも話したいけどなあ」
雄二が空を見上げながら呟く。その時の顔は少し寂しそうにも見えた。
家が見えてきた。
先に表札の手前で止まったのは雄二。私の家はそのお隣である。
私も自分の家の前で、彼に別れを告げて家に入っていく。
まず玄関で軽く制服を叩いた。自分の部屋に極力花粉を持ち込まないためだ。
靴を脱いだら玄関を抜ける。途中リビングへの扉を開いて「ただいま」と告げるが返事が帰ってこない。
時計を見て、今の時間だったらお母さん買い物行ってそうだと納得し扉を閉めた。
とりあえず二階に行き、自分の部屋へ。
鞄を勉強机に置いて、中身を取り出す。宿題が出てるやつ、後はお昼のメロンパン。
制服から私服に着替え、喉の渇きを潤すため一階へ。
帰ってきた後の麦茶は至高。一息ついた。
「――っくしゅ!」
ああ……マスク外すとすぐこれだ。
少し目元の痒みを手で軽くこすりつつ、外したマスクを再び付ける。
用が済めば自室に戻って、少しベットに倒れ込んだ。
帰ってきたばかりの体の気だるさが、程よく私を睡眠に誘う。
早く花粉の季節終わらないかな……。年々花粉の量増えると知らせるテレビを今じゃ諦観している。
本当に花粉飛ばしすぎなんだよ。やっぱガスマスク必要だよ。あれなら何処にでも行ける。うん。
今朝のお母さんの言葉が思い出されるが、怪しさ払ってもいいから澄んだ空気買いたい。
ピロリン。
机に置いたスマホがメール着信を鳴らす。
誰だろう。メルマガとかかな。体動かすのが少し面倒だが、渋々体を起こしてスマホを手にして再び横になる。
『偶然買い物先で、雄二くんのお母さんに会っちゃった。少しお茶してから帰るわね。母より』
うん。ごゆっくり。端的にそう返信した。
――少しだけ一人の時間か。ならちょっとだけ寝ようかな。
スマホを枕元に置いて、重くなる瞼に逆らわず目を閉じた。
明日は花粉少ないといいな。今日の晩御飯なんだろな。メロンパン見つかったら怒られるかな。
薄れ行く意識の中で、私はそんな事を考えていた。
おわり
最初はべたべたの恋愛書こうと思ってた。書いてったら変わる。摩訶不思議。