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宵越しの茶  作者: 雪間
遠望テレスコープ
4/5

わざわい



武内試験官の声。一区切りはついたろう。


「茅ヶ崎。いくらなんでもそろそろ検証しますよ」

「……ん」


不服そうだが頷いた。

上出来。

いちばん近い魔力反応の上に氷のつぶてを出現させる。無詠唱でどかっと。

詠唱はなんとなくこっ恥ずかしいから苦手だ。

反応を見る。

消えた様子はないが動く気配もない。瀕死ゆえに物音が出ないとも、どことなくちがう。



「……試験官、これ転移の座標設定間違えてませんよね?」

「んー。そうだな、間違いなんかなかったと思うが……これは流石に変だなぁ。警戒心が強くても1時間人間が練り歩いていたら襲ってくるんだがな」


本来口だしをしてはならない試験官がテストが始まってから事務以外の口を聞くというのは、つまりそういうこと。


「……だるい」

「お前本当に、それしかいえねぇの」

「事実でしょ。……魔力が満ちあふれている。風もないのに木々がざわめく。生命の気配がここにしかない。これ以上ないくらい気味が悪いんだけど」

「口調崩れてんぞ」

「……失礼」


ふむ、と一つ。この状況なら武内試験官も助けてくれるだろうとの予想の元で。希望的観測ともいう。


「……“遍く世を見る目となれ”」


魔力を解放する。自分の居場所を知らせることになるので基本愚の骨頂なのだが。

……これ、は。


「結果は芳しくなさそうだな」

「いません、ね。ただの魔力の塊……そういうには不自然なんですが……」

「どんな感じだ」

「えぇっと……意思はありそう、というか。草花に魔力がこもってるような……」


どう言えばいいのか、分からない。

しかし、行って確かめたくない。なんとなく、近寄りたくない。

……とはいえ、確認できる分かりやすい異常は今の所これだけ。行くほかはない。


「……行きましょうか。そのあと、スタート地点へ戻りましょう」

「そうさな、俺としてもそれがありがたい。悪いな」

「いえ。お仕事でしょう?」


異常があったと知った上で何もせず生徒と一緒に戻ればどやされる。しかしこの状況ではおれたちも単独行動はしたくないし、武内試験官に二度手間させるのは申し訳ない。一緒に行動するのが一番楽だ。

茅ヶ崎が方向を変えて魔物の気配だと思っていたものに向かって行く。

いやな感じ。

禍々しい気配が立ち込める。無駄にありすぎるという感覚。

これ以上進みたくない。歩きたくない。沼に自分からはまりにいっているような。泥沼に足を踏み入れるような。

だが進まないと。こんなことで迷惑なんてかけられないし。おれだけ別行動ならまだ良心は痛まないがおれが嫌だ。こんな気配の中でぼっちはいや。むり。きもい。


「……へいきか、菅瀬」

「……すみ、ません……」


なんだか嫌な感じがする。気持ちが悪い。何かがありすぎる感じ。人酔いの感覚とにてる。



「…………きもち、わるい」


つい、足を止める。進めない。だめ、だ。もう……いや、でも一人の方が危険だ。こんな状況で単独は嫌すぎる。

まだ歩けるから、平気。


「……えぇっと、茅ヶ崎。おまえもう少し下がって待て。菅瀬、いいな」

「……」


言葉少ななに茅ヶ崎が了承を返したのを聞いて、地に膝をつけた。

意識を飛ばさなかっただけマシだったと思いたい。こんなにだめだとは思わなかった。


「すが、せ…?!おい、大丈夫か」


焦ったような声。心地の良いバス。結構この人声低いよなぁ。

……、あ、返さなきゃ。


「すみ、ません。これほどだとは……」

「魔力が身近すぎんのも考えものだな。たてるか?」


首を横に振ると、しゃがもうとしてから、考え直したらしく横抱きになった。……なぜ。しかし抗議に力を使うのもアホらしいのでおとなしく腕の中に甘んじる。満足げな顔が無性に殴りたい。


