りかい
その後、だいぶ遅かったものの。武内試験官との合流を果たした。
武内試験官は持ち直したらしくガサツに笑ってみせた。流石に早い切り替えだ。
前言通りスタート地点へと足を向ける。
道順には大抵魔力は使わない。
無論魔法で探ることは可能だが基本的に道は覚えていることの方が多い。空間転移の魔法は強大な力を持ってその場所を隠す。となれば探知の魔法にも強大な魔力が必要となる。やっていられない、というやつだ。
それ故に、きちんとした場所は目印がなければその人間の感覚以外頼るものがない。
つまり、方向感覚を失ったら大ピンチというわけだ。
展開はお察し。
「——菅瀬!」
武内試験官の声。即座に魔力を行き渡らせるが何も引っかからない。目視による確認。
……木の上……、黒い、もや?
認識と同時ほどにどすん、と地響きを立てて目の前が黒く染まる。
「……あ」
まずい。
動く動かないではない。頭が、働かない。
気付くと地に伏していた。
草木に傷付けられたかひどく頬が熱い。
武内試験官に突き飛ばされたのだと気付いたのは三秒後。
「茅ヶ崎!さっさといけ!」
「——はい!」
ぐい、と引っ張られる。足に力を込めようとするが入らない。緊張が解けていないらしい。思わず舌打ち。
ぎゅ、と茅ヶ崎の服の裾を握る。ほとんど彼に体重を預ける形で歩くもそれでも足がもつれる。
「苛立つな、回復したらたっぷり魔法使わせっから!」
おれのせいでなかなか思うように進めていないのにも関わらずおれを気遣ってすら見せる。
……本当、いやでも分かってしまう。
「……!」
もう一匹。
目の前。
咄嗟に魔法を放つ。熱かったから炎とか出したのだろう。森で何してるのかと後になって思ったが結果的には問題なかったしまあいいだろう。
効かなかった。
どころか吸収されたふうでもある。
茅ヶ崎がそれを受けて石と一緒に土を蹴り上げる。多少は効いたように見えたがそれでもたいしたものではない。
反転する。いくらなんでも倒せるようなレベルじゃない。
なんとか歩ける。大丈夫、大丈夫。きっと直ぐになおる。これ以上足手纏いになるわけにはいかない。これ以上は精神衛生上とてもよろしくない。
性分だ。仕方ない。もう少しがっつりあまえてみたいものなのだが。つまらないプライドと恥に阻まれてうまく行かない。……夢のことを考えればある意味よかったのかもしれないが。
雨が降っている。
空は真っ青なのに、バケツでもひっくり返したような雨がずっと続く。
服が肌にひっつく。靴がべちゃべちゃ。きもちわるい。
謎の黒いもやに見つかっては逃げるを繰り返して早2時間。走って逃げられるようにはなったが後衛職のおれには彼を庇えるだけの体力はない。奴の足が遅くて助かった。
雨は逃げ始めてすぐぐらいには降り出して、もう手の感覚がない。
「……ちが、さき」
「……、……——すまん、呼んだか」
消耗が激しい。それにおれも、決して有り余っているわけではない。簡易的な空間転移……短い距離の場所移動に過ぎないがそれでも個人で使う魔法としては最上級クラスを使ってしまった。しかも二回も。厳しい。つかれた。
「限界、です。どこか……どこか、洞窟とかで休みましょう」
「……すまん。すまん」
俯いて、顔の表情が見えなかった。けれどその声からは悔しさが滲んで。
いたたまれない。おれがもう少し役に立てれば、はじめのあの時にこの人に庇われなければ。
……夢は、どう考えてもこんな場所じゃなくて。季節もこんな秋めいてない、葉桜になりかけという色だった。おれたちは、多分生き残れる。あの夢が成り立たなくなることは自発的な行動でそれに似た代替案で未来を差し替えることでしかありえない。
でも。それでも。この人の悔しさを、惨めさを拭うことはできない。生きていれば御の字、けれど生きたことだけを誇りに思うようではそれは人間としてふさわしくはない。
真っ当なものだとわかるのに、これでいいとも思うのに。
なんだかひどくつらい。
……まずは、洞窟。探さなきゃ。雨だって体力が奪われてしまう。
「大丈夫ですか?」
今度はおれが肩を貸す。一瞬眉をひそめたが大人しく手を回してくれた。
……やっぱりおれなんかじゃ、嫌なのだろうが。今だけは我慢いてもらわなければ。
彼はどうやら、弱い人間が嫌いらしい。その周りへのあたりの強さでぼっちになっていたらしいのだ。話し始めた頃はただの付き合い下手だと思っていたが単純に距離感をつかめていなかっただけのようだった。そんなわけで、強い弱いでおれを見ていたわけではないから、やはりこういった戦闘行為でおれが手を貸すと大抵微妙そうなかおをした。
「試験官さんが見つけてくれるまで待ちましょう。迷子は、本当は動かないものです」
現在地も分からないのは不安だったから茅ヶ崎の行動に従っていたがやはりダメだ。迷子は大人しく待つもの。
「……ああ」
……これ絶対わかってない。