「それでは、武内試験官。壁張ってますのでそちらに」

「……え、……ああ」


目を白黒させている武内試験官。そりゃそうだ、いい相棒なんだろうぐらいに思ってたやつらが唐突に姫抱き、しかも抵抗なしって。思わず手で顔を覆う。


「……あ、いや、良いと思うぞ?男所帯じゃ別にそこまで珍しくも……ない、し」


扱いには困ってるけどな!!本当に申し訳なさすぎる。ついでにこの自慢げな顔うざい。

にこり、と嬉しそうに笑って器用に一礼し歩き出した。

恥ずかしさに顔も上げられていなかったが、ちらと盗み見る。こんな嬉しそうなこいつ見ても嬉しかない。

ひどく疲れた。


「……、……菅瀬。大丈夫、あと少しで帰れるから。学校ならちょっとは休めるだろ」


ため息を何と勘違いしたかぎゅう、と引き寄せて、おれの髪に顔を埋める。頭を撫でられないからその代わりなんだろうがだいぶ変態っぽい。

彼なりに素直に励まそうとしているんだし水はささないが。

適当なところで止まっておれを木によりかけた。手頃な木で地面に何かを書き始める。


彼は魔力が弱い。

その代わりに身体能力がバカみたいに高いのだが、簡単な魔法も結構な手間をかけて魔法陣だとかご大層な詠唱を必要とする。

壁というのは魔障壁のこと。大抵キャンプ地には貼られている。中の人間は魔法を一切使えないがありとあらゆる魔法を通さないために休息地には最適だ。

壁を張っていると言ったのは無論武内試験官に見つけてもらうためだ。基本的に壁を張るのに大きな魔力の動きはない。知性のない魔物相手ならば大規模に展開してもバレないぐらいには。しかし人間などには違う、弱い人間の張る壁は割とモロバレ。そこに壁があると気配を探れば一発。魔力がない一帯があればわかる。


「……たいへんですね」

「嫌味か」


むっとした顔。ノータイムだった。


これで魔力があれば完璧だったのにな。


「……これで魔力があれば、か?」

「はい」


ばれた。


「みんなそう言うんだよな。別にいいだろ、多少は使えるんだから」

「でも使えたら間違いなくこの国のトップレベルだったでしょ?」

「今だってそうだっつうの」

「自称ね」


はいはい、と流す。適当加減が見えたか更に機嫌が悪くなった様子だ。魔力には人一倍コンプレックスがあるらしいがこうしておれの軽口には付き合ってくれるんだから変なの。……いや、分かっているが。


「悪かったよ。でもおれはなくてよかったよ。会ってくれなかったでしょ、完璧超人だったら」

「——……」


ぱちぱち、と瞬きする。そんなこと考えもしなかったと言う顔で。

ひどいひと。

くすくす笑う。

もしも、彼に魔力があれば確実に学校になんか来なかっただろう。下のペースにも合わせる学校という教育機関は上の人間にはある程度の不都合がある。

その上彼は口は悪いが正義感の強い男だ。守るという目的に意味を求めはしない。政府がこんな人材を放置する理由がない。


「……でも、魔力がありゃこんなに動けもしなかったさ。魔力がなくて、バカにされて悔しくて。それで身につけたんだから」

「バカにされても腐らずに努力を続けた君が才能があるから腐ることはないさ。どうせ強くなるために鍛えたよ、君は人を助けるための努力を怠るような人ではない」

「……買いかぶりだ」


ふいと顔を背ける。照れたかな。当たり前だとか言えなかったあたりがエセ俺様系だと思われる所以だろう。別にいうのおれだけだけど。

いつの間にか隣に座っていた茅ヶ崎と静かに会話は続ける。恋人の距離としては不適当な距離。でもおれには。


「……お前だってそうだろ、そんだけ魔力がありながらどうやって謙虚に生きてきてんだよ」

「……え」

「妙に達観もしてるし。だってお前みたいなタイプって漫画だといつの間にか背負い込んで潰れてるだろ」

「いや、それは迷惑でしょ?できないこと引き受けてできませんでした、って」

「責任感が強いって見方はできねぇの、お前には」

「学校とかで普通一人任せないだろって内容任せて放置してたらないなって思いますよ」


断ることも能力だと、そう思うのは高慢なんだろうか。断るわけにはいかない無理難題ってものを知らないだけなんだろうか。

その辺は、よく分からないけれど。


「お前って普通を詰め込んだようなやつだよな」

「は?」

「華があるように見えて、その実記憶に残らない影の人」

「……悪かったですね」

「でも、普通すぎて異様だ。付き合ってりゃわかる。完璧な線引き。作ってる人間味。聖人の道が選べてもあえて相手の出方で対応を変える」

「……それは」

「怒ってる時はそうでもないが、それでも一線超えた言葉を吐くのは相手が言ってからだ。お前が先だからなっていう免罪符、自分の行いが返ってきているだけってのを地で行く」


無言で先を見る。果てしなく緑の続くみち。


「生来的には聖人くさいか。傷つけたくはないけれど仕方がないから傷つける。傷つけるのが常な人間には、自分だけの人間には、異様なそのあり方を覆い隠すように人間味を作り出す」

「……それこそ、」

「買いかぶりか?結構自信あるぜ、俺」


よくそこまで分かって付き合うものだ。


「……ご自分でおれのこと鏡だって言ってるわけですけど、そいつと付き合ってる気分は?」

「あ?お前は俺のこと好きだろ?」


何の根拠もなかった。でも自信満々。


そういうところかわいい。


思わず笑ってしまった。彼は意外そうに目を開いて、優しげに笑ってみせた。



